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第119話 恋色 しずく色

 

 【main view 水河雫】


 人生を掛けて良かった。

 『大恋愛は忘れた頃にやってくる』のイラストレーターの座を勝ち取った時、心の底からそう思った。


 でも同時に不安はあった。

 私の絵はたまたま担当さんに気に入られただけで、世間的には『下手くそな絵』として評価されるのではないだろうか。

 私のイラストのせいでこの素晴らしい作品の売り上げが落ちてしまうのではないだろうか。

 そもそも原作者の弓野ゆき先生は私の絵に納得してくれないのではないだろうか。

 不安でいっぱいだった。







「雫さんはあの素晴らしいイラストをどれくらい時間掛けて描いたのですか?」

「鬼クオリティ過ぎて初めて雫さんのイラスト見たとき、僕数時間呆けてしまいましたよ」

「イメージ通りも何も、イメージ以上ですよ! もう本当に、なんか申し訳ないくらいイラストが素晴らしすぎて感動しました!」

「雫さんは他にどんな作品にイラストつけているんですか? 雫さんのイラスト巡りしたいのですが」

「う、上手すぎる! 挿絵というか表紙レベルじゃないですか! このイラストが表紙だったら僕中身そっちのけで絶対表紙買いしてますよ!」

「なんで雫さんは僕のイメージ以上のイラストを描けちゃうんですか!? この作品に関してはキャラクターの容姿描写なんて一切記していないはずだったのに!」

「どうして雫さんは背景まで上手いの!? 描けないものなんてないの!?」

「あっ、雫さん昨日ぶりですね。さすがにまだイラストは出来てませんよね……って、出来てるんですか!? なんで2枚も出来てるんですか!? 1日しか経ってないんですよ!? 異能力者なの!? 時を止めて絵を描いてるの!? いつもより鬼クオリティだし!」



 原作者、弓野ゆき先生。

 私と同じ年の高校生クリエイター。

 この人は私が抱えていた不安を一瞬で払拭させてしまった。


 めちゃめちゃ私の絵を褒めてくれる。

 本気で私の絵を気に入ってくれている。

 私が担当イラストレーターであることを誇りに思ってくれている。

 何度この男に赤面されられたことか。



『下手くそな絵』

『池様の作品に釣り合わない』

『才能ねーんだよ』



 ずっと脳裏に焼き付いていた教室で散々言われた誹謗中傷の数々。

 心の傷口から膨れ上がっていった復讐の炎。

 誰にも褒めてもらえないという焦燥感。


 弓野ゆき先生は私の中に渦巻いていた負の感情を全て吹き飛ばすくらい私の絵をほめちぎってくれた。

 ああ。認められるってこんなに満たされることなんだ。

 生まれて初めて絵を描いてきて良かったなと強く実感した。

 救われた気持ちだった。

 もっともっと上手くなってこの人に褒められたいという欲が止まらなくなった。







 学校に復学したのは3年生に上がることができたタイミングからだった。

 つまり1年半以上私は高校に行っていない。

 でも後悔はしていない。

 弓さんと出会うことができたから。


 私が配属されたのは3-B。

 池さんが別クラスで心の底から安堵する。

 だけど——


「あれ? アンタ水河じゃない?」


 ——当然、知っている人もいる。


 私に声を掛けてきたのは1年生の時にクラスが一緒だった女子。確か名前は金子さん。

 私の髪を引っ張って池さんの前に連れて行った人。

 そしてみんなと一緒に私の服を脱がそうとした人。

 この人のことは正直言って今も怖い。

 だけど、逃げない。

 弓さんだってウラオモテメッセージの盗作冤罪でネット虐めされていた。

 私なんかよりも何倍もつらい弓さんが今は前を向こうとしてくれている。

 だったら私だって立ち上がらなければいけない。

 これからも彼の横に並び立つためにこんな所で負けられないんだ!


「久しぶりだね。衆目の元で私を全裸にさせようとした金子さん。まさか声を掛けてくるだなんて思わなかったよ。私に謝りにきてくれたのかな?」


「は? 久しぶりに顔を見せたと思ったら嫌味言うとか何? 調子にの——」


「人様に向かって『調子に乗ってんの?』って言ってくる人って自分が目上だと勘違いしている痛い人なんだって知り合いの小説家が言っていたよ?」


「んぐ……っ!」


 正確には弓さんの小説のキャラが言っていたのだけど。

 でも金子さんにはクリティカルヒットできたようだ。


「全裸コール事件の件は何人か謝りにきてくれていたよ。貴方や当事者の彼は来ていなかったみたいだけど。まさか悪いとすら思っていないのかな? 同じ人間とは思えないくらい心が腐っているみたいだね」


「な……な……!?」


「謝りたくないなら別にいいよ。謝っても許すつもりないし。その変わり二度と私に近づかないでね」


「て、てめぇ! 調子に——」


「あっ、自分を目上だと思い込んでいる痛い人だ」


「……っ!!」


 舌打ちを鳴らしながら恨めしそうに去っていく金子さん。

 勝ったってことでいいのかな? いいんだよね?

 あの金子さんにあそこまで毅然と振舞えた自分が信じられなかった。

 ただ、金子さんはクラスでも影響力が高い女子のようで、この日を境に私はクラス中から無視されるようになった。

 それでも私はこの日の勝利を後悔したりしない。



 それに私には——



「弓さん! 新作書き始めたのならなんで私に言わないの!?」


「あー。あれ見ちゃったんですね」



 この人とのつながりだけあればいい——



「同じ年の女の子と1年半以上ずっと通話のやりとしていたのか僕。リア充みたいだな」


「弓さんのリア充の敷居低すぎじゃないかな!?」



 私と似た境遇の人が傍にいてくれる—

 1人じゃないって教えてくれる——



「こんなにも明るくて、面倒見良くて、人懐っこくて、可愛い声をしている人なんだから、友達もたくさんいるんだろうなーって。そんな中から僕を親友に選んでくれるのが信じられないというか」



 私、全然明るくないんだよ?

 全然人懐っこくもないんだよ?

 貴方だから——

 相手が貴方だから傍に居たいと思うんだよ?



「雫ほどの神絵師に毎回イラストを付けてもらえる幸運を僕はもっと噛みしめていかないと駄目だと思ってる。本当にありがとう」



 ありがとうはこっちのセリフだ。ばか。

 いつも心を満たしてくれてありがとう。

 たくさん褒めてくれてありがとう。

 例えキミがどんなに遠い存在になってしまっても……

 私は絶対に追いかけていくんだからね!


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