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第117話 枯色 しずく色

 

 【main view 水河雫】



「あっ、イラストレーター様が登校してきたわ」


「よっ、先生! 今日は新作のイラストはないのですか?」


「……」


 出勤早々、私はクラスメイトからからかわれる。

 言い返す気力も度胸もないので、私は無言で自分の席に座る。


「いたっ!」


 座った瞬間、臀部に強烈な痛みが奔る。

 画鋲だった。

 明らかな悪意。

 でも弱虫な私では強大な悪意に立ち向かうことが出来なかった。

 画鋲を手のひらに乗せ、一旦机の中に入れておく。

 その際に見覚えのない紙が引き出しに入っていることに気が付く。

 それは文字が記された大量の付箋だった。



『池君に近づくな』

『今後池様に色目を使ったらその顔をぐしゃぐしゃになるまで殴ってやる』

『死ね』



 全部女子の字だった。

 池さんは女子全員の憧れの的。

 アイドルのように祭られている高貴な存在。

 そっか。池さんに手紙を出すだけで罪だったんだ。

 あはは。身の程知らずだったんだなぁ私。







 次の日。


「これからも貴方の作品にイラストを付けても良いですかぁ? もし駄目でもイラストの感想を貰えると嬉しいな♪」


「嬉しいなったら嬉しいな♪」


「「「ぶはははははは」」」


 教室はかつてないほど盛り上がりを見せている。

 私が池さんに送った手紙の内容だ。

 結構真剣に書いたつもりだったのにどうして大笑いされているのかな。

 そっか。私の文才が無さ過ぎたからあんな風に笑い所を生む内容になっちゃったんだな。

 駄目だなぁ私。もっともっと推敲して真剣な気持ちが伝わるように書かないといけなかったんだ。

 あはは。自分のバカさ加減に吊られて笑っちゃうよ。







 次の日。


「今日の体育はテニスをするぞ。二人一組になってラリーを打ち合ってみろ」


「せんせー。水河さんが余ってまーす」


「またお前か。消極的な姿勢が孤独を生み出すんだぞ。ほら、今日は先生が組んでやるから次からはしっかり友達と組めよ」


「せんせー。私達にも選ぶ権利があるとおもいまーす」


「な、なんてこというんだ! お前らそういうのをいじめと——」


「私達虐めなんてしていませーん。水河さんが消極的でぼっちなのがいけないんだとおもいまーす」


「そうだそうだー」


「ぼっちは自己責任だよなぁ?」


「陰キャは学校くんなよって感じ」


「お、おまえら……」


 あまりにも悲痛な状況に先生も言葉を失っている。

 そうだね。全部私が悪いんだ。

 消極的で友達を作ろうとしない私の自己責任なんだよ?

 あはは。学校くるなって言われちゃった。







 次の日。


「ねぇ芋女。アンタ池君に謝りなさいよ」


 放課後。

 教室に居場所がなくてさっさと帰ろうとした所、クラスメイトの女子に妙な言葉を掛けられた。

 謝る?

 何を?

 私、何かを謝らないといけないの?


「池君、最近スランプって言っていたわ。アンタが不愉快なラブレターとイラストを送ったせいよ! 池君の前で土下座してもらうから!」


 何言ってるの?

 意味が分からない。

 意味が分からないけど、とりあえず池君の前で土下座をしなければいけないらしい。


「こっちにきなさい!」


「い、痛ぃ!」


 サイドポニーの髪を引っ張られ、私は無理やり歩かされる。

 痛いと言っているのにこの女子は放してくれない。


「池君! スランプの原因連れてきましたわ」


「ああ。そうか。おい芋女。お前のせいで俺の毎日更新が止まってしまったぞ? どうしてくれるんだ?」


「わ、私、関係な——」


「はぁぁぁぁぁっ!?」


「ご、ごめんなさい! わ、私が、悪かった、です」


 理不尽と分かりつつ、私は池さんの前で頭を深く下げた。

 この人に対しての感情はもはや『恐怖』しかなかった。

 かつてこんな人に『憧れ』を抱いてしまっていた自分の見る目の無さがとにかく恨めしかった。


「そうじゃないだろ? 芋女」


「ど、どういうこと——」


「土下座だ」


「…………」


 どうやら頭を下げるだけでは池さんの怒りは収まらなかったらしい。

 私は足を震わせながら、静かに膝を折り、床に手をつき——


「全裸で土下座だ」


「……っ!?」


「誠意を見せるんだから、裸くらいなってもらわないとな」


 にちゃぁと池さんの口角が吊り上がる。


「おいおい、池さん。こんな根暗の裸なんて見ても……」


「お、俺は正直興奮する」


「お前マジか……こんな貧相な女の裸なんてみてどうすんだよ」


「で、でも顔はそこそこじゃね? おっと、カメラの準備しねーと」


 全裸土下座と聞き、クラスメイトが次々と私と池さんの周りに集まり出す。


 無理。

 画鋲も、罵倒も耐えられたけど、裸なんて無理。

 どうして誰も止めてくれないの?

 これって犯罪じゃないの?

 私……これから……一糸まとわぬ姿を皆に晒すことになるの?


「ぬーげ! ぬーげ!」


「全裸! 全裸!」


「ヌード! ヌード!」


「「「「ぬーげ! ぬーげ! ぬーげ! ぬーげ!」」」」


 全裸を強制するコールが教室中に鳴り響く。

 コールはどんどん激しくなっていく。

 『恥ずかしがることすら烏滸がましい。池さんの執筆の邪魔をした罪は裸になることでしか清算されない』。

 そんな風に頭が洗脳される。


 言われた通り、私は震えた手でブレザーの上着を脱いでワイシャツ姿になる。


「「おおお~~」」


「「きゃぁぁぁ」」


 湧き上がる中、私はシャツのボタンを外す。

 一つ……二つ……


 ——ここで私の手が止まってしまう。


「おいおいおいおい!? ぜーんぜん脱いでねーだろうが!」


「寸止めして妙に色気だしてんじゃねーよ! 早くヌードになれ!」


「お前のイラストと一緒に全裸土下座拡散してやるからよ!」


「…………っっっ!」


 上着をギュっと引っ掴み、私は頭から突進するように人込みを駆け抜けていった。


「あっ、てめ!」


「逃げやがった!」


 誰も追いかけてきたりはしないが、私は全力で疾走した。

 涙を散らしながら走る。

 あのおぞましい空間(1-Dの教室)からとにかく離れたかった。


 もう無理だと思った。

 私の高校生活は今日で終わりにしよう。

 明日から——私はもう学校なんていかない。

 そう決めた。



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