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第116話 涅色 しずく色

 

 【main view 水河雫(高校1年生時)】



 私には絵しかなかった。

 小学生の頃から暇さえあればスケッチブックに絵を描いていた。

 風景画、人物画、そしてアニメ画。

 ペンを持ち、紙になぞる瞬間が私にとっての幸福だった。


 だけどスケッチは一人でしか行えない遊びだ。

 周りの子が球技に誘ってくれてもそれに応じたことがない。

 絵を描く方が何倍も楽しいことを知っているから。

 そして当然のように周囲の子は私から離れていってしまう。

 友達など居た記憶がなかった。


 皆が遊んでいる最中も私は一人でずっと絵を描いていた。

 周りの誰よりも絵だけは上手い自負があった。

 私は唯一の特技を誰かに見せたくて仕方がなかった。

 だけど、私には自分のイラストを見せる相手すらいなかったのだ。







 高校1年生に上がってもそれは変わらなかった。

 無口で一人隅っこで絵を描くだけの存在。

 今書いているイラストも誰に見せることなくいずれ捨てることになるのだろう。

 そう考えると悲しくなった。


「(誰でもいい。私の絵を見てほしい。そして『上手だね』って褒めてほしい)」


 ずっと孤独を愛してきた私がそんな風に思うようになってしまった。


 ——その感情こそが間違いであったのだとすぐに後悔することになる。







 机に突っ伏して周りの雑談に耳を傾ける。

 その時に聞いてしまった。


「俺、実は小説を書いているんだ。『小説家だろぉ』ってサイト知っているか? あそこに投稿してる」


 池照男さん。

 クラスの中でも中心人物であり、背が高く、容姿も良いから学校中の人気者だった。

 女子ならばつい目で追ってしまうレベルの美男子。

 正直、私も格好いい人だなと思っていた。

 その人気者の男の子が小説を書いている。

 私とは舞台が違うとけどこの人もクリエイターなんだ。

 私は急に彼に対して親近感を抱き始めた。


「本名で投稿しているから今度お前も読んでみてくれ。たぶん面白いと思うぞ? なんと言ってもランキング入りしているからな!」


「まじ!? だろぉでランキング入りってめちゃめちゃすげーじゃん! お前文才もあったのかよ! くそー! これだから何でも出来るイケメンは!」


「はっはっは。これが天才肌というやつかもな。おっと読んだ後に星評価するのも忘れないでくれよ?」


「おう! もちろんだ」


 池さんはこんな調子で学校中に自分の小説を自慢している。

 すごいなぁ。

 私もこんな風に自分のイラストを自慢できる行動力が欲しい。

 自分に出来ないことを出来ている池さんを私は格好いいと思った。


「(そうだ。『だろぉ』では挿絵の投稿もできたはず……! 池さんのキャラに絵をつけてあげたら……喜んでもらえるかも……っ!)」


 私は生まれて初めて目標ができた。

 自分のイラストを挿絵にしてもらうこと。

 それが出来ればもしかしたら人気者の池さんと友達になれるかもしれない。

 彼の近くにいれば、消極的な私を引っ張っていってくれるかもしれない。


 その日、速攻で家に帰って池さんの『小説家だろぉ』のサイトへアクセスした。

 総合ランキング68位の所に池さんの名前を見つけた。

 題名は『最強異世界転生物語』。

 41話まで更新されていた。

 私は早速第1話からじっくりと作品を読み始める。

 ド王道の男性向け小説だった。

 とにかく主人公が格好いい。

 キャラクターの容姿描写があればメモしようと思ったのだが、残念ながら容姿を想像できる文章は存在しなかった。

 となると、私の想像で描き上げるしかない。


「やってやる! 雫ちゃんやっちゃるからね!」


 私は生まれて初めて誰かの為に絵を描いた。

 ……それが人生で一番のトラウマになるとも知らずに。







『池照男様へ


 突然のお手紙申し訳ございません。

 同じクラスの水河雫です。


 今まで話したこともなかったのに困惑させてしまったでしょうか

 どうしても伝えたいことがありまして、手紙をお渡しさせて頂きました。


 池さんが小説家だろぉで作品を投稿していると聞きました。

 お話全話読ませて頂きました。

 ランキングにも上がる作家さんだったなんて尊敬します!


 私は幼い頃からイラストを描いておりました。

 でも、誰にも見せる相手が居なくてずっと寂しかったです。


 だけど初めて思ったのです。

 誰かの為に、池さんの為にイラストを描いてみたい


 ご迷惑かもしれませんが「最強異世界転生物語」のキャラ絵を想像で描いてみました。

 このお手紙と一緒に同封してあります。

 少しでも気に入って頂けると嬉しいです


 もしお許しいただけるのであれば

 これからも貴方の作品にイラストを付けても良いですか?

 もし駄目でもイラストの感想を貰えると嬉しいな


 水河 雫』




「こ、こここ、これ、ラブレターじゃない!?」


 貴方が好きでイラストを描きましたという風に取られないだろうか。

 ま、まぁ、こういう勘違いから始まる恋も……うん、あってもいいかも。

 池さん。喜んでくれるかな。

 挿絵にして欲しいとはさすがに言えなかった。

 でもイラストの感想は欲しいな。

 そんな願いを胸に秘めながら、私は手紙とイラストを池さんの机の中にそっと入れておいた。







 翌日。

 教室に入ると一斉にクラスメイト達の視線が私に集中した。

 な、何?

 異様な空気を感じ狼狽する。

 みんなニヤニヤと嫌みったらしい表情を向けていた。


「水河雫。知らなかったよ。キミがイラストを描いていたなんてな!」


 異質な空気の中、私に話しかけてくれたのは池さんだった。

 クラスメイト全員が私達に注目している。


「い、池さん!?」


 様々な感情が交差して私は俯いてしまった。

 クラスの人気者が私に話しかけてきてくれた喜び。

 皆が注目している中、私が絵を描いていることをいきなりバラされた羞恥。

 そして……一番の感情は『恐怖』だった。


「熱烈なラブレターありがとう。それと10枚近くのイラストもね」


「ら、ラブレターなんかじゃ……!」


 どうしてか分からないが、池さんが……怖い。

 身体が震えあがるくらいの恐怖が私の中で渦巻いている。


「あのイラストを俺一人が独占するのはもったいないと思ってね。『皆』に見てもらうことにしたんだ」


「…………えっ?」


 池さんの視線に誘導されて黒板に視線を流す。

 見覚えのある『10枚の紙』が掲示されていた。

 小さなマグネットで止められ、風でヒラヒラと揺れている紙達。


「あ——あっ!?」


 それが何か察した瞬間、私は血の気が一斉に引く感覚に見舞われた。

 私の……イラスト……

 池さんにだけ見てもらいたかった私のイラストがなぜか衆目に晒されている。


 どうして……どうして晒されているの?

 どうして……こんなことするの?


「おいおい。何ショック受けているんだい? 絵を見て欲しかったんだろ? 感想欲しかったんだろ? だったら喜べよオイ」


 からかうような……威圧するような口調。

 見たことない池さんの姿。

 怖くて……惨めで……恥ずかしくて……

 ショックでその場に跪いてしまった。


「それじゃ皆の衆! この素敵なイラストの数々の感想を彼女に与えてやってくれ!」


 やめて……

 やめてよ……


「くっそキモイな」


「高校生にもなって漫画みたいな絵描いてるなんて痛すぎ」


「水河って根暗なだけじゃなくてオタクだったんだな」


「陰キャって見ているだけでイライラするわ。クラスから消えてほしい」


「作品に取り入って池様に近づこうとする魂胆見え見えで気持ち悪い」


「ていうか画力も中途半端じゃね?」


「俺の方が上手く描けるわ。ぶはは」


「じゃあ明日はお前の絵が晒される番だな!」


「うっは! 勘弁! 絵を晒されるなんて恥ずかしくて死ねる」


「「「うはははははっ」」」


 容赦ない批判の刃が私の胸に突き刺さる。

 涙がボロボロ流れ出る。

 羞恥で気を失いそうになる。

 吐き気もする。

 この場から逃げ出したいのに、身体の震えがそれを許してくれない。


「最後に俺様が直々に感想を与えてやろう」


 池さんが私の前に歩み寄る。

 そのまま私に視線を合わせるように座り込み、涙でぐしゃぐしゃの顔をぐぃっと持ち上げた。


「こんな下手くそな絵をもらって俺が喜ぶと思ったか? 身の程を知れよ、芋女」


 ドンッと右胸を押され私は床に倒れ伏せた。

 胸を触られた羞恥などすぐに消え失せるほど……

 イラストを晒されたという事実がとにかく惨めで恥ずかしかった。

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