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第114話 闇に墜ちる

 黒龍がノヴァアカデミーに入学していることを知ったのは4月度のスターノヴァランキング発表の時だった。

 総合ランキングで9位に入った黒滝龍一郎作の音楽『I’m back』。

 ギターメインの音源で奏でられた音楽は正にロック一色だった。

 最初の一音からまるでクライマックスのような盛り上がりを見せ、ボルテージ上げながら最後まで突き抜けていくという魂の演奏。

 ただ乱暴に奏で続けるわけじゃない。

 卓越した技術、感情の乗せ方、飽きさせない曲の作り。

 全てが一級品だったのだ。

 嫌なやつだけどクリエイターとしての才能は羨ましいくらいある。

 あの和泉君も黒龍の才能を認めているほどなのだ。


「珍しい所であったね。久しぶり黒龍」


「はっ! 俺の二つ名を覚えていやがったか。もはやその名前で俺を呼ぶ奴はお前くらいだよ」


 少し嬉しそうに口角を上げる黒龍。

 えっ、喜んでる? 本人的に気に入っているのか。黒龍の異名。


「雪野虎之助。俺もまさかお前が同じ専門学校にいるとは思わなかった。しかもちゃっかりと総合ランキング1位なんてとりやがって。むかつくぜ」


「その雪野虎之助って偽名懐かしいなぁ。もはやその名前で呼ぶのはキミくらいだよ」


「けっ。真似すんな」


 高校時代、冗談で偽名を使った自己紹介をしたことがあった。

 その日以来黒龍はたまに僕のことを『虎之助』って呼んでいたなぁ。

 なんか愉快だから黒龍には今後もそう呼んでもらいたい。


「黒滝、貴方一人なの? ぷぷ。休みの日に一人でアミューズメント施設にくるなんて寂しい人ね」


「ランキング3位の瑠璃川楓か。初対面のくせに舐めた口きいてくれるじゃねーか」


「あら。初対面と思われているのね。一応同じ高校だったのに冷たいじゃない」


「ふん。名前は覚えた。いずれお前も俺の音楽(クリエイト)が抜いてやる。せいぜい今のうちに天狗になってやがれ」


 そう言い残すと、黒龍は早々にこの場から去っていく。

 方角的にバッティングセンターへ向かったみたいだった。

 黒龍が去った後、僕らはベンチに座り先ほどの邂逅について話し合う。


「なんか黒龍丸くなっていたね」


「そうね。坊主になんかしちゃって。中途半端に毛を残さず一本残らず剃っちゃえばよかったのに」


「いや、髪型の話ではないのだけども……」


 瑠璃川さん、黒龍に対して辛辣だなぁ。

 文化祭での出来事よりも前から黒龍のことを嫌っているみたいだったし、本当に反りが合わないようだ。


「花恋さんもよく頑張ったね。毅然として黒龍に語り掛けていた姿は格好良かったよ」


「えへへ。そうですかね」


 黒龍からは相手にされなかったけど、昔の怯え切っていた花恋さんを知っている身からするとその成長が嬉しく思えた。

 みんないつの間にか強くなっていく。僕も置いて行かれないようにしたいな。


「あの様子を見ると、もう問題を起こしたりしなさそうな雰囲気だったわね」


「そうだね。今のアイツは音楽(クリエイト)に全力で挑んでいるみたいだった。ランキング上位を目指す野心も見えたよ。正直見直した」


「ふん! あんな奴に抜かれてたまるもんですか! 次のランキング戦でも絶対に上になって見せるわ!」


 黒龍という意外なライバルの登場に瑠璃川さんのクリエイター魂に火が付いていたようだ。

 切磋琢磨できるライバルっていいな。

 僕の場合は最大のライバルって誰になるのだろう。

 ランキングで1位タイだった和泉くん? それともやっぱり氷上与一?


 ——いや。


 ちらっ、と両サイドに座る女の子達に視線を移す。

 確実に僕よりもクリエイターとして上の存在がここにいたか。

 じゃあ、僕の目標は——


「どした? キュウちゃん。私と雨宮さんの顔をチラチラ覗き見ちゃって」


「別に。なんでもないよ。美少女二人に囲まれて僕は幸せ者だなーって思っていただけ」


 目標となるクリエイターが二人もこんな近くに居てくれる。

 それだけでモチベーションが物凄く向上できるのだ。

 僕は本当に幸せ者だなぁ。


「弓くん定期的に照れさせてくるの禁止です。今日何回ときめいたと思っているんですか。ね、ママ」


「そ、そうだよっ! 急に口説かないの! まったくもぉ」


 照れくさそうに小突いてくる二人。

 少しだけ桃色っぽい空気になり、僕もつられるように顔を赤く染めていた。

 三人して赤くなっている様子を瑠璃川さんがニヤニヤと楽しそうに眺めていた。







 僕達はそれからボウリング、カラオケを楽しみ、アミューズメント施設の大枠は全て周り終えることができた。

 そろそろ帰ろうかという空気になり、僕らは談笑しながらゲームコーナーを通過して出口を目指している。


「カラオケでは水河さんの独擅場でしたね!」


「雫ちゃんがあんなに歌が上手いだなんて知らなかったわ」


「本当だよ! どうして隠していたのさ!」


 カラオケでは雫の意外な特技が発揮され、僕達3人はその美声に聞き惚れていた。

 前々から『声が可愛い』とは思っていたけど、歌まで上手いだなんて知らなかった。

 イラスト、家庭スキル、そして歌。

 何気にハイスペックなんだよなぁ雫って。


「別に隠していたわけじゃないよ。歌うのが好きでたまに気晴らしに一人カラオケ行っていただけだから」


「一人で行くなんて寂しいこと言わないでください。今度は一緒に行きましょう。私にも歌を教えてくださいね」


「う、うん。じゃあ今度から誘うね」


 この二人が仲の良い様子を見るとこちらまで暖かい気持ちになってくる。

 全員ぼっち気質だったもんなぁ。瑠璃川さんを覗いて。

 和泉君とのグループとも良好な関係だし、交友関係にも広がりが見えてきて嬉しく思える。

 これからもっと楽しくなっていきそうだなぁ。




 そんな風に爽やかな干渉に浸っているその時だった——




「おや? 桜宮恋じゃないか。こんな所で奇遇だな」


 あまり聞きたくない声色が耳に入って来た。

 今日は本当に知り合いによく合う日だな。

 それも『好ましくない人間』から。


「……貴方ですか。奇遇ですね池さん。それでは失礼します」


 流れる様に挨拶を済ませ、僕の腕を掴んでこの場から逃げる様に早足で去ろうとする花恋さん。

 しかし、ガッと肩を掴まれて撤退を阻止されてしまった。


「……セクハラですよ? この場で大声を出してみましょうか?」


「肩を触っただけだぞ!? キミだってそこの盗作魔の腕を掴んでいるじゃないか」


「私が弓くんに触るのは良いのです。本人から許可を得ておりますから」


 ……許可なんか出したっけ? まぁ全然良いのだけど。


「それより、また弓くんを盗作魔扱いしましたね? 謝ってください」


「ふん。俺は事実を言っただけだ。学校ではそいつの盗作が許されたみたいな空気になっているが、俺は認めてなどいない」


 この人も頑固だなぁ。

 別にこんな人に認められなくても全然良いのだけど、いちいち突っかかってくるのだけは勘弁してもらいたい。


「そうだそうだ。池さんの言う通りだ」


「大体そいつの盗作の事実が覆ったわけじゃないよな」


 今まで気づかなかったが池君の周りには友達らしき男が二人居た。

 同じノベル科の生徒の人だ。名前知らないけども。

 しかし、こんなス〇夫やト〇ガリみたいな取り巻き本当に存在するんだな。漫画や小説の中のだけの存在だと思っていたよ。


「弓くんに謝る気がないのであれば私からも貴方に言うべきことは特にありません」


 花恋さんは毅然とした態度を崩さず池君へ強い言葉で言い返す。

 はっきりとした否定の態度。

 その姿には頼もしさが感じられた。


「ふ、ふん! そんな奴と付き合っているといつか後悔するぞ!」


 花恋さんの凛とした様子に物怖じした池君は声を震わせながら精一杯言い返していた。

 だけど僕らはその言葉を完全無視して出口方面へと歩みを進める。


「——ん? お前もしかして水河雫か?」


「……っ!!」


 雫が彼を横切った瞬間、池君が反射的に雫の腕を掴んで止めていた。

 そして気持ち悪く口角を上げてそのままグッと雫の身体を引き寄せていた。


「は、放して!」


「雫!」


 まさか雫が捕まるとは思っていなかった。

 そういえばスターノヴァのランキングの時、池君のことを高校時代の元クラスメイトと言っていた。

 そのことを完全に失念していたことに激しい後悔を抱きながら雫を掴む汚い腕に手を伸ばす。


「おっと。お前はこっちだ」


 池君の取り巻きに両腕を補足され、身動きを封じられる。


「くそっ! 放せ!」


 必死に振りほどこうとするが二人相手では力負けしてしまう。


「池さん! どういうつもりですか!! 水河さんを離してください!」


 僕の代わりに花恋さんが池君に近寄った。

 雫を補足する太い腕を引っ張るが、花恋さんの力ではビクとも動かなかった。


「ふはは。こんな所で合うとは奇遇だな芋女。この面子とつるんでいるということはもしかしてお前もノヴァアカデミーの入学生なのか?」


「あ……あ……」


 雫は完全に怯え切っている様子で声も出せないみたいだった。

 目には薄っすら涙が浮かんでいる。




 ——雫が……泣いている……




「もしかしてイラスト科か? これは傑作だ。お前まだゴミみたいなイラストを描いているんだな」




 ——こいつは今なんといった?




「桜宮恋よ。断言する。こんな芋女とは縁を切った方が良い。こんなゴミと一緒に過ごしていてもキミの価値が下がるだけだ」




 ——ゴミ……ゴミと言ったのか?




「な、なんてことを……貴方はなんてことをいうのですか!!!」


「事実だ。面白いことを教えてやろう。こいつは高校時代イジメに在っていたんだ。自分の絵が原因でな」


「……っっ!!」


 雫の身体が再び大きく震える。

 トラウマを刺激され、一瞬で顔色が真っ青になっていた。


「いじめの経緯を教えてやろうか? 傑作だぞ? こいつは——」




「「——死ね」」




「は?」


 池君の言葉を遮るようにこの場に居た二人が同時に言葉を発していた。

 生きていることを許さない。

 生すらも拒絶する最大級の侮辱の言葉は僕と瑠璃川さんから同時に放たれていた。

 声色から分かる静かな怒り。

 確信する。

 瑠璃川さんは僕と同じくらいブチ切れているということを。

 池君の取り巻きを眼光咎めて睨みつけ、一瞬怯みを見せた隙に僕は乱暴に拘束から逃れた。




 ——雫が泣いている。




 この事実だけあれば、僕が次に行うべき行動は自然と決まってくる。

 まずは雫を拘束しているそのきったない腕。爪を立てて引き裂いてやろう。

 血が出るまで、肉が飛び出るまで、引き裂いてやろう。

 その後は馬乗りになって拳を振り下ろす。

 顔が張れるまで、鼻が曲がるまで、失明するまで、ぶん殴ってやろう。


 行動指針が決まり、僕は殺意を隠そうともせず、ゆらゆらと不気味に左右に身体を揺らしながら池君に近づいていく。

 たまにガツっと瑠璃川さんの肩にぶつかっていた。

 いいね、瑠璃川さん。二人で殴ってやろう。ヤツに与えるダメージは大きければ大きいほど良い。


 それだけのことをコイツは行ったのだから。


「「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」


「ひっ!?」


 僕と瑠璃川さんの怒声が重なった。

 怒りの感情に身を任せた僕らの攻撃は——


 池に届くことなかった。


 気が付くと僕と瑠璃川さんは仰向けになりながら自分に転がっていた。


 何が起きた?

 どうして僕らは床で寝ているんだ?


「——そうじゃねえだろ」


 聞き覚えのある太く野太い声。

 声のした方向に視線をゆっくりと動かしてみる。


「そうじゃねえだろ雪野虎之助。お前の戦い方はそうじゃねえはずだ」


 その言葉を聞いて怒りに染まりきっていた脳内が少しだけクリアになっていく。

 少しだけ冷静になり、僕らは襟首を引っ張られて床にたたきつけられたことにようやく気が付いた。

 見覚えのある坊主頭。

 助かった。

 あとちょっとで僕は取り返しのつかないことをしてしまうことだった。


「……ありがとう黒龍。おかげで目が覚めたよ」


「ああ。俺と戦ったときみたいにもっとスマートにやってみやがれ」


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