道中
切り立った崖や幹の裂け目から光が差し込み、その光は世界樹の中を淡く照らす。それは静かで神秘的な雰囲気を醸し出している。幹や根の表面には苔や草花が生い茂り、植物がところどころに自生している。光に反応して淡く輝く植物やゆっくりと動く蔦は自然そのものが生きているように感じさせる。
滝や小川が根や岩の隙間を縫うように流れ、清らかな水の音が静寂の中に響き渡る。水面には光の反射がきらめき、細かな水しぶきが霧となって舞い上がる。切り立った崖の根や枝の間からふっと吹き出る霧はまるで世界樹の「呼吸」を感じられるかのようである。その霧は柔らかく辺りに広がり、植物や苔の葉にそっと降りかかる。滝壺の周囲には虹がかかり、陽光が水と融合し、幻想的な風景を作り出している。耳を澄ますと、風に揺れる蔦や木々のささやきが聞こえ、自然全体が共鳴しているかのような調和を感じる。
空を見上げると、巨大な枝が無数に交差し、その間を小型の生物が飛び交っている。これらの生物は世界樹独自の進化を遂げた異形であり未知の存在だ。世界樹の中に住む異形の生物たちは、自然そのものと深く調和している。翼を持つもの、木々の間を素早く跳ね回るもの、地形を変える程の力を持つものまで様々だ。これらの生物は都市の生物とは全く異なる進化を遂げており、まるで世界樹の魔力に呼応して生まれたような存在である。
世界樹の中のこの風景は、圧倒的な自然の力と神秘に満ちており、探検者にとっては危険でありながらも、その美しさに魅了される場所である。
俺とアイリスはギルド長からの依頼で、世界樹の一階層、通称『眠らない世界』を探索していた。『眠らない世界』という名の通り、この場所には夜がない。どこかしらに常に日が差し込み、昼夜の感覚を失わせる不思議な場所だ。
ギルド長からの依頼内容は『行方不明者の調査』。一見面倒くさいように思えるが、実際はそうでもない。ただ、行方不明者が向かった場所を調べるだけで、凶暴な異形や危険な罠はないという話だった。しかも報酬は破格。あのギルド長にしては珍しく、随分と楽な依頼に思えた。
俺たちの冒険は順調そのものだった。理由は明らかで、アイリスが強すぎるからだ。出現するモンスターを次々と薙ぎ払い、ためらうことなく目的地に向かって突き進んでいく。その道中、休憩はおろか会話すらほとんどない。
こういう状況なら、冒険を重ねるうちに段々と距離が縮まり、男女の仲へ……なんていうのがよくある話だよな。昨日の夜、そんなことを少し期待してしまった自分が馬鹿みたいだ。こんな展開は普通の男と普通の女の場合に限る。一方は生まれてこのかた友達すらいない男で、一方は一日中誰とも話さず本を読んで過ごすような女だ。よく考えれば、そんな甘い展開なんて期待するほうが無理ってもんだ。
そう簡単に物語のような進展があるわけがない。誰か俺に甘酸っぱい青春を分けてほしいものだ。