始まりは突然に③
「それでギルド長なぜ私に彼を紹介するのですか。紹介される私の身にもなってください」
場は落ち着きを戻し、アイリスが会話を再開させる。
遠回しに俺のことをディスってるよな。『こんな男を紹介される私って可哀そうでしょ』と間接的に言っているようなものだ。
「そんなことを言うなアイリス。ちゃんと私にも考えがあるんだ」
ギルド長も彼女の言葉の意図には気づいているらしい。
「どんなことです」
「君ら二人でパーティを組んで世界樹に行ってもらう」
ギルド長は俺とアイリスに人差し指を向けて言う。
「お断りさせていただきます」
即答である。こうも即答されると傷つかないで有名な俺のガラスの心でも傷つく。
「そうか、まぁ、私から強制するつもりはない。やりたくなければやらなくていい」
意外にも、ギルド長はすんなりと食い下がる。
「そうですか」
アイリスもギルド長が食い下がったことに驚いたのか気の抜けた返事をする。
「しかし、困ったな。これではアイリスにだけ特別に許可をしている『ギルド内すべての蔵書を閲覧できる権利』がなくなってしまうなぁ」
「それはどういうことですか」
ギルド長はわざとらしくアイリスに言い放つ。それに対しアイリスはすぐさま反応を見せる。
おいおい待てよ。今、サラッとすごいことを言わなかったか。『ギルド内すべての蔵書を閲覧できる権利』だって。もしかしてアイリスって物凄い偉い奴なのか。ギルドには貴重な資料や本が山ほどあるって聞いたことがある。それを見るにはギルドの幹部、いや、ギルド長くらいの権限がないとダメなはずだ。それを見れるってどんな奴だよ。
俺は冷や汗をかき、二人の会話を静かに聞こうと決めた。
「最近な、ギルドの幹部連中が『何もしていない奴にギルドの貴重な資料を見せるな』ってうるさいんだよ。今までは何とか抑えてきたがもうそろそろ抑えきれなくてな」
ギルド長は少し困った顔をする。話している内容自体に嘘は内容だ。
「それで今回、世界樹に行って成果をあげろというわけですか」
「まぁ、そういうことだ」
「はぁ、分かりました。その提案、引き受けました」
アイリスは大きなため息をつき渋々提案を引き受けた。アイリスは額に手を当て項垂れる。
「それじゃあ、決まりだな」
「異議あり!!」
俺は勢いよく声を張り上げる。どこぞの裁判ゲームを彷彿とさせる。
「なんだ、いきなり。もう話は終わったがまだ何か問題でもあるのかシユウ」
ギルド長は突然の大声に驚いている。
「大ありです。俺がそいつと」
「アイリスよ」
「アイリスと」
「さんでしょ」
「アイリスさんと一緒に世界樹に行かなければならないんですか」
アイリスから再三の注意を受ける。先程の恨みであろうかアイリスの語調が強くなる。
「君は世界樹へ行きたいのだろう。アイリスと二人なら世界樹へ行けるのだ。悪い話ではないだろう」
「そうですけど、世界樹に行くには最低でも4人いなければいけないでしょう」
「なるほど。君はアイリスの実力に不安があると」
「それもありますし、そもそも、あい...リスさんとは相性が悪すぎます」
危うく『あいつ』呼ばわりするところであった。俺はチラッとアイリスの様子をうかがう。どうやら気づいていたらしくこちらを不機嫌そうに睨む。そんなことを気にせずにギルド長は話を進める。
「君が危惧するのももっともだ。そうだな、まず、アイリスの実力についてだがギルド長ヴァイオレットの名において保証しよう。下手に4人パーティを組むより彼女と組んだ方が死ぬリスクは確実に減る」
どうやらアイリスの実力はギルド長のお墨付きらしい。その上、ギルド長として彼女に絶対の信頼を置いていることがわかる。
「次に、君たちの相性についてだが、私は案外悪くないと思っている。私から見れば二人は似た者同士に見えるがな」
「どこがですか」
「どこがですか」
俺とアイリスは声を張り上げ異議を唱える。
ギルド長は口角を上げこちらを面白そうに見ている。俺とアイリスは頬が色づき少しだけ顔をうつむかせる。俺は変な空気を変えるため話を切り出す。
「俺が言いたいのは誰とパーティを組むかの権利は俺にだってあるはずです」
「君の場合、パーティを組むまえに野垂れ死んでしまうだろう」
綺麗なカウンターを食う。これにはぐうの音も出ない。
「細かいことは気にせずに一回世界樹へ行ってきたまえ」
「わかりました」
俺は何も言い返せず首を縦に振ることしかできなかった。
「よし、決りだな。早速で悪いが君たちに頼みたい依頼がある」
「まさか私たちにパーティを組ませたのはそのためですか」
アイリスはギルド長を懐疑な目で見る。ギルド長は少し考え込むような仕草をし応える。
「そうではない。ただ理由の一つではある」
「そうですか」
煮え切らない答えに不満そうではあるがアイリスは深くは追求をしなかった。ギルド長の答え方からして望むような回答を聞けそうにないのは明白であった。
「それで頼みたい依頼というのはどんなことですか」
アイリスは続けてギルド長に質問を投げかける。すると、ギルド長は自信ありげな表情を浮かべ出す。
とてつもなく嫌な予感がした。俺はその予感が当たらないよう心に強く願うだけであった。