第94話 孤軍奮闘
黒い船に向かって矢のように飛んでいったミクだが、中盤付近で自身にかかっていたバフが消え、やむなく不時着する。どれだけ後続を引き離したのか振り返って知りたいミクではあったが、その数秒ですら惜しい。今は前に進むだけだと嚙み締め、ウラガルを召喚する。
「行くぞ、ウラガル!」
召喚したウラガルと共に海賊帽を被った骸骨を蹴散らしていく。その一方で、モンスターに乗って上空を飛行しようとしたプレイヤーは船からの射線に晒されて中々前に進むことができずにいた。
ミクが飛び出したと同時に彼らも飛び出せばよかったのかもしれないが、この状況下でも敵対するとは思っていなかったこともあって、対応が少しばかり遅れた。ここに集まった大半のプレイヤーはあくまでも楽して総取りしようとした者たちで、初見ボス討伐など考えていなかったのだ。ゆっちーと猫にゃんが稼いだ数秒にも満たない時間稼ぎも含め、ほんの僅かな遅れで敵の防衛線は十二分に機能し、ミクとの間には雑魚キャラが壁となって立ちはだかってしまったのだ。
「RISAさん、この調子だと小娘に追いつけませんぜ」
「ちぃ!(ここでアタイが龍化するのも良いが――)」
無理に上空から突破しようとしたプレイヤーが迎撃され、墜落していく。仮にRISAがドラゴンになったとしても、それは巨体を船の艦砲射撃に晒すだけの行為であり、自殺行為に等しい。つまり、このミッションのクリア方法は数多くの船員をなぎ倒しながらチマチマ進むか、自殺覚悟のトップスピードで上空を一気に駆け抜けるかしかない。そして、彼女を含め、プレイヤーキラーたちにはその覚悟が足りなかった。
「数が多い!このままだと追いつかれちまう」
「ならば我が道を開けよう」
「やれるのか」
「無論だ。そして、さらばだ」
「……ああ、わかった。一発やってくれ」
ウラガルが巨大化し、力をためていく。無論、船団がそれを黙って見逃すわけがない。一斉に放たれた砲撃がウラガルに突き刺さり、ゆっくりと倒れていく。だが、死に間際に放たれた魔導波が目の前にいた船団を撃ち抜き、沈没させていく。
「【加速】!」
傾き、沈没していく船の甲板を蹴り飛ばしながら前進んでいくミク。その様子は義経の八艘飛びの如く。
『やべ、届かねえぞ!』
「ブラッディウェポン、ウィップ」
伸ばしたムチが船のマストをつかみ、着水から難を逃れさせる。先ほど撃墜されたプレイヤーが船上に戻ってこないことを考えると、船から落ちると即死なのかもしれない。そして、再び向かいの船に飛び移ろうとするも、ほぼ垂直に傾いており、足場がない。
「【PRIDE】、浮いているものを突き刺せ!」
自信の影を操り、浮かんでいた鉄パイプを突き刺して、即席の足場を作って蹴り飛ばしたミクは黒い船に向かって飛び移る。甲板によじ登ってきたミクの目の前にはプカプカと黒いオーラを纏わせたフックと曲刀、拳銃とドクロ。HPは見えないが、おそらくドクロこそが本体と思い、シャドーボールを投げてみるも効いている様子はない。
「くそ、アイテムが無いと辛いな」
今のミクなら【GLUTTONY】も合わさり、高い火力を引き出せる。だが、それはあくまでも球があればの話。いくら最良のピッチャーがいても球が無ければ、何もできないのだ。
(そもそも盗んだアイテムはどこにあるんだよ。それを奪い返せるなら――)
ミクは戦闘開始時に表示されたメッセージを思い出す。ボスを倒せばアイテムを取り戻せるということは、奪ったアイテムはどこかに保管しているということになる。その場所を襲えば、アイテムを使用することができるのではと考える。
(あるとすると……この船の中か!)
攻撃を潜り抜けて、船内へと入っていくミク。その様子は配信でも映し出されており、プレイヤーキラーにも伝わっている。
「ボスを放り出して船内に? はん、勝てないから逃げ出したんだね」
ボス戦を放棄したのであれば、ミクに構う必要はない。いや、正しく言うのであれば、MPの回復手段がなく、周りの物量に圧されて逃げるミクを追いかける余裕がない。配信を見る必要もないだろうと思い、RISAたちは配信画面を切り、目の前の敵を倒すことに集中し始めるのであった。
『ボス倒さないの(。´・ω・)?』
「船の中を調べてからだ。奪われたアイテムが保管してあれば、取り戻せるかもしれない」
『あ~、ギミックとしてはありうるな』
『船にたどり着いたら、ボスのことしか考えないから盲点だったわ』
「しかも、船の中にも少なからず敵がいるってことはその可能性はあるぜ」
ギミックとの兼ね合いのせいか出てくる雑魚敵はそこまで強くない。今、夜補正のあるミクならば、被弾さえしなければ、奥に進むことは十分に可能だ。決死の行軍を進めていると、志位庁舎から呼び止められる。
「なんだよ、急に?」
『沈没船だと食堂に倉庫の鍵があるから、調べたほうが……』
『別ダンジョンだからないだろ』
『急がないと【漆黒の翼】が追いかけてくるかもしれない。先に行った方が賢明だ』
『そうだけど……』
「……なあ、ここまで通ってきた道でいくつか部屋があったと思うけど、沈没船とのMAPと照らし合わせてくれないか?」
『OK』
『おかのした』
『沈没船のMAP、別ウィンドウで開いている。数分待ってくれ』
パーティメンバーがいなくなった今のミクが頼れるのは視聴者のコメント、集合知だけだ。スキルのクールタイムもあり、とにかく数分待つことにする。そして、間もなくして視聴者たちから返答が来る。
『甲板からの部屋の位置、沈没船と一致』
『同じく』
『こっちも』
「OK。ってことはこの船は沈没する前の船ってわけだ。つまり、ギミックも同じになっているなら、食堂を調べる必要はある。【ENVY】」
トラップに警戒しながら、ミクが扉を開けて食堂に入って視聴者から指示を受けた座席へと向かい、テーブルの下に転がっている鍵を入手する。そして、視聴者たちに案内されるまま倉庫へと向かい、鍵を開ける。すると、そこには真っ黒なオーラを纏った巨大なクラーケンがこちらを睨みつけていた。
『沈没船の中ボスだね』
『オーラっぽいのはあるけどな。あっちはない』
『まずは足を切ることを推奨』
『足につかまると割れた床から水中に潜られて、溺死させられるからな』
「って言われても、試験に出てきたときのタコよりも、動きにキレがあるぜ」
『そもそもソロで戦う相手じゃない』
『正攻法は避けタンクが引き付けている間に、他のメンバーが切るだからな』
「さて、どうするかな。と言ってもやることは変わらないか。【血限突破】」
『切るならイカから見て右足4本から』
『右足の方が攻撃力が高い分HPも低い』
『中央2本は最後に』
『あくまでも中ボス時と同じという想定だから気を付けて』
「わかった。まずは一本!イモータルブレード!」
赤黒い閃光がクラーケンの触手を切り落とすも、オクトパスと同じくジュクジュクと泡立てながら復活する。
「やっぱタコと同じで復活持ちか。これは時間かかるなぁ……」
『左右は2回、中央は3回切れば復活しない』
「了解だ!」
ジグザグに曲がりながら、触手に狙いを絞らせないようにしつつ、大外からの急接近で触手に近づき、イモータルネイルで再度切り落とす。
「イモータルウィング!」
一回り巨大化し、赤く光った背中の羽ですれ違いざまに数本の触手をまとめて切り落としていく。その雄姿はどこぞの偉大な勇者のようだとコメントで揶揄されるほどだ。
「いけるな、ウラガル!」
「人使いが荒いな」
ここでウラガルのクールタイムが終了し、すぐさま召喚した彼に左側の触手の相手を任せる。とはいえ、数は数。いくら強力な悪魔であるウラガルでも回避性能は高くなく、もって数分といったところだろう。だが、そのわずかな時間でもミクにとっては貴重であった。
「時間切れになる前にもう1本」
2本の右足を完全に切断したところで、【血限突破】の効果が切れる。それと同時に【灼熱の血】と【ENVY】を同時発動。水属性の耐性を上げつつ、スピードは多少下がりながらも有利盤面を維持。とにかく隙を与えないようにしながら、触手を切っていく。
『よくMP持つな』
『普段から通常攻撃と投擲メインだからね。MP消費がほとんどない』
『使用したとしても低レベルの魔法を使っているのも拍車をかけている』
『それで倒せるの? 俺、後衛職だけど、中級くらいじゃないと厳しくね?』
『時間かかっても良いなら魔法やスキルを使わなくても良いぞ』
『といっても、イモータル系は消費MPは多いみたいだから2割を切っている』
「ブラッディレイン!」
『ここで範囲攻撃か』
『削りに行ったな』
『残りMP1割』
『あと2発撃てるかってところか』
『この調子だと本体に着く前にMP切れるけど大丈夫か?』
本体からは墨爆弾を吐いてくるだけ。その程度の攻撃ならばまだ避けられるし、脅威にもならない。そして、右足の切除が完了したと同時にウラガルも消滅する。残る左足は2本。十分すぎる役回りだ。
「【飛行】もクールタイムか。あとは【加速】【幻影の血】!」
分身と残像をまき散らしながら、左足を根本から切断していく。触手でビシバシと叩きつけようとしても、それらは残像だったり、分身だったりする。本体をとらえきれていないクラーケンの左足を完全に切除するのはたやすい。
『でも、スキル大分使ったぞ』
『MPもほぼ空。ここからは純粋なステータス勝負だ』
クラーケンは残る中央2本の足をムチのようにしならせ、薙ぎ払うことで地上にいるミクを壁に叩きつけようとする。しかも左足は地上スレスレ、右足は少し上空を狙っての攻撃だ。
『避けられねえ!』
『おいおい、死んだわ』
「これが最後の魔法だ。ブラッディウェポン、シールド」
突如現れた壁に触手の軌道が変更し、難を逃れる。すぐさま【PRIDE】で握っていた剣を反動で戻ってきた右足の軌道に置き、勝手に切断される。
「全体攻撃で再生回数を削っておいて正解だったぜ」
『これで残り1本』
『やっちゃえ!』
叩きつけ攻撃に切り替えたクラーケンだが、そんな大振り攻撃ではすばしっこいミクに当たらない。【PRIDE】に剣を持たせたことで射程範囲を増やした攻撃は着実に最後の1本にダメージを負わせていく。
『すげー』
『あれでスキル使っていないとかマ?』
『【見切り】とかの目に見えにくいスキルは持っているだろうけど、ここまでくると本人の動体視力とかそういうのが優れていないとできない動き』
『リアルチートかよ』
視聴者たちがミクの再現性のない動きを感心しながら見ているうちに最後の一本が切り落とされる。こうなれば、後ろに回り込まれた時点でクラーケンは何もできない案山子となってしまい、しばらく切り付けた後、口からコンテナを吐き出して倒れるのでった。
「なんかすげー触りたくないから【PRIDE】で開けよう」
ベトベトになっている自分の名前が書かれてあるコンテナを開けると、アイテム欄に所持していたアイテムが戻ってくる。すぐさま回復した後、これからどうしようかと考え込む。
『ボスを倒しに行かないのか?』
「今、戻ったら狙われるかもしれないじゃん。だったら、全滅するまで待った方が良いかなって」
『せこいが……まあ、そうなるわな』
「それに沈没船だとこの後、動力室に行くんだろ」
『そうだな』
『長靴は?』
「アイテムが戻ってきたときに、鍵と一緒に手に入った」
『鍵? 沈没船の時はそんなのなかったけど』
『行ってみれば? もしかすると、なんらかのギミックが停止するとかあるかもしれない』
『壊して不利になることは無いよな』
「よし、決まりだ」
ミクは動力室へと向かい、その扉を開ける。そこにあったのは沈没する前の完全な状態、足元にはビリビリとした電流がながれ、天井や床には銃が備え付けられている。だが、それより目立つのは配電盤に寄生している大きな目玉だ。
『なんだアレ?』
「前のときも目玉に攻撃していたから、もしかするとアレがボスなのかもしれない」
『上にいるドクロは?』
『たんなる置物ギミックだな』
『名前の位置からしてこの船自体がボスで、心臓部である動力を破壊すれば勝ちってわけね』
『ボスを倒す過程で中ボスを倒すからメッセージ通りにアイテムは取り戻せると』
ミクが慎重に数歩歩いた瞬間、銃口がこちらに向けられて発射される。慌てて、入り口まで戻ると銃撃がバタリと止む。
「あぶねえ」
『足元に赤外線センサーのトラップがあるのかも』
「ってなるとトラップ解除できないから。これしかないよな」
ミクが鉄球を握りしめて目玉に向けて投げていく。距離感が分かっているなら、これくらいはたやすいと言うのが彼女の方便だ。
『いや無理だろ』
『超人側の人間じゃったか』
『このゲームやったことないけど質問。鉄球を簡単に投げているけど、よくそんな重い物軽々と投げられるね』
「重くないぞ。見た目は鉄球だけど、重さは硬式のボールくらいだ」
『そこら辺をリアルにするとBからCになるから』
『剣や斧も重そうだけど、実際はそこそこだよな』
『非力な子供や女の人も楽しめるようにしないといけないからね』
視聴者たちが会話しているうちに目玉の色が変わり、さらに投げ続けることで目玉が消失し、周りの風景からノイズが消え、元の洞窟の中に戻る。そこには意識を失って倒れているクロウとRISAを含んだ数人ばかりのプレイヤーキラーたち。
「アタイたちはまだボスを倒してなかったのに……」
「俺たちが倒したよ」
『ねえねえ、役立たずの【漆黒の翼】どんな気持ち?』
『格下に助けられて悔しくないの?』
『オマエラ雑魚』
「この屈辱……ここで返してやるよ!」
「そこまでだ!」
大声で静止したほうを見ると、配信を見て駆け付けたダイチやハクエン、他のギルドのプレイヤーたちが続々とやってくる。
「RISA、ここは手を引いてくれないか。お前たちだって、このメンツを相手取って勝てるなんて思わないだろ」
「ぐっ……覚えておきなさいよ」
RISAたち、プレイヤーキラーの姿が消え、ようやく一息入れることができるミク。へなへなと座り込んで、倒れているクロウをつつく。
「おーい、クロウのおっさん、生きてるか」
「生きて……いる。あと、俺はクロウじゃない。黒ひげ、エドワード・ティーチだ。ここは一体……」
「そこは後でな。ダイチさん、来てくれてありがとう」
「あのPKは悪質だったからな。他のギルマスとも話をつけてやってきたってわけだ」
「初めまして。ウチは【宇宙船】のギルマスのキョーコです。対抗戦のときはどでかいビームを喰らって良いところなしやったわ」
「俺も一応、自己紹介しとくか。【モノクロ】のサブマスのミヤビだ。対抗戦だとダクロを止めきれずに敗退したから、あまり印象はなかったかもしれない」
「ごめん、覚えてない」
「そうなるよなぁ……」
「しょうがないね。あと今回、PKした連中は除名処分にしたから」
「俺のところはギルマスの返答待ちだが、おそらく同じ処分になると思う。今回のことでギルドの約束を守らない連中ってことで、どこのギルドにも入れてもらえないだろう」
『事実上引退に追い込まれるな』
『まあ自業自得』
『【漆黒の翼】が拾えば良いよ(なお人数制限)』
「そろそろ、私たちも帰ろう。あまり長居すると邪魔だろう」
「だな」
そして、ダイチたちが帰っていくのと同時にゆっちーたちが戻ってくる。そして、配信を止めたところで、クロウもとい黒ひげと名乗る男性に話しかける。
「もしかしてだけど、空に赤いヒビとかビル群とかみえた?」
「そうだ!あの奇妙な建物にお宝が眠っているはずだと帆を進めたら……なぜ、それを?」
「信じてもらえないかもしれないけど、黒ひげ、アンタはゲームの世界といっても分からないか……記憶を消された上で元居た世界とは別の世界に来たんだよ」
「別の世界?」
「それに同じ立場のやつを知っているんだ。エリザベート・バートリー、聞いたことないか?」
「海以外のことはあまり……それに難しいことはさっぱり」
「そうか……何か思い出せることがあったら教えてくれ」
「ちょっと待った。このまま帰らせたら、いくら海賊といえども俺様も海の男。命を助けられたのに恩を返さないと黒ひげの名が泣くというもの。ここにある宝、持っていけ」
「良いのかよ」
「別の世界ってなら、こんなちんけな財宝よりも貴重なお宝があるかもしれねえ。いつか大海原に出て、黒ひげの名をとどろかせてやる」
ということで換金アイテムや強化素材、お金を手に入れたところで、みゅ~はログアウトするのであった。
一方、そのころ、九朗は執務室で書類整理していると部下からの報告があった。それは「Secret OS」2機目の破壊報告だ。1機だけならまだしも2機となれば計画の遂行に遅延が出てくるレベルだ。
「あと、ノイズ交じりのステージはなんだといった質問が多数来ています」
「そちらは仕様とでも言って君たちの方で対処してくれ」
「了解です」
「問題は2機失ったことだ。新しく追加するのにどれくらいかかる?」
「当初の計画では来年の夏の予定ですが……」
「仕方ない。新ステージの実装は3周年の目玉に繰り上げだ。遅くともGWには間に合わせろ」
「了解です……本当に息子と会えるのでしょうか?」
「君が疑問に思う飲む無理はない。だが、この計画が成功すれば、君も含め全人類が幸せになれる。あと1年、もしかすると遅延が続いて2年はかかるかもしれないが必ず成功する。その時まで待ってくれ」
通話を切った九朗は目の前にあるパソコンの画面を切り替える。そこに映し出されたのはミクの顔とプロフィールであった。
「吸血姫……そのような種族はなかったはず。無いものが有る。私の知らない歴史改ざん。これはもしや世界の……だが、もう遅い。このうねりはもう止められん。遅延でしかない」
九朗は勝ち誇りながらも、彼女のプロフィールを頭の隅に入れて、妨害による遅延込みでも年末、可能であればあと2年、サービスを続けられるように書類や数多くの会議の調整をしていくのであった。




