第88話 嫉妬
「行くぜ!」
勝負が始まると同時にミクが駆ける。それと同時にSORAが上空へと飛ぶ。アリスに化けているエンヴィーが何を仕掛けてこようとも、足の速いミクならば躱すことができる上に最悪の場合でも【自己再生】がある。しかも、上空からの援護射撃も合わせればよほどのことがない限りは対応できる布陣だ。
「ずいぶんと速いね。ファイア」
エンヴィーが繰り出したのは最初期の魔法でもある火を出す魔法。これといった追加効果もなく、いくら防御の低いミクと言えども、これくらいは耐えうる攻撃だ。
(受けても良いけど……躱せるし、躱すか)
ひょいひょいとエンヴィーが連続して繰り出す火を躱すも、初期魔法であるが故の低消費・低CTを利用してエンヴィーが弾幕のように撃ち続ける。さすがに数を撃ち続けられると躱すスペースも少なくなり、ミクに直撃するコースが入ってくる。直撃を避けたいミクは飛んでくる火の軌道を見切り、持っている剣で切り払う。
(ん? 見た目の割には結構重い気が……)
「僕の攻撃をはじくなんてやるね」
「変化球もないボーダマなんざ、目つぶってもホームラン打てるぜ」
「その力、僕も嫉妬しちゃうな~」
涼しい顔をしながら、今度は氷の礫を放つ。弱点属性とはいえ、またしても放たれる初級呪文。何が狙いなのかと思いながら、ミクが避けたり、はじき返すも数が多く足が止まってしまう。
「SORA!」
「乱れ撃たせてもらうよ!」
SORAが上空からガトリングを放って、エンヴィーの下級呪文を打ち落とそうとする。だが、何発かは落とせても、そのほとんどは威力が減衰される程度である。
「うそぉ!? いくらガトリング系の威力が低いと言っても、相殺くらいはできるはずなのに!?」
「やっぱボスだから強いのか?」
「だとしても、弱い魔法を使う理由にはならないよ。下級の魔法でこれだけの火力が出るなら強い魔法を使えば、相殺や減衰なんて気にしなくても良いからね」
「だとしたら――」
「こらこら、ワシらを忘れたら困る」
「そうそう細かいことは後で考えればいいわ」
「そうね。別世界の私」
「この狭さではグレートタイタンは出せんが、タイタン(改修型)なら出せる」
ミクとSORAが時間を稼いでいるうちに、後衛のメンバーが各々の武器や式神、ゴーレムを召喚し終わる。それらが一斉に襲い掛かる中、エンヴィーはニヤリと笑う。
「フレイムトルネード」
「中級呪文!広範囲に攻撃できるけど、これだけの飽和攻撃を相殺できる火力は無いよ」
「それにだ。私のタイタンは火に耐性はある!その程度の炎で倒せると思うな」
妖怪や砲弾、飛来してくる剣を飲み込んだ炎の竜巻はそれらを溶かしながら、タイタンを飲み込んでいく。無駄だと狂乱の錬金術師が声を上げるもつかの間、タイタンの装甲が焼け崩れていく姿に目を見開く。
「バカな……私のタイタンは中級の火属性呪文ごときにやられるわけがない!何かの間違いだ」
「言ったはずだよ。僕には勝てないってね」
(何かからくりがあるはずだ……考えろ!)
ミクは攻撃を躱しながら、思考を巡らす。今までエンヴィーが使ってきた攻撃はグリードのような装備破壊があるわけでもなく、ラストのように状態異常や即死攻撃を仕掛けるわけでもない。ただ正面からやたらと強い弱い攻撃を仕掛けてくるだけだ。
(強い弱い攻撃……タネがあるとすればこのあたりか。こういう時に紅葉が居れば、なにかヒントくれるかもしれないけど、今はいねえしな。今はしらみつぶしでやってみるしかねえな!)
「SORA、タンク役を変われるか!」
「やれないことはないけど、本職じゃないからね」
「やばそうなら、俺がとる」
「OK。行くよ、ショックガン!」
「ちっ、ピーチクパーチクうるさい鳥ですね。ならば、そちらから倒させてもらいましょう」
ダメージこそ低いもののヘイト値を稼ぎやすいショックガンでエンヴィーのヘイトを奪ったSORAが狭い洞窟内をかけ回る。動きづらそうにしているSORAを見たイクは早いとこタネを見つけないと思いながら、属性を付与した鉄球を投げる。
「炎の剛速球でも喰らいやがれ!」
「やれやれ、そんなの水属性の魔法を使うまでもない。ウッドウォール」
炎を纏った鉄球が木々で組み込んだ壁にぶつかるも、燃え移るようなこともなくがっちりと防がれてしまう。
「相性有利な木属性で防がれるとか……防御力がそんなにも高いのかよ!?」
「だから、僕には勝てないんだよ」
「だったらこれならどうだ。シャドーボール!」
「どこに投げている!そんなヘナチョコ攻撃、受けるまでもない」
ミクが投げたシャドーボールを嘲笑い、回避行動すらとらないエンヴィーだったが、シャドーボールがぐぐぐと曲がり、エンヴィーの頭部に直撃する。
「悪いな。こう見えてもコントロールには自信があるんだぜ」
「ぐ、ぐぐぐ……この僕に手傷を負わせたな!」
「なんだコイツ、いくらシャドーボールが得意な闇属性の魔法とはいえ一番弱い技なのに結構ダメージが入っているぞ」
「なるほど、そういうことか」
「何かわかったの? 三流錬金術師さん」
「三流だと!? 二流と呼べ」
「そこは一流じゃねえのかよ」
「一流になるのはタイタンが完成してからだ。まあいい、私の仮説が正しいなら、私を援護するだけで勝てる」
「よし、それならワシの陰陽術でお主を強化し――」
「ならん。仮説通りなら余計なことはするな。ノイズになる」
「バフをかけて戦うのは基本って聞いたわよ?」
「偉大な発明とは常識を打ち破った時にできるのだよ。覚えておきたまえ」
眼鏡をキラリと光らせた狂乱の錬金術師がキレイとは言えないフォームでエンヴィーに向かって走っていく。
「いくら何でも舐めすぎだよ、人間。アイスニードル」
「青龍、あの男を守るのじゃ!」
ヨーコが召喚した青龍が雄たけびをあげると、木の葉が吹き荒れ、幾重にも重なり、攻撃を防ぐ盾となって狂乱の錬金術師を守ろうとする。だが、水属性に有利なはずの木属性の盾はやすやすと貫かれていく。それを見たSORAが頭上から氷の針を撃ち抜こうとするも、1発1発が硬く、数も多い。すべてを打ち落とすのは不可能だ。
「ぐおおおおおお」
致命傷こそ受けていないものの身体をずたずたに切り裂かれながらも、狂乱の錬金術師の拳がエンヴィーの顔面にめり込み、吹き飛ばす。
「すげー、筋トレでもしていたのか」
「そんな暇があれば頭を動かしている。私の最高傑作であるタイタンが効かず、有利属性の攻撃が効かず、ひ弱な私のパンチがこれほどまでに効くのであれば、答えは一つだ」
「き、貴様……」
「お前の能力は逆転する力。耐性は弱点に、不利な属性は有利な属性に、弱い攻撃は強い攻撃にといった具合に」
「ではワシの強化を断ったのも」
「強化する能力・特性は弱体化するかもしれん」
「マジ? 俺、夜になったら2倍以上能力が上がるんだけど……」
「半分になるな」
「雑魚じゃねえか!」
「ギリ夕方で良かったわい」
「ほんと夜まで待たなくてよかったよ。日が沈み落ちるまでにケリつけるぞ!」
「そうね。私も人の子とは言えないし、頑張って近づいてみるわ」
「それなら私も」
「あら、そっちの私はNPCだから能力が高いんじゃないの?」
「そうだったわね。貴女の方が雑魚だったわ」
「なによ!」
「文句ある!」
「おいおい、喧嘩するなら後でな」
ミクがバチバチと火花を鳴らしそうになっている二人のカーミラの間に割り込んで、中を取り繕う。その隙にヘイトを集めてしまった狂乱の錬金術師はあっけなく倒れ、戦闘不能状態に陥る。
「後は任せた……ガクッ」
「こんな雑魚に嫉妬することで強くなる、つまり、優れている能力に有利がとれる能力が暴かれるのは想定外でした。だからと言って、この能力を打ち破ることは不可能!」
「弱い攻撃の方が良いってことなら、ウィンドカッター」
SORAが習得している数少ない攻撃魔法でエンヴィーに攻撃する。レベルこそミクより高いものの、ハーピィの特性もあり、知力に無振りの状態での下級魔法は最低ランクの火力。つまり、エンヴィーにとっては最大火力に等しい。
「くううう……」
「一気に駆け抜けるわ、【加速】」
「弾幕を張る。アイスニードル」
「タネが分かればこちらのものじゃ。要は最初に覚えるような弱い攻撃で相性の悪い属性をぶつけろということじゃな。狐火」
狐火がアイスニードルを蒸発させ、Carmillaが速度を上げてエンヴィーに近づき、殴りかかる。ミクとは違い、錬金術師という職業柄、攻撃にSPを振っておらず、しかもレベルがこのパーティーの中で一番低い彼女の打撃はエンヴィーにとってゴリマッチョのインファイトに等しい。
これはマズイと思い、エンヴィーが後ろへ逃げようとしたとき、ドスンと大きな音が鳴り響くのと同時に背中から何かにぶつかる。後ろを見ると、そこには先まで無かった大岩の姿。
「火力を上げているせいで俺は役立たずだからな。下手に攻撃するよりも【PRIDE】でそこらにあった岩を投げつけて逃げ道をふさぐぜ」
「コイツ……このお姫様の身体がどうなってもいいのか!」
「お前が倒れてから考える!」
「正気か……!?」
先ほどの剛速球ならともかく、ただ岩を投げるだけ、しかも自分を狙っていない躱しやすい攻撃を嫉妬することができないエンヴィーにとってこの岩投げアタックは有効的に働いていた。地響きが鳴る中、エンヴィーのHPはレッドゾーンに近づいていく。
「ぐっ、おのれ……」
「返してもらうわよ!」
「こいつ、いつの間に……」
Carmillaの攻撃を捌くことに注意を向けていたエンヴィーに気づかれないように、岩が地面にぶつかる音に紛れて背後に回ったエリーがその首筋に牙を立てて吸血する。じわりとHPが減るだけでなく女の子一人背負ったことで、思い通りに動けないエンヴィーにCarmillaのパンチがさく裂する。
「みんあ僕を見下して……だから僕は最強になったんだ。こんなはずじゃあ……」
「あんたなんか誰も興味ないわよ!」
「ぐへぇ……」
情けない断末魔と共にエンヴィーが倒れると、体表から紫色の粘液が流れ落ちていくにつれてアリスの姿があらわになっていく。死に体のエンヴィーは取り付く力ももはや無く、そのプルプルとした体を震わせる。
「し、死にたくない……」
「この紫色のがエンヴィーの本体ってわけか」
「スライム系のモンスターみたいだね」
「だ、だれか……僕と契約してくれ。なんでもするから…………」
「俺は契約できないからパスだけど、みんなは?」
「やだよ。僕、こんなのと一緒に戦うとか」
「ワシもじゃな。邪にもほどがある」
「じゃあ、私が貰うわ」
「良いのか?」
「まあ、実験材料くらいにはなるでしょう。ゲームの生物に私たちの世界の錬金術を組み合わせたらどうなるか試すのもいいでしょう?」
「えっ……ナニヲイッテイルノ?」
「まあ、ほどほどにな」
「契約は……このボタンを押せばいいのね」
「や、やめてええええええ!!」
Carmillaは【悪魔召喚術式(嫉妬)】を覚えた
パーティーメンバーは【ENVY】(一定時間、攻撃と知力の数値を入れ替え、さらに属性の相性を反転させる)
「僕みたいに攻撃と知力の差があると物理アタッカーと魔法アタッカーをスイッチできる能力だね」
「俺みたいにどっちも上げていると、弱点属性を反転させて、ダメージを低くするっていう使い方になりそうだ」
「使いどころは選ぶが、中々ユニークな能力じゃな」
「う、う~ん……」
「おっ、目が覚めたか、アリス」
「ここは……?」
「ちょっと悪者に取り付かれていただけだ。俺たちが倒したから大丈夫だ」
「またミク様にご迷惑を……」
「これくらい大丈夫だって。それに今回、俺なんかたいして役に立ってねえぞ」
「そう!すべてはこの私の大活躍のおかげだ!!その棒、きっちりと報酬をだな……」
「あら、生きていたのね」
「あれくらいで死ぬわけにはいかんのだよ。私の研究が完成するまでは!」
「ふふ、お父様に掛け合ってみます」
「そうでなくては」
アリスを連れ戻したミクたちは国王から報酬をもらった後、解散する流れとなった。これで大罪の悪魔は残り1体。年末のレイド戦が終わる夏休み最終日の夜に攻略できるようギルドの面々に声をかけるのであった。