第86話 デートイベント
夏休みも残りわずか。カエデはメイン垢のダクロの育成、カーミラは別ルートの開拓中、みゅ~の3人や麗華はリアルを優先しているため不在、手持ち無沙汰になったミクはエリザベートのところへと向かった。ボス部屋の前で「戦いますか」と聞かれたので「いいえ」を選んでから中へ入ると、ボス部屋の隅にあるベッドで横たわっているエリザベートが居た。
「エリザベート、元気にしているか?」
「…………」
返事がないただの屍のようだ。起こすのも悪いかと思い、立ち去ろうとしたとき、ガシツと手をつかまれる。どうやら狸寝入りだったようだ。
「なんだ起きているなら返事すればいいのに」
「……こっちは朝から晩まで同じセリフを吐いて、叩かれてやられなちゃならないのよ。貴方から出たら、また繰り返されるから……ゆっくりしていって」
「ああ、わかった。紅茶でも飲むか?」
「……お願いするわ」
通いなれているミクは机の上に置かれてあるポットからお湯を注いで、2人分の紅茶を入れる。茶菓子でも持ってきたらよかったなと若干後悔しながらも、エリザベートに紅茶を渡す。
「……淹れるの下手」
「悪かったな」
「……はあ。貴方も巻き込まれた側なんでしょう? なんでそう落ち着いていられるのよ」
「俺の場合、まず女になったからなぁ……平行世界がどうこうと言われてもああ、やっぱりって感じだ。それでも、元の世界が無くなったって言われた時はさすがに堪えたけど」
「そういうふうに見えないけど?」
「黒幕をとっ捕まえるって決めたからな。それはそうとして1発くらいは殴らせては貰うけど」
「私、ゲームの世界から出られないから殴れないわ」
「だったら、黒幕にもゲームさせてここに引っ張り出せばいい。ここで死んでも問題ないんだから殴りたい放題だ」
「良いわね、それ」
「ああ、だから頑張って耐えてくれ」
「その日が来るのを待つわ。で、ものは相談なんだけど……」
「なんだ? 俺にできることならいくらでも手伝うぜ」
「外に出たいわ」
「そうか、ボスキャラが理由もなく街中をうろつけるわけないよな……ん、なんか来たぞ」
この瞬間、ミクのもとにクエストが届く。ウィンドウを開けて、クエスト内容を見るとカーミラ(エリザベート)とデートできるようだ。これが九朗の言っていたNPCと仲良くすると発生する特殊なクエストの一つかもしれない。助けに船といった感じで、ミクがそのクエストを了承する。
「これで一緒に出掛けられるな。どこがいい?」
「辛気臭いところじゃなければどこでも」
「人の多いところってなると、フォーゼか」
「そういえば、お姫様を助けに行ったきりだったわね。挨拶くらいしておこうかしら」
「きっと喜ぶぜ」
ということで、さっそく二人でフォーゼの城へと向かった。前回は真剣な話し合いということもあって会わなかったアリスがミクに飛びついてきたところで、エリザベートの存在に気づく。
「カーミラさんもいたんですね」
「カーミラじゃなくてエリーって呼んで」
「? よくわかりませんが、わかりました。エリーさん」
「素直でよろしい」
「じゃあ、俺もエリーって呼んでも良いか?」
「構わないわよ。私のいた世界だとそう呼ばれていたから」
「向こうの世界?」
「こっちの話。それよりも、魔界のことでも話そうか」
元気よくはいと答えたアリスに魔界での出来事や大罪の悪魔との戦いを話していくミク。大食い対決の話になると、私もやってみたいと笑うほどだ。
「悪魔との戦いと聞くと恐ろしい相手と死闘を繰り広げているのかと思っていましたが、そういう方もいるんですね」
「一番の強敵だったぞ、アイツ。ゆっちーが居なかったら負けていた。他の人と一緒だとしても勝てる気がしない」
あれは配信でクエスト条件が分かっていてもクリアできないのは、自分たち以外に成功者が居ないことが示している。だが、末恐ろしい悪魔と大食い勝負している絵面が面白いらしく、笑いをこらえられないようだ。
「さてと、そろそろ帰るか」
「はい、ミクモ様。次、会うときも楽しい話を持ってきてください」
「ああ、今度は魔王とでも戦う話でも持ってくるかな」
「楽しみにしてます」
ミクたちが部屋から出ていき、アリスがベランダから手を振って城から出ていくのを見届ける。二人の姿が見えなくなっていくと、その目からは涙がこぼれる。
「私もあんな風に自由に出かけたいです……」
もちろん、頭の中では王族としての責務があるということは分かっているし、あの事件以降は無理して外に出るような真似はしていない。周りからは一皮むけた、成長したと言われている彼女だが、実際はその欲を抑えているにすぎない。でも、もしも一般人として生まれ、ミクと出会えたのであれば、一緒に冒険する未来もあったのではないかと思うほどだ。
「危険なのはわかっていますけど、ミクモ様が羨ましいですわね」
「……ククク、国落としに失敗したツケをどう尻ぬぐいしようかと思ったが、良い依り代がいるじゃねえか」
「だれ!?」
背後から聞こえた男の声で振り向いたアリスは、黒い何かに襲われ、意識を失うのであった。
アリスにそんなことが起こっているとは知らないミクたちは、火山でゴーレムを研究している錬金術師たちの元へと向かった。一緒に戦った身として迎えられた二人は弟子たちにお茶と茶菓子を出される始末だ。もはや敵だった名残はどこにも残っていない。
「そっちのタイタンの様子はどうなんだ?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれた。今、私のは新しいタイタンの開発に取り掛かっている」
「すげーじゃん。どれくらいで出来るんだ」
「試運転まであと半年といったところか」
(まだクエストの案内が来ていない。つまり、半年後に何かあるってところか)
半年後といえば、3周年の大型アップデートがある時期。そのあたりで実装されるのかもしれないと、まだ見ぬクエストを忘れないようにしようと心に留めておく。お互いの近況を教えたところで、ふもとに戻り、温泉でゆっくりと疲れをとることにした。新エリアの魔界での探検をしているせいか、周りにはプレイヤーがおらず、貸し切り状態だ。
「ふう~、生き返るぜ」
「な~に、親父臭いこと言っているのよ」
「俺、元男だし」
「そうだったわね。だったら私の裸を見て欲情したり?」
「おう、あと5年後な」
「自分の方が大きいからって言ったわね~」
「おい、揉むんじゃねえ!」
「女の子らしいこと言うじゃない? 男の子なんでしょう?」
「こいつ~」
温泉でいちゃついた後、温泉街を回ったていく二人。その先には日本の温泉街をモチーフしているせいか、和服や日本刀を売っている店へと入っていく。見た目だけ変えるスキンアイテムの1種とはいえ、遠くにある日本を手軽に体験できるということもあって外国人プレイヤーが多く見受けられる。それはエリザベートも例外ではなく、袴に着替え始める。
「へえ~、新選組みたいな服もあるのか」
「新選組?」
「俺たちが生まれた日本っていう国の幕末、200年くらい前にあった警察みたいな組織のことだよ。内部抗争とかで今はもうないけどな」
「異世界の組織も古今東西、最後は自滅するのね。で、似合う?」
「ああ、似合っているよ」
「本心からそう思っている~?」
(じゃあ、どう答えればいいんだよ……)
とはいえ、別のプレイヤーに写真をせがまれた時にノリノリでポーズをとっているあたり、気に入った様子だ。それならば、その衣服代くらいは払ってやろうかと店員に話しかけて、衣装代を払うのであった。そして、ほくほく顔のエリザベートと一緒に城へと戻るのであった。
「う~ん、いい気分転換になったわ」
「それはなによりだ。また、どこかへ行こうぜ」
「楽しみにしておくわ」
エリザベートが満足したことにより、クエストクリアとなり、次のクエストが発生する。どうやら連続で発生するクエストのようだ。これは近いうちに、またデートに連れていかないといけないなと思いながら、ミクはログアウトするのであった。