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第82話 怠惰

 二人が階段を下りていき、蜘蛛の巣が張っているような薄汚い廊下を歩いていくと、通路の一番奥に他の扉とは違う豪華な装飾を施された扉を見つける。スロウス、ボスキャラがここにいますよと言わんばかりの扉だ。


「開ける前に戦う準備しないとね」


「俺、SPをステータスに振るよ。少し火力不足なの実感してきたし」


「どれくらい?」


「攻撃に200、知力に100……ついでに敏捷に50。残りは保留」


「物理特化じゃなくて両刀気味にふるんだ」


「ボール系の魔法もだけど、ブラッディウェポンは多様しているからなぁ……これでOK」


「いくよ!」


 二人がゆっくりと開けると、そこには部屋の隅に置かれた多数のごみ袋、机の上にはお菓子やジュースが散乱しており、ベッドの上には巨漢、いやブクブクと太った男ががーがーといびきをかいて寝ている。


「「うわ……」」


「んが。おでの部屋になにか用か」


「要はあるにはあるんだけど……」


「まずは片付けない?」


「めんどくさい」


「文字通り怠惰だな」


「おでに文句を言う奴はやっつけるど」


「相手になってやるぜ!」


「元からそのつもりだけどね」


 戦闘が始まると、ノシノシと歩いてくるスロウス。見た目通り鈍重すぎる動きに合わせる必要もないミクたちスロウスに攻撃を仕掛けると、思った以上にダメージが入る。ボス相手というよりも雑魚を相手にしているようだ。


「なんだコイツ、よわくねえ? 避けないし、柔らかいし」


「でも、HPは無駄に多いからカビ〇ンとかハ〇ナスみたいに低い防御を高いHPで補っているタイプなのかも」


 そういうタイプなら攻撃力は高いこともあると付け加えて、スロウスの正面に立たないように動き回りながら、スロウスのHPを削っていく。苦戦することなくHPの1/4を削ったところで、スロウスが吠える。


「めんどくせええ」



【スロウスが少し本気を出した】



 メッセージウィンドウが表記されると同時にノシノシからドンドンと走り始める。それでも動きは遅いままだが、与えられるダメージが少しばかり減る。


「これって、本気を出されたらマズイやつじゃあ……」


「うん。ワンパンが正解な奴。それができるプレイヤーがいるかは知らないけど!」


 焦りながらもさらにHPを削っていく。ぶんぶんと腕を振り回してくるも、素早いミクに当たる気配はない。さらにHPを削る。少々スピードが上がってもまだ遅く、動きも単純。まだ苦戦することもなく、HPの半分を削ったところでスロウスが大声で叫ぶ。



「めんどくせええええええええええええ!」



【スロウスがかなり本気を出した】



 ダッダッダッとさらに走る速度が上がり、油断をすれば距離を詰められ、その丸太のような太い腕に当たりそうだ。単純な攻撃しか繰り出さないとはいえ、攻撃速度もそれに伴って上がり、まともに打ち合うのは危険なくらいだ。


「距離をとって、シャドーボール」


「ホーリーショット」


「そんなの効かないど~」


「ダメージが結構減っている」


「飛べないとはいえ、走れば逃げ切れる速度だから時間をかければ行けるけど……」


 じわりじわりとしか減らなくなったスロウスのHP。スロウスの攻撃方法は殴ることしかないので、距離を詰められないように二人が部屋の中をぐるぐると回りながら、攻撃を続けていく。当てては逃げる単調な作業の繰り返し、いつになればHPが無くなるのかという焦りと不安、ボス戦を前提とした大部屋とはいえ閉鎖空間という縛り。ボス自体の強さよりも精神的にキツイものがある状況に二人は追い込まれていた。


「いつになったら削りきれるんだよ」


「でも、さっき書いていた【かなり本気】ってことは……」


「まだ上があるってことか!?これ以上、防御力上げられたら攻撃も効かねえぞ」


「でも、そういうときって部屋の中に何かしらギミックがあるとは思う」


 走りながら、部屋の中を見渡すも、ボスのHPを減らすような武器らしきものはない。あるのは散乱したごみや食べかけのスナック、汚い漫画本くらいだ。


「どこからどうみてもヒキニートの部屋だろ!こんなところにHP減らすギミックがあるわけがねえ!」


「巧妙に隠されている何かあるんだよ、きっと!ってなにか踏んだ!ぶにゅって」


「気にするな、きっとなにかのゼリーかなにかだ!」


「うわ~ん、もう死に戻りしてこのボス戦、なかったことにした~い」


「俺もめげそうだよ、臭いし」


「もういや~、さっさと終わりたい」


 精神的にまいりながらも、手を動かし、スロウスのHPを削っていく二人。なん十分もかけて残りHPが25%をきったところで、スロウスの身体が赤く変わっていく。



【スロウスが本気を出した】



「っておい、1桁しかダメージ与えられねえぞ!」


「スロウス戦はじまってもう30分くらいは経っているんだけど!あと何時間させるつもり!?」


「5、6時間はいくんじゃねえの? 現実時間換算で」


「それってゲーム時間だと半日以上!バカじゃないの、運営!責任者出しなさいよ!麗華ちゃんに言いつけるわよ」


 とんだとばっちりである。だが、俊足のミクですら徐々に追いつかれてしまうほどの足の速さで追いかけてくるスロウスの前にそう言いたくなるのも無理はない。このまま逃げてもどのみち追いつかれるならと、ミクは振り返り、死中に活を求めるため、スロウスに接近を仕掛ける。


「しねえ!」


 スロウスの大きく振りかざした右腕を躱すも、生じた衝撃波で体が吹き飛びそうになる。それをぐっとこらえると、続けざまに振りかざしてくる左腕がミクの顔面をとらえる。


「やべえ」


「プロテクション」


 カエデがバリアを張るも、数秒も持たずに破壊されてしまう。とはいえ、とっさにかがむくらいはできたので、ダメージは受けずに済んだ。そして、懐に飛び込んだミクがスロウスを切り付けて、後方に走り去る。


「後ろをとれば!」


 スロウスの攻撃は最強のフィジカルと最大の武器であるその剛腕を振りかざしてくることだ。それは逆に言えば、人体の構造上後方への攻撃手段を持たないことにつながる。無論、倒れこむという最終手段はあるかもしれないが、それは起き上がるという隙を見せる行動も生じる。どちらの行動をとったとしても、ミクたちにはプラスに働く要因だ。

 だが、スロウスはどちらでもない選択をする。両腕を伸ばすと、片足を軸にコマのようにぐるぐると回り始めたのだ。


「くらうど!」


「シャドーボール」


 ミクが黒い弾を投げるも、回転しながら突進を仕掛けてくるスロウスに弾かれてしまう。飛び道具が一切通用しなくなったスロウスからひとまず、逃げることを選択した二人。だが、その移動速度はかなり早い。


「こういう時はだいたい、回転の中心部、頭部を狙うのが定石のはず」


「わかった、俺が時間を稼ぐ。【加速】」


 スピードアップしたミクを追いかけて、スロウスをカエデから引き離していく。そして、長めの詠唱時間が終えると、彼女のシャイニングスパーク、頭上からの電撃がスロウスの頭部にめがけて落ちる。


「やったか!」


「おでに効かないど~」


「くそ、回転攻撃が止まっただけか!」


「これで終わらすど!」


 スロウスが右腕に力をためると、筋肉が肥大化し、さらに太くなる。ここにきてもまだパワーを上げるのかと思いながらも、注視しながら距離をとるとスロウスの姿が一瞬して消える。


「なんかマズイ。【霧化】」


 危険を察知したミクが自身を霧状態にすると、自身の後方でドオンという爆音が部屋中に鳴り響く。振り返ってみると、そこには右腕を壁に埋め込んだスロウスの姿があった。


「殺し損ねたど~」


「おいおい、もしかして、超スピードで突っ込んできたとか言わねえよな」


「たぶん、そう。でもよく見て。スロウスの身体、元に戻ってない?」


「そういえば赤色じゃなくなっているな。もしかして、攻撃のチャンスか!」


 ここぞという機会に二人はスロウスに攻撃を仕掛ける。確かにダメージは低いものの、先ほどまでの1桁ダメージとは異なり、【かなり本気】よりやや多めのダメージがスロウスに入る。だが、壁から腕を引き抜いた瞬間に、スロウスの身体が赤く染まり、ダメージもまた1桁に戻る。


「与えたダメージは10%入ったかどうか。あと2回をみっちゃんが耐えれば行ける」


「1回なら【自己再生】で耐えれるけど、残り1回は【霧化】のクールタイムが間に合わねえぞ」


「そこは頑張って」


「簡単に言うね!やるけどさ」


 スロウスが再びミクに殴りかかろうとするのを見て、素早く後方に回りぐるぐる攻撃を誘発させようとする。その目論見通り、スロウスがぐるぐると回ったのを見て、カエデが頭上への攻撃を仕掛ける。


「うっとうしいど~」


「おっと、カエデに指一本触れさせないぜ。【挑発】」


 スロウスの攻撃がカエデに行きそうになったのをミクにヘイトを集めさせ、自身に攻撃を加えさせる。マッハパンチで吹き飛んだミクだが、打ち合わせ通り【自己再生】で瞬時に復活し、反動で動けないスロウスに攻撃を加える。


「先よりも反動が小さい。残り7、8%ってところ」


「相打ち覚悟をするにしても、あと1回は必ず耐えろってわけか!」


 残り5%程度なら次のマッハパンチでミクが死んでも、カエデの攻撃で削りきれる可能性はまだあった。だが、カエデではマッハパンチどころかスロウスの通常攻撃を避け続けることはできない。つまり、スロウスのマッハパンチをこの回で攻略しないと勝機が見いだせないのだ。


「だったら、時間を長引かせるしかないけど……」


 ぐるぐる攻撃をさせないようにミクが走るも、相手の方が足は速く、ぐるぐる攻撃を誘発させないといけない状況に追い込まれていく。


「ちっ、一か八かやってみるか!」


 スロウスの攻撃を掻い潜り、背後に回ってぐるぐる攻撃を誘発させる。そのぐるぐる攻撃に向けてカエデが魔法で頭部に攻撃を仕掛ける。


「これで終わらすど」


「お前がな!ブラッディファング!」


 カエデが攻撃を当てた瞬間に、勇気をもって踏み込んだミクがスロウスの右腕に噛みつき、しがみつく。


「離すど~」


「離さねえよ!」


 ぶんぶんと腕を振り回したり、つかんで腕からミクを引き離そうとするも、ミクの牙がアンカーのように食い込んでいるため、離れない。そうこうしているうちに、身体強化の反動でスロウスの動きがぴたりと止まる。


「よし、今だ!」


 スロウスの腕から離れたミクが距離をとって、スロウスのHPを削っていく。残り2、3%のミリ残しでスロウスの防御能力が再び上昇する。だが、攻略方法を見つけた二人におびえはなく、己の技を磨いてこなかったスロウスに逆転の手はない。先と同様、腕に取り付かれたミクをどうこうすることができず、敗北するのであった。



「おでの負けだど。おでを煮るなり焼くなり自由にするど」


(これって多分、仲間にできる流れだよな。俺はできないけど、カエデはいるか?)


(う~ん、変にヘイトを集めるとタンクが困っちゃうけど、スロースターターとはいえ火力があるのは困らないかな。使いにくいなら、使わなければ良いだけのことだし)


「じゃあ、私の使い魔になってよ」


「良いど。でもめんどくさいから、あまり出すなど~」



 ミク、カエデは【SLOTH】(戦闘開始時、自身のステータスがダウンする+時間が経過するごとにステータスが上昇する。ON・OFF可能)を覚えた


 カエデは【悪魔召喚術式(怠惰)】を覚えた



「デメリットありきの強力なバフってところかな。後で検証しないとだけど」


「ああ、ダイチさんに手伝ってもらおうぜ。OFFのときとONのときでダメージ比較すればわかるだろ」


「そうだね。情報も共有しないと」


 スロウス戦を終えた二人はホームへと戻り、ダイチに連絡を取り合うのであった。

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