第7話 1日の終わり、新しい日々の始まり
紅葉がログアウトすると、目の前にはニコニコとしている三雲の姿があった。どうやら、プレイヤーキラーを倒したことで褒められるとでも思っているのだろう。まるで子犬みたいに尻尾をぶんぶんと回しているような錯覚を覚える。
「ギルメンから聞いたけど、プレイヤーキラーと戦ったんだって?」
「ああ!お前にも見せてやりたかったぜ、俺の勇姿!」
「……まあ、無事ならいいけど。そういうときはさっさと逃げればいいからね」
「わかってるよ。ところで、お前の【漆黒の翼】ってトップのギルドにいたんだな。少しくらい教えてくれてもいいじゃねえか」
「別に隠していたわけじゃないんだけどね。PKを知ったわけだし、私のいるギルドの問題についても教えておこうかな」
「聞かせてくれ」
「うん。【漆黒の翼】は元々SSR堕天使のコクエンさんがギルマスで運営していて、長く続けていくうちに他の中小ギルドと吸収合併して大きくなったギルドなの。一人で運営するのは無理だから、元々別ギルドのギルマスの龍堂さんがサブマスとしてサポート。そのおかげもあって【漆黒の翼】はトップの地位を維持したんだけど……」
「はは~ん、さてはそのリーダーとサブリーダーが仲たがいしたな」
「お察しの通りで。年末くらいかな、龍堂さんが急に暴力的になり始めてPKも容認すべきだと言い始めたの」
「急にねえ……なにがあったんだろうな」
「リアルで何か嫌なことでもあったんじゃない? ストレス発散で急に牙をむけるようになるってオンゲーだと珍しくもないし」
「そういうものか……それでPKの何が問題なんだ?」
「龍堂さんはSSRでも最強と呼ばれている竜人。しかもスキルマは当然として、廃課金者だからステアップの課金アイテムも買って主要なステータスはほぼMAX。タイマンで勝てる人は日本サーバーには誰もいない。そんな人がPKをやりはじめたらどうなると思う?」
「カツアゲされるなら誰もやりたがらない?」
「そう。だから、ギルマスも説得を試みたんだけど失敗。互いの進退をかけてタイマン勝負もしたけど、予想通りの結果に終わったわ。月末のレイド後にコクエンさんはキャラを削除する予定」
「マジかよ。【漆黒の翼】はどうなるんだ?」
「龍堂さんが引き継ぐ予定。私もだけど、ギルマス派の人たちは他の大手のギルドに入るか、ちょうどいいタイミングと思ってやめるかかな」
「お前はどっちなんだ?」
「もちろん、続けるよ。みっちゃんが女の子になったのも、最後の記念にって誘ったところもあるし」
「……もしかして、責任感じているのか?」
「……すこしはね」
「別に感じなくてもいいんだぞ。今日は久しぶりに思いっきりボールを投げれたからな」
「それもそうか。それにしても長い1日だったよね」
「まったくだ。案外、寝たら男に戻っているかもな」
「だったらいいね」
「じゃあ、俺はリビングのソファにでも……」
「何言っているの、一緒に寝よう」
「……いいのか。俺、男だぞ」
「今は女の子でしょう」
「そりゃあそうだけど」
「よし、問題なし!」
「ったく。起きたら男に戻っていても騒ぐなよ」
「騒がないよ。それじゃあ、おやすみ~」
部屋の電気を消して横になって眠る二人。時計が静かに時を刻んで、目を閉じて眠るも三雲はぱちりと目が覚めてしまう。その横には自分の気になる幼馴染の寝顔。その顔は昼間のようにくっきりと見える。
(トコトン夜行性だよな、この体。見た目も吸血鬼っぽいし)
自分の今にも折れそうな細く白い手を掲げる。日々のトレーニングで鍛えた肉体がこんな頼りない腕になったのを見て三雲はため息をつく。すると、紅葉が慰めるかのようにミクを抱きしめる。柔らかい感触に三雲はドギマギする。
(男のうちに告白でもしていたら付き合えていたか……そんなわけねーか、俺みたいな野球馬鹿よりこのままエリートコースに入ってどっかのエリートと家庭を築いた方が良いに決まっている。そのエリートコースに俺もなぜか乗っちまったわけだが。つーか、俺勉強大丈夫かねえ。肩壊してからは真面目に勉強してきたとはいえ、成績そんなに良くねえぞ)
これから先のことを考え始める。このまま男に戻れず、女の体のままなら、見ず知らずの男と結婚して子供を産んで……と過ごすのだろうかと不安に駆られる。
(さすがにそれだけは勘弁。ぜってー、俺は俺の体を取り戻す!)
天に掲げた手を握りしめ、女になった真相解明と男に戻る決意をするのであった。
紅葉の飼い犬がわんわんと吠え、窓から差し込む朝日でじりじりと焼かれるのを感じながら三雲は起きる。この感覚だけで自分が男に戻れていないと思えるほどにはこの体に慣れたようだ。ゆっくりと瞼を開けると、そこには紅葉が着替えており、素肌をあらわにしていた。
「みっちゃん、おはよう」
「おはようじゃねえ!はやく着替えろよ」
「もしかして照れてる?駄目だよ、女の子の裸なんてこれから何度も見るんだから、慣れないと~」
「うっ……」
「それよりも、ブラのつけ方とかメイクの仕方とか色々と教えないといけないことてんこ盛りなんだから早く立つ」
「はあ……」
朝から紅葉の女の子講座を受ける羽目になった三雲は慣れない手つきで着替えやメイクの練習を済ませるのであった。そんなこんなでゲーム世界へとログインできたのは昼過ぎとなってしまった。今日はフォーゼ城下町とその付近でレベル50までレベリングする予定だ。
「フォーゼ城下町まで行けたら、このゲームのチュートリアルは終わったも同然」
「今までチュートリアルだったのかよ。そのフォーゼには何があるんだ?」
「カジノに、稀にだけどSSRのアイテムも取引される闇オークション、プレイヤー同士の対戦ができる地下闘技場、ご飯もおいしい。地形的には吸血鬼や闇属性の装備が狙える吸血魔城(推奨レベル60~70)、【潜水】スキルや水属性装備が狙える港町ファイズ(推奨レベル70~80)、火属性の装備が狙えるゼクロス火山(推奨レベル80~90)が近くにあるから中級者や上級者も多いよ」
「へえ~、交通の便や施設も多いから拠点にしやすいってところか」
「それに、このあたりの敵は……」
「おうおう、身ぐるみをおいて――」
二人の前に盗賊系の敵がぞろぞろとどこからともなく湧いてくる。だが、彼らは全員、ミクをみるやいなや目をハートにして、その場から動こうとしない。
「なんだこいつら?」
「このあたりの敵のレベルは40~50だけど、見ての通り状態異常の耐性がとても低いから、魅了や麻痺攻撃持ちが居れば狩りやすい!」
「なるほどな。だったら行くぜ!」
「シャイニングシャワー!」
光の雨が盗賊全員に降り注ぐと一発で雑魚は葬られ、高レベルのお頭だけが生き残るも息は絶え絶え。そんな彼にめがけて投げた一球はその命を刈り取るのであった。
「お前がバンバン魔法を撃てば俺の出番はないな、これ」
「このあたりの相手だとまだ火力高いかな。次はみっちゃん一人で戦って」
「あの人数を一人でか!?」
「うん。1対複数も想定しないとね。バンバン戦ってレベル上げしよう!」
「ひえ~」
「野郎ども奴を――」
「隙あり、ダークスラッシュ!」
魅了になった盗賊の雑魚をやけくそ気味に放った闇の刃で吹き飛ばす。そして、魅了が解けた者から順にブラッディネイルや吸血で地道にその数を減らしていく。
「囲め、囲め!」
「ちっ、数が多い!範囲攻撃ってのはこんなに重要なのか!」
今まで単体攻撃しか習得してこなかった自分に腹立たしく思いながらも、今は必死に盗賊の放つ刃を躱しながら、爪や剣で彼らを切り付ける。だが、前後左右に囲まれたこの状況では機動力を生かすのも難しい。ならば、盗賊の一人に向かってミクは駆け出していく。
「俺に向かうとはいい度胸じゃねえか!俺の剣のサビにしてやるぜ、ヒャッハー!」
「てめえを相手にする余裕はねえよ」
盗賊が大きく剣を振るったとき、ミクはスライディングをして盗賊が大きく開いた股を潜り抜ける。そして、素早く立ち上がったミクは盗賊に球を投げつけ始める。
へとへとになりながらも、フォーゼ城下町にたどり着く頃にはミクのレベルは45、カエデのレベルは43にアップするのであった。
固有スキル【魅惑の魔眼】(視界に入った相手を魅了状態にすることができる)を覚えました
【見切りLv3】にアップしました
「ようやく到着~」
「吸血鬼レベル90で覚える魔眼を覚えてラッキーだったね」
「レベル半分で習得してよかったのか」
「良いんじゃない? 職業スキルない分だと思えば」
門番に冒険者カードを見せると城門が開かれ、白い城壁の中へと入ることができる。そこには今までの街よりも多くの人々が行き交い、市場も活気あふれている。少なくとも、カジノや闇オークションが開かれているとは思えないほどだ。
「これからどうするんだ?」
「まずは吸血魔城の近くの森でレベル60くらいまでパワーレベリング。そのあとはMMOの醍醐味、知らない人とのパーティ戦闘だよ!」