第70話 怨念を払え
エルフの村に着いたミクたちはさっそく長老エルフに事のあらましを伝え、王子様の婚約者について知っていることは無いかと尋ねた。
「ソーラク、懐かしい名じゃな」
「知っているのか、長老さん」
「知っているも何も、かの地を封印したのは儂じゃよ」
長老がその当時のことを語っていく。長老が若かりしとき、排他的なエルフが多い中で彼は人との共生を考えていた甘ちゃんであった。そのため、近くにあるソーラクの人々とはそこそこ交流しており、もの珍しいエルフとして有名ではあった。
だが、ある日、ミダス王が過去に悪魔を召喚し、怪しげな実験を行っていたという怪しげな話を聞き付けた彼は請け負っていた厄介な仕事を終えた後、真実を知るべくソーラクに向かったが、時すでに遅し。黄金に変わっていく城を目の当たりにする。
「やむを得ん。この地を地下深くに封印する」
このままではエルフの森すらも黄金に飲み込まれてしまうと考えた彼は、城周辺を一つの世界とみなす暗示をかけることで黄金化の侵攻を一時的に食い止め、稼いだ時間でエルフ総がかりによる封印を行うのであった。それがたった1つの都市で1つの世界とみなされる黄金世界ソーラク誕生のはじまりであった。そして、人々の欲望が招いたこの事件をきっかけに彼は人々との交流を断ち切り、エルフたちはより排他的になるのであった。
『もしかしてだけど、あのゾンビで元一般ピーポー?』
『俺、すげー殺しまくったんだけど……』
『殺しづらくなるやん』
「で、封印した後はどうなったんだ?」
「人間不信になったとはいえ、情報だけは手に入れていたわい。儂たちが封印した後、ソーラクと協力関係があり、魔法技術が抜き出ていたストー王国が悪魔を召喚する儀式を提供したのではないかと疑われ、複数の国から攻められたことで滅ぼされてしまったのじゃ」
「災難だな、そのストーっていう国」
「お主らの求めているリチュエル王子の婚約者というのも、ストー王国のお姫様だったのじゃよ」
「じゃあ、名前は?」
「名前は確か……マ、マリ……すまん、のどまで来ておるんじゃがいかんせん、昔すぎて思い出せん」
「じゃあ、そのストー王国ってのはどこにあったんだ?」
「それはじゃな。この砂漠の……このあたりじゃな」
『何もないところだな』
『変わった敵もいないし、目印になるものもないぞ』
視聴者たちが言うには本当にただの砂漠地帯らしく、大神殿からも離れていその場所へとわざわざ向かうことはないらしい。
「砂漠には強力なモンスターもいるし、ここはダイチさんたちに……」
「ミクミク、レッツゴー!」
「行くニャー!」
「お、おい。他の奴も呼ばなくても良いのかよ」
『こちらからすれば、全滅してくれ方がメシウマ』
『俺たちはメシウマしたいんだ』
「てめえら、どうせギルド対抗戦でやられた奴だろ」
『ギクッ』
『イヤ、ソンナコトナイデスヨ』
『やられるところみたいなんてこれっぽちも』
『アリマース』
「あるのかよ!」
視聴者たちにツッコミを入れながら、ミクたちは砂漠を横断していく。タンクは機械兵任せの強行突破で進んでいき、あっという間に目的地へとたどり着く。あたりを見渡しても、そこにある砂丘しかなく、かつて国があったとは思えないほど静まり返っている。
「何もないな」
「ミクミク、なにかいい案ある?」
「俺に言われてもなぁ……こういうのは視聴者の方が詳しいだろ」
『俺たちに振るんかい』
『良いけど。こういうのって他にもフラグを立てる必要があって、先の会話がフラグ1、別イベントでフラグ2が必要になるんじゃないかな』
『大神殿で聞き込みするのはありそうだな』
『あとは時間限定イベントとかな』
「夜に来たらストーの怨念がおんねん的な」
『ここは氷河期か』
『いつから雪山エリアに来たんだ?』
『唐突なオヤジギャグはやめろ』
「……そこまで言わなくてもいいじゃねえか」
「まあまあ、夜まであと少しだし、もう少し待とうよ。何もなかったらお開きでいいからさあ」
「時間も時間だしな。良いぜ。猫にゃんもそれでいいか?」
「うん。大丈夫だにゃん」
というわけで、襲ってくる雑魚だけを狩りながら、待つこと数十分。日が暮れて夜のとばりが降りると、うす紫色の人魂が無数現れて、一人の少女を紡ぎ出す。件のお姫様かどうかは分からないが、大きな手掛かりになるのは間違いない。そう思って、ミクが彼女に近づいていく。
「憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い……国を滅ぼしたすべてが憎い」
「えっ~と、俺たちに話を聞かせてくれないかな。話したらすっきりするって言うだろ」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
うつむいていた彼女の顔が上がり、左目から赤いレーザーが放たれ、ミクたちの後方にあった砂丘を吹き飛ばす。
「こうなったら、戦って落ち着かせるぞ」
「OK、すらりんゴー!」
ゆっちーが呼び出した大きく成長したスライムが勢いよく少女にぶつかるも、与えられるダメージは0。防御が高いのかと思って、ミクが弱点属性だと思われる閃光の剣を投げつけるもこれまた0。だったら、先のイベントで大活躍した機械兵ならばと召喚するも、これまた0。
「ダメージが与えられねえぞ」
『おかしい。基本的に攻撃力が低くても、1ダメは与えられるはず』
『なんかイベントクリアしないといけない系?』
『弱点しか効かないタイプ?』
「しねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしね」
地面からスカルドラゴンを呼び出し、骨だけで出来た翼をはばたかせて空を飛び、空中にいるミクに巨大な手で掴み取ろうとする。それをかわした時、手首を切り離して別方向から飛んできた逆の手がミクをつかむ。
「まずっ!?」
「大丈夫だにゃん」
それを猫にゃんからの砲撃でひるませたことで、できた隙間から逃げ出すことに成功したミクが、お返しとばかりにシャドーボールを投げてもダメージは0だ。
「闇も無理なら、【魔力付与(火)】【魔力付与(水)】【魔力付与(木)】あと魔力付与なしもおまけだ!」
ミクから投げられた4つの鉄球が少女にクリーンヒットするも、やはりダメージは0。すべての属性に耐性があり、物理も魔法も効かないとなれば、ミクたちに打つ手はなかった。
「一度、撤収だ!」
少女から離れたことで、戦闘は強制終了し、イベント前と同じ静かな砂漠へと戻っていくのであった。
エルフの村まで撤退したミクたちは再び村長と砂漠での出来事について話していく。
「う~む、生前の心優しい彼女を知る身としては考えられんが、いや、国を滅ぼされたとなれば裏返るのもやむ無しかもしれん」
「そこまで覚えているのになんで名前忘れているんだよ……」
『それな』
『ゲーム的御都合乙』
「ねえ、おじいさん。どうすればあの女の子を止められるか教えて―」
「攻撃を拒絶するほどの憎しみ……彼女の心身を癒し、取り除くことができれば、あるいは……」
「心身を癒す……つまり、猫だにゃん。猫と和解するにゃん」
「歌とかダンスとかじゃない?」
「ヒールとか使えってことじゃねえのか。アンデッド系に回復呪文を使ったらダメージ与えられるとかあるって聞いたことはある」
『ミクちゃん案が1番まともだな』
『さすがに猫はねえだろwww』
『敵の前で踊り始めるとか遊び人かよ』
「全部試すニャー!」
「ニャー!」
「どれが良いか分かんねえし、しゃあねえか。アニマルセラピーはゆっちー、癒せそうなモンスターを召喚してくれ」
「にゃー」
「歌とダンスはSPICAを呼んでみるか。AYAKAもいればヒールも試せるし」
チャットで選出メンバーを呼び出して再度、夜の砂漠に足を踏み入れる。再び姿を現す少女に対し、ゆっちーはスライムやほたるん、可愛らしい猫型のモンスターを召喚していくが、少女はそんなのに見向きもせず、スカルドラゴンに八つ裂きにされてしまう。
「ひどい!」
「次、SPICA&AYAKA!」
「OK、任せて♡ さあ、行くよ!」
SPICAの元気が出るような歌が戦場に響き、AYAKAのヒールは味方ではなく少女を対象にして発動していく。すると、少女の身体から黒紫色のオーラがにじみ出て、苦しむようなうめき声をあげていく。
「効いている!」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ」
少女の言葉に呼応するかのようにスカルドラゴンへのヘイトがヒーラーであるAYAKAに向けられる。
「お前の相手は俺だ!【挑発】」
無防備な彼女たちにスカルドラゴンが襲い掛からないように、ミクがヘイトを集めその攻撃を届かせないようにする。こうなれば、ゆっちーと猫にゃんのやることはおのずと決まる。
「とりっぴー、航空支援よろ」
小鳥から大きな鷲に成長したとりっぴーを召喚し、スカルドラゴンへ攻撃を加えていく。それと同時に猫にゃんはSPICAたちの前に城壁を展開し、スカルドラゴンが仮に急接近しても逃げる時間を稼げるようにする。
「なんで、罪もないのに滅ぼされなちゃならないのよ」
「喋った!?」
SPICAの歌が3曲目に差し掛かるころ、単語だけの言葉から文への会話パターンの変更。そして理性が戻った影響か、スカルドラゴンは腐敗を漂わせるドラゴンゾンビへと進化し、毒のブレスを吐き始める。
「さすがにブレスは躱し切れない!」
「とりっぴー、サイクロン」
広範囲に待ち散らされる毒のブレスをとりっぴーが大きく羽をはばたかせて作った竜巻で吹き飛ばし、無害化することに成功する。
「やるじゃん、ゆっちー」
「へへん、あたしも成長しているし―」
喜びもつかの間。多少の理性も取り戻したドラゴンゾンビが毒のブレスを一点集中させ、毒のビームで薙ぎ払っていく。
「怪獣映画かよ!」
もはや攻撃する余裕はない。回避に専念していくと、ヒールヘイトでAYAKAにタゲが移りそうになるのを再び【挑発】で防ぐ。だが、再度回避に専念すれば、すぐさまAYAKAにタゲが移り、今度は【挑発】はない。
「タゲを奪うスキル増やしておくべきだったか。泣き言は言えねえけど」
「こっちに任せるにゃん。魅惑のダンス」
城壁から飛び出た猫にゃんが戦場に赴き、ドラゴンゾンビの前で踊って魅了をかける。スカルドラゴンのときは理性はなかったことで魅了は通じないが、ゾンビ化したことでわずかではあるが、魅了できる可能性がある。一か八かの大勝負。成功すれば、魅了が解けるまで大きく時間を稼ぐことができる。
そして、ドラゴンゾンビは猫にゃんの動きに合わせるかのように頭を振り始める。どうやら魅了成功のようだ。
「何やっているのよ、あいつううううううう!!」
そのふがいない様子に少女もおかんむりのようだ。そして、なにやら呪文を唱え始めると、腐りかけていた肉が元の銀色のうろこの生えた新鮮な部位に変わっていき、シルバードラゴンへと変わっていく。
「シャドーボールがはじかれる!?」
「とりっぴーの攻撃も全然効いてないしー」
「もう無駄よ。いい加減、私の前にひれ伏しなさい!」
「ひれ伏したら攻撃を止めてくれるのか?」
「そ、それはそうだけども……私は最後の女王なので。降伏するのであればきちんと捕虜として扱います」
「だったら、攻撃中止!俺たちはあんたのことを知りたくて来たんだ!」
「わ、私ですか?」
少女が戸惑っている中、ゆっちーたちは攻撃の手を止める。そして、それに呼応するかのようにシルバードラゴンも攻撃を止め、主である少女の命を待つ。
「そうだ。かつて、この国のお姫様と婚約していたリチュエル王子は呪いが一部解けて話せるようになった。だが、記憶の欠落があるため、婚約者のことを教えて記憶を取り戻したい」
「わかりました。シル、この者たちは敵ではありません。わかりました。このマリアベル・フランソワ・イーストウッド・ストーが直接赴きます。彼の場所までご案内してください」
「えっ~と、マリア姫で良いかな」
「もう私は姫ではありません。それに私と親しい人はマリーと呼んでいますわ」
「じゃあ、マリーさん。よろしくな」
「はい。道すがら、彼のこともしえてくださいね」
マリーと一緒に黄金世界の金ぴか城に行き、リチュエル王子の前まで連れていく。感動の再開のはずだが、マリーは出会うや否やドロップキックをかます!
「事情は聴きました。こっちは何百年も敵のこと忘れていないのに、そっちは忘れたってどういう了見だ、このスカポンタン!」
「「「こわっ!?」」」
「待ってくれ、君の名は……」
「マリアベル・フランソワ・イーストウッド・ストー!長い名前だなと笑われたことは忘れてねえぞ、こりゃあ!」
「思い出した。マリー。愛しのマリー」
「思い出したか、この青もやし!」
「で、でも、マリーはもっとおしとやかな感じで……」
「こっちは父様が戦死、母も後追いしたから、女一人で国を運営しながら何十年も戦っていたんじゃあ!姿かたちは十代の頃だが、精神はもっと年上だぞ!敬わんかい!」
「ひええ!」
今までのうっ憤を晴らすかのように王子の彫像を蹴り続け、すっきりしたのかマリーの姿は少しずつ消えていく。
「そうじゃ。お主らにこれを渡そう」
「指輪?」
「これをはめて祈ると、シルが駆け付けてくれる。と言っても、召喚に長けた者でなければ言うことは聞かんじゃろ」
「ってことは、あたし専用。シルちゃん、GETだぜ」
「馬鹿者。力を貸してくれるだけだ。他にドラゴンを使役しているのであれば、契約を解除しないとそっぽを向くぞ」
「はーい」
「気の抜けた返事をしおって。私が生きていればブートキャンプ行きだぞ。わかっているのか……まあいい、1発やり返せたのだから、冥土への良い土産話になる」
「1発ねえ……」
1発どころじゃなかった気もするが、マリーの気分が晴れたのであれば、それでいいのだろうと思ってミクは消えゆく彼女を見送り、クエストと配信は無事に終わるのであった。




