第50話 逃走の果てに
林間学校も終わり、6月の梅雨のシーズン。長雨続きでこの時期を嫌う人も多いが、太陽の光が苦手になっている三雲にとっては過ごしやすいシーズンでもあった。といっても、軽い筋トレをした後はゲームをする程度だが。
三雲は珍しく一人でWCOにログインする。7月のギルド対抗戦を来月に控えていることもあり、6月ではドロップ率アップキャンペーンや課金アイテムパック等が発売するなど、自分のキャラクターを強化するイベントが開催されていた。
そういうこともあって、メインキャラの強化をしたい紅葉はハクエンたちと一緒にダンジョン周回をしたり、猫にゃんなどのギルド内でレベルが低いメンバーのパワーレベリングを手伝っている。残る麗華はリアルが忙しいらしいため、課金アイテムだけ買ってしばらくログインしないとのことだ。
「さてと、姉御に強化してもらった剣のお披露目ついでに金稼ぎのクエスト受けたいけど……」
冒険者ギルドに貼られているクエストの内容を見ていく。ソロで周回できるような簡単なクエストはすでにクリア済みであり、2度目以降は報酬が減ってしまう。ならば、他ギルドのプレイヤーと手を組んで未クリアのクエストをこなすという選択肢もあるが、こちらの手の内を読まれたくないミクにとってはそれはしたくないところだ。
「となれば、未発見のクエスト探しも兼ねて隷属し損ねているモンスター探しだな。手数は多い方がいいし」
大森林へと向かい、ここに生息するモンスターを探していく。すると、ミクが発した音につられたのかカブトムシやクワガタなどの昆虫モチーフのモンスターがうじゃうじゃとわいてくる。
「来たな!【魔力付与(火)】」
火属性を付与した剣で昆虫たちを切り裂いていく。これまで多くのボスたちを最前線で戦い続けてきたミクにとって、数が多くとも昆虫たちの突進や糸を吐く攻撃といった単調な攻撃など目をつぶってでも避けれるものであった。なんなく昆虫たちを倒して、巨大クワガタだけを残す。
「ブラッディファング!」
クワガタにかみつき、その体液を吸っていく。その体液は白ブドウや青リンゴのような甘酸っぱいフルーティーな味わいだ。
「これでどうだ」
だが、隷属化は確率。1匹倒したところでは仲間にはならず、次の獲物を求めて大森林の奥へと進んでいく。周りのプレイヤーがいなくなっていく中で、ようやく【隷属:オオクワガタ】を手に入れる。
「ふう、思ったより時間がかかったな。あと、このあたりで欲しいのはゴブリンキングだから、人里近くに戻って……」
「ぐへへへ、待ちな!」
「赤文字。プレイヤーキラーか」
「だったらどうする?」
ミクを取り囲むかのように5,6人。しかも、レベルは100オーバーのプレイヤー。レベルがそのまま強さとは限らないが、格下が吸血姫で有名な自分に襲い掛かるようなマネはしないだろう。さらに、今は昼間。【吸血鬼】の本来の実力は出せない。
「逃げるが勝ちってな。【加速】」
「おっと、ここは通行止めだ。アイスウォール」
「邪魔だ。火炎トカゲ、火炎放射だ!」
火炎トカゲが吐いた炎で氷の壁を溶かし、【加速】した勢いを利用し、プレイヤーの頭上を空高く跳ぶ。
「くそ、追え!」
「しつこいな!ログアウトしようにも数秒間は静止しないといけないし、ダメージは受ける。安全なところを見つけねえと」
森のさらに奥へと進んでいく。土地勘のないミクに対して、通いなれているのか無駄のない動きで徐々に距離を詰めていくプレイヤーキラーたち。
(空を飛んでも、その空にアイツらの仲間がいないとは限らねえ。このままだと追いつかれる。さあ、どうする?)
後ろからは弱点である氷や光の玉がとんでくるため、そこら中に生えている木を盾にしながら走っていく。ひと際大きい大木の影に隠れたミクが後ろを確認する。
(1、2、3……追手が少ない。まずい!)
ここにとどまるのは危険だとさらに走っていく。先ほどから撃っている弾幕がやけに命中しないと思ったら、それは追手が分散していることを悟らせず、回り込むためのフェイク。
「あまりにも慣れてやがる。【漆黒の翼】の連中かはわからないけど、このまま奴らの思惑通りに乗せられたら……」
「いたぞ、こっちだ!」
「ちっ、気づくのが遅かったか!」
「もう逃げ場はねえぞ!」
「なら、ウラガル!後ろは任せた!」
まだ前方から来ているプレイヤーキラーの方が数は少ない。しかも、回り込めるほど足の速いプレイヤーは得てして低耐久になりがちだ。火力の低いミクでも勝機の目は出る。
「ダイダルウェーブ!」
「森の中で津波!? 【飛行】」
「上に逃げたぞ!」
「準備できているぜ、【対空射撃】付きのフルバーストだ」
「なんて数の弾幕だ。【霧化】」
霧状になってプレイヤーキラーの猛攻をしのいでいく。自身の身体を元に戻した瞬間、プレイヤーキラーからの遠距離攻撃がミクに突き刺さる。しかもご丁寧に弱点属性の攻撃だ。
「着地狩りか、【自己再生】。こうなったら【灼熱の血】のデメリットなんて関係ねえ!」
「ちっ、まだ逃げるつもりか」
【灼熱の血】を使い追手のプレイヤーから逃げていく。【加速】や【超加速】を使ってこないのは回り込むために使ったからだろう。とはいえ、CTが切れれば間違いなく使ってくる。
「このままじゃあ……うわ!?」
追手に気を取られたミクが足を滑らし、がけ下へと転落していく。それを見た追手が飛び降りるような真似はせずに遠回りして追いかけようとする。
「しつこい。いい加減、あきらめろよ」
ミクは少しばかり得られた時間を利用してさらに奥へと進んでいく。すると、前が開けてきて、そこにとびこんできたのは底が見えぬほどの深い谷。引き返そうと思った時、プレイヤーキラーにぐるりと囲まれてしまう。
「もう逃がさねえぜ」
「あの悪魔はぶっ倒したからな」
「さあ、お前の持っているスキルと魔法を教えな。高く売れるからな。あとアイテム全部よこしな」
「強欲にもほどあるだろ。そんな奴らに教える義理はねえよ」
「だったら、痛めつけてやる。【手加減】。これで俺の攻撃はレベルの低いお前を殴っても、HPを必ず1残す」
「【手加減】。いくら痛覚が軽減するゲームの世界といっても、何発も殴られたら痛いだろうよ」
「【手加減】。痛い目にあいたくなかったら、大人しくしな」
「だったら、こうするまでだ」
ミクは谷底に向かって飛び降りる。まさかの行動にプレイヤーキラーが慌てふためきながら谷底を覗き込む様子をみて、ミクは勝ち誇った様子で中指を突き立てる。
「ちっ、死に戻りして街に戻るつもりだな。俺達も一度ログアウトして街に戻るぞ」
プレイヤーキラーたちが先回りしようとその場から消え去っていく。だが、落ちていくミクにその様子はわからないため、ひとまず生存しようとする。
「ブラッディボディ!」
液状になったミクが勢いのまま地面に激突して飛散するも、それらの液がむくむくと集まりだして元の姿に戻っていく。見上げても、日が届かないほどの暗い谷底。ミクからすれば追手が来ているかもわからない状況だ。飛行が使えるか確認するが、スキル欄は灰色。使用不可状態だ。
「プレイヤーキラーがあきらめているかわからない上に、【飛行】能力無効化エリアか。飛んでの脱出は無理なら歩き回るしかねえな。思ったより広いし、来たこともない場所なら、受注していないクエストの1つや2つ見つかるか」
脱出ルートを探しつつ谷底をしばらく歩いていると、ドスンドスンと地響きが聞こえる。何事かと思いながら、岩陰に隠れて辺りをうかがうと、全身に怪しく光る紋様が描かれたゴーレムが歩き回っていた。
「見たことがない奴だな。レアモンスターの類か?」
スキルや魔法のクールタイムは完了していることを確認し、【幻影の血】による分身を飛ばす。それに反応したゴーレムが分身に向かってロケットパンチを放つ。
「よし、右腕を失っている今なら!【加速】」
分身に気を取られているゴーレムに向かって一気に距離を詰め、ゴーレムの右側から剣で叩き切る。この勢いを落とすわけにはいかないと、さらに追撃を加えていく。
「人食い植物、戻ってくるロケットパンチを鹵獲しろ」
ツタでゴーレムの右腕を奪っている間にさらに攻撃を加えていく。無事な左腕で殴り掛かろうにも、その攻撃は体をひねっての大ぶりなものとなり、多少狭い谷底でも避けるのは容易だ。そして、避けては当ててを繰り返し、HPを少しずつ削っていく。
「ダークスラッシュ!」
幾度目かの攻撃でようやくゴーレムが倒れこむと、近くの岩がゴゴゴとスライドして隠された横穴が現れる。中は真っ暗で明かりが欲しくなるほどだ。
「こんなところに抜け道があるのか。中に入ってみよう」
アイテム欄からたいまつを手にし、洞窟の中を歩いていく。ぴちゃりぴちゃりと天井から水が滴る音が聞こえるものの、敵モンスターはなぜか出ずに穴の中を下っていく。周りを見渡しても宝箱があるわけでもなく、分かれ道があるわけでもない一本道をひたすら歩いていく。
「しかし、長いなぁ……この先に何があるっていうんだ?」
そろそろ何かしらあってほしいと思った矢先、目の前に何か光っているものが見える。もしや、出口かと思ったミクは走って、その光を目指していく。だんだんと強くなっていく金色の光。
「よし、出口だ!って、なんだこれは!?」
長いトンネルを抜けた先にはうす暗い廃墟。その中心部には似つかわしくない黄金の城がそびえたっている。見たこともない都市に唖然としたミクが我に返り、メニュー画面を開いていく。
「メニュー画面から、ここの場所がわかるはず」
メニュー画面に描かれている地形の名は【黄金世界ソーラク】。ネット上でも情報がない未踏破のエリアだ。