第38話 幽霊を求めて part2
GW4日目の早朝。オカルト同好会の部室に集まった三雲たちは麗華からSORAについての資料を渡されていく。顔写真や重要そうなところを色を変えるなど、見やすく作られているそれらは彼女の生真面目さを伺えるものだ。
「30年前の震災で被災した中で死者・行方不明者をリストアップ。その中でも10代の女性だけを絞りこみましたわ」
「結構人がいるな」
「それだけ多くの人が亡くなったなんだね……」
「感傷に浸るのもいいですが、今はSORA様の話が優先ですわ。SORA様のキャラがリアルベースで作られていると仮定して、百名余りの被災者の写真と照合。一致率が高いのがこの青山空様ですわ」
次のページをめくると、そこに映し出されているのはSORAに似た女子高生だ。住んでいた場所が震源地に近く、当時一人暮らしをしていた大学生の兄を除き。一家全員が家屋の下敷きとなって死亡となっている。そして、趣味は紅葉たちと同じくゲームであり、みゅ~と同じくゲーム実況の動画を上げていたようだ。
「そして、これが空様が上げていた最後の動画ですわ。当時のサイトは消されていましたが、遺族や友人の方と接触し、保存してあった動画を複製させていただきました。とはいっても、動画自体が古いので画質はあまりよくありませんが」
『僕が先にし仕掛けるから、MINEたちは援護お願い』
麗華が持ってきたパソコンに映し出されたのは、今と比べるとカクついたグラフィックで遊んでいるか発そうな女の子の姿。手には銃を持っており、障害物や建物を利用して相手チームを倒すVRゲームのようだ。和気あいあいと友達と思われる友人と楽しんでいるこの子が1週間後には死ぬとはこのとき誰も思わないだろう。
「空様の他の動画を拝見させていただきましたが、ガンアクション? とかいうゲームを好んで遊んでいたそうですわ」
「確かにSORAも僕呼びで銃を使っていたけど、それだけで空=SORAってのは決め手に欠けるだろ」
「共通点が複数あればそれは偶然ではなく必然。本来ならばSORAのアカウントデータを拝見できればよかったのですが、ワタクシに顧客情報を調べる権利はないので、あとは本人に聞くしかないですわよ」
「今はイベント中だから、それが終わってからか」
「ダイチさんから聞いたけど、大勢は決まったみたい。暫定ダメージ総合ランキング上から順に【漆黒の翼】30%、【ENJOY!】22%、【星の守護者・修羅・リベルテ連合】15%、【厄災PANDORA】12%、そのほか17%。ボスの残りHPが4%。【ENJOY!】が少し盛り返したけど、私たちが抜けた分を【神撃の虎人】の吸収合併で補った【漆黒の翼】が抜けたって感じ。無かったら【ENJOY!】と逆転していたんじゃないかな」
「それなら【厄災PANDORA】が一撃で4%を狩り取らない限りは俺たちの3位入賞も決まっているってわけか」
「そうだね。この調子なら昼までにはレイドイベント終わりそう」
「では、イベントが終わり次第、SORA様に話を聞きましょう」
三雲たちがゲームにログインして、一刻も早くイベントを終わらせようと攻撃をし続けていくと、現実時間で1時間後には闇黄龍のHPを0にするのであった。
「ンンンンン、拙僧の切り札を破られてしまうとは。これが冒険者の底力……星の巡り合わせが悪かったとはいえ、これは魔王様に報告するしかありませんな。それでは皆様方、次相まみえるとは我が禁断の秘術にてお相手いたしましょうぞ」
蘆屋道満が負け台詞を吐いて、その場からドロンと消え去る。それと同時に報酬と8月の大型アップデート情報、それに伴う新ステージ【ノイマン大秘境】解放のお知らせが全プレイヤーに届く。
「レベルキャップ解放はまだ無し。新属性の追加による種族・スキル・魔法の見直しに、装備できるアクセサリー数の増加か。吸血姫関連のスキル強化くるかな。ダイチさんはどう思う?」
「吸血姫のことは分からんが、吸血鬼が暴れたのは1年以上前の話だ。今なら強化来てもおかしくはないとは思うが……」
「なんだよ?」
「以前、リーク情報があってな。真偽は分からないが、今回の上方修正はR以下の種族が多いらしい。強化されるスキルも耐久系のものとか」
「マジかよ……せっかく強化されるチャンスだってのに」
「それでもアクセサリー数が増えるのは良いんじゃないか」
「他のプレイヤーも増えるから差は変わらないんだよなぁ」
「そこは平等にしないとな。どうだい、これから打ち上げするつもりなんだが、君たちも参加するかい?」
「あー、俺たち予定あるから」
「我も用事があるのでな」
「ダクロもか。ここ最近、付き合い悪いぞ」
「すまん、リアルが忙しくてな」
ダクロをはじめ何人かのプレイヤーたちがログアウトした後、ミクはSORAと連絡を取り始める。
『どうしたの?』
「ちょっと話があるんだけど、時間あるか?」
『何の話?』
「幽霊発言について聞きたいことがあるんだ」
『良いよ。フォーゼの広場近くのイタリアンレストラン前で待ち合わせね』
メイン垢から切り替えたカエデがログインするのを待ってから、オカルト同好会全員でSORAと待ち合わせ場所へと向かう。ミク一人で来ると思っていたらしくきょとんとした顔をしたSORAであったが、すぐさま元気そうな顔へと変わり、レストランの中へと入る。今はギルドホームで打ち上げをしていたり、現実でも昼食時のせいか、レストラン内には人が少なく秘密話をするのにはもってこいだ。
「僕のことで話って何?」
「ワタクシから話をさせていただきますわ。ゲーム中で現実の話をするのは不快かもしれませんが、ご了承を」
「別に気にしてないから大丈夫だって。それで?」
「貴女は30年前の震災で亡くなった青山空だったのでは?」
「うわ、懐かしい。僕のことをその名で呼ぶの何年振り?」
「知りませんわよ」
「あっさりと認めるんだね」
「別に隠すほどのものじゃないし。【厄災PANDORA】の人たちに感づかれているし。あっ、でも【ENJOY!】の皆には黙っておいてね。心配されると困るから」
「言いふらしはしませんわよ」
「良かった」
「私たちはオカルト同好会所属なんですが、文化祭でSORAさんの実体験を発表してもよろしいでしょうか」
「個人情報バレしない程度にぼかしてくれるなら良いよ。僕の体験談って言ってもつまらないかもしれないけど」
SORAが震災の日に何があったのか話していく。
空は春休みということもあってその日も早朝からゲームにのめりこんでいた。世界中のプレイヤーと仮想現実内で戦うガンアクション。女性だろうと男性だろうと肉体的な強さは変わらないこの世界は、ある意味では最も平等な世界ともいえよう。
そんな世界で遊んでいるとき、地震が発生した。前震がなく発生したそれは揺れを感知することで警告画面の発生や強制ログアウトする安全装置すら作動せず、地震の発生に気づかずにゲームで遊んでいた。
そして、周りのプレイヤーから地震が発生したことを聞いた空は慌ててログアウトしようとする。
「なんでログアウトできないの!?」
ログアウトボタンを押してもエラー表示ばかり。地震の影響で機器が故障したのかもしれないと運営に報告し、強制ログアウト措置をとってもらうことにした。だが、目を開けた先にあったのは自分の部屋ではなく、無数のウィンドウがずらりと並ぶ電脳世界。その中の一つのウィンドウに触れると、その中へとダイブする。
そこにあったのは震災直後の地元。かつて通った小学校が健在であったこともあって、その位置から自分の家へと戻っていく。無事であってほしいと祈りながらも、周りにあるのは崩れた家屋の残骸。飛び交う怒号。泣き崩れる遺族たち。行き交う人々とすり抜ける自身の体。
(まるで幽霊みたい……)
嫌な予感はしつつも、彼女の祈りは空しく自分の家は見る影もなかった。へたり込む自分を通り過ぎたレスキュー隊が声をかけながら、がれきをよけ始める。そこにあったのは自分のものだと思われる右腕がごろりと転がる。そのほかの体の部位があるであろうがれきの下からはおびただしいほどの血が流れている。
「ま、まさか本当に死んだの……!?」
空は自身の死を受け入れられずにその世界から逃げ始める。そして、いつの間にかその世界からログアウトをして電脳世界に戻った空は自分と同じ境遇の人がいないか数々のゲームの中を探し始める。だが、科学技術の発展によるセンサー類の向上をはじめ、VRゲームが復旧するにつれて、安全基準も当然のことながら高くなっていき、空のときのような意識だけがインターネットに取り残されるような事案は理論上でもありえないものとなった。
「とまあ、こんな感じ。あっ、イタリアンプリン一つ追加で」
「こんな感じって……お前、それで良いのかよ」
「良いかって言われても、死ぬこともできないし、幽霊と言っても僕はただの女子高生なんだからどうしようもない」
「そりゃあそうだけど……」
「この前、ログアウトしたのってそのウィンドウだらけの部屋?に戻っていたってこと?」
「そういうこと。あの部屋が僕にとっての現実だってこと。ニュースの世界っていえば良いのかな。そこに飛び込んでいるから、外の出来事はだいたいわかっているつもり」
「SORAさんは今でも現実に戻りたいって思っていますか?」
「手段は考えないものとしてね☆」
「戻ったところで……父さんも母さんも妹も死んでいるし、お兄ちゃんも友人もみんなおじさん、おばさんだよ。僕を見たところで誰も気づかないじゃない」
「そのようなことはありません。少なくとも兄の翔様や友人の赤羽様は貴女の動画を大切に保管しておりましたわ。それはSORA様のことを忘れていないということ」
「お兄ちゃんはともかくあの泣き虫かっちゃんが? なんで??」
「……片思いの相手だったと」
「僕に? 嘘でしょ。だてかっちゃんって、俺はおしとやかなタイプが好みなんだよ。誰がゲームオタクのことを好きになるかよとか言っていたよ」
「それ素直になれないタイプじゃない?」
「好きな子をいじめるタイプね」
「ウソー!今どき、そんな絵にかいたようなツンデレいると思う?」
「いたんだろうな。身近に」
「う~ん……好きなら好きってサクッと言えば付き合ってあげたのに」
「軽いな!?」
「僕も女の子だよ。かっちゃんなら良いかなって」
「脈あったのに残念」
「そうだね。この後ってみんな暇?」
「一度ログアウトして昼飯食べるけど、そのあとなら」
「ワタクシも構いませんわよ」
他のメンバーも頷き、SORAがクエストの内容について説明する。最近発見された大森林の奥にある遺跡を調査していた人たちを救助するというクエスト。全員を救助しなくても、ボスのガーディアンゴーレムを倒せばクリアとなるが、それゆえに全員救助すればスキルが貰えたのではないかとまことしやかに言われている。
「でも、全員救助なんて誰かがやっているだろ。全プレイヤーが最速クリアを目指しているわけじゃあるまいし」
「みっちゃん、このクエストはまだ完全なクリア方法が確立されてないの。確かあと1人見つかっていなかったはず。バグで消失したんじゃないかと思った人が運営に問い合わせたけど、否定されたのよね」
「そうそう。僕たちも必死に探したんだけど、見つからず。見つけなくてもクリアできるといっても気持ち悪いから僕はリタイア、つまりまだ未クリア状態で残していたんだよね」
「しばらくして次のステージが実装されたから、調べる人もいなくなって放置されたんだよね」
「それで今の再調査ブームにのっかるってわけ。どう? 僕たちで完全踏破していないダンジョンを攻略するってのは?」
SORAの提案に乗ることにしたオカルト同好会のメンバーは朝食後にその遺跡へと向かうのであった。