第37話 子供の日
GW3日目。今日は子供の日、そうオカルト同好会が本当にオカルトらしいことをする日である。そういうこともあり、今日はゲームを早めに切り上げる予定だ。
そして、ゲームにログインすると四神を倒したことによるムービーが流れ始める。
「ンンン、これはこれは。拙僧が想像していた以上に冒険者は手ごわい模様。であれば、こちらも奥の手を出さざるを得ませんな」
蘆屋道満が倒れた四神を融合させ、闇黄龍を召喚してくる。このレイドボスを倒すことでイベントクリアということらしい。黒交じりの金色の竜が吠え、プレイヤーたちを燃やし尽くしている中、ミクたちが到着する。
「でけえ」
「おっ、良いところに来た。俺たちも休憩に入りたいから、数時間ほど前線を維持してくれないか。闇朱雀戦の追い込みのために徹夜してしまってな」
「大丈夫だぜ、ダイチさん」
「おそらく黄龍のMVPは【漆黒の翼】になるだろうから、それまで耐えたら自由にしてもいいぞ」
「ちょうどよかった。俺たちも夕方から用事があるんだ。それまで頑張るよ」
ダイチたちの徹夜組と入れ替わり、ミクたちは闇黄龍と向き合う。数多くのプレイヤーが攻撃している中、やはりめだっつのは竜になっている龍堂だ。彼がドラゴンブレスを吐き、大ダメージを与えて対抗している姿はまるで大怪獣戦争さながらの迫力がある。
「ヘイトが龍堂ってやつに向いているのにその攻撃を耐えきってやがる。どれだけ防御が高いんだ!」
龍堂がタゲ取りしているため、空中を飛べるミクが闇黄龍に近づくのは容易だ。すると、周りからビームのようなものがミクに向かって飛来してくる。
「ダメージはなかったけど、一体なんだ!?」
あたりを飛んでいるのは竜のうろこらしきもの。そこから、ビームが飛来してミクに直撃したのだ。しかもその鱗の色は闇黄龍の金色ではなく、龍堂と同じ青緑色。そして、多数のプレイヤーがレイドボスに群がるため、このイベントエリアでは他プレイヤーの攻撃に巻き込まれてもダメージが与えられないようになっている。とはいえ、ノックバックなどの追加効果に関しては有効なため、妨害はできる。
「ガハハハハ、【星の守護者】に攻撃の機会を与えるかよ」
「こんな意味のないことしている暇があればレイドボスを叩けば良いだろ!」
「だったら、俺様の攻撃を掻い潜ぐって攻撃すればいいだけだろうが!スケイルビット再度展開、スケイルショット!」
「なら振りきってやる、【加速】!」
ミクが速度を上げて、くるりくるりと旋回しながら細いビームの包囲網を掻い潜っていく。背中側から放った一撃も当たらず、その高すぎる空間把握能力に龍堂が目を見開く。
「いくらダメージがないとはいえ、これだけの回避能力……こいつ、俺の知らないスキルを覚えているのか」
「ピッチャーだって外野を守ることはあるからな。フライをとるのにずっと球をみるわけにはいかねえだろ。背中に目をつけるのが基本だ」
「何言っているんだ、お前は!CT回復薬飲んで、スケイルビットの数を増やしてやる」
「ちっ、さすがに数が多いと黄龍に攻撃している暇はないか。迎え撃つしかねえ!」
攻撃を中断し、あたりを見渡してスケイルビットの全体の位置を把握する。そして、ここでは意図的なプレイヤーへのPKを封じるために、プレイヤーへのロックオン機能は一部の魔法(ヒール等)を除いてロックされている。つまり、スケイルビットの攻撃の先はあくまでも闇黄龍であり、ミクを攻撃するにはその射線上に入れなければならないという制約がある。
(鱗の向きと位置を見れば、どのスケイルが俺に攻撃できるかは予想がつく。フェイントが入れられないなら、あとは――)
こちらに向かってくるビームを放つ瞬間に放たれる光がチラリと見えた瞬間に、剣先を置いておけば弾くことができる。避けきれないものはそれだけで切り払い、かするものは無視し、当たらないものは当たらないようにする。
そして、スケイルショット後の動きは撃つ直前と同じ方向にしか移動できない。例えば右に動いて、撃つために一瞬止まり、その後動くならば最初はたとえ短距離であっても必ず右に動く。左や上下に動くことはない。数多くのスケイルを出してくれたことでパターンが単調なものとなって、このパターンに気づいたミクはその動きに攻撃を合わせることにした。
「ブラッディアロー!」
いつもはボールを投げるが、今回は手に持った剣を手放すことなく放てる血の矢で空飛ぶ鱗を撃ち落としていく。着実に落とされる鱗をみて、これ以上の消耗は避けたくなったのかミクへの攻撃がおさまる。
「どうした、ビビったのか?」
「ほざけ。お前と戦う必要はねえってことだ」
スケイルビットの攻撃が闇黄龍に集中し、2位以下とのスコア差を広げていく。こっちに危害を加えるつもりがないのであれば、龍堂のうろこを打ち落としてことを荒げるような真似はしない方が良いのだが、当たらない程度の危険球を1、2発投げてやろうかと少し悩ませる。
(……報復死球はあんまりよくないし、問題になるからやめるか)
ここはぐっとこらえて、闇黄龍への攻撃に専念する。いくら差がついているとはいえ、まだ闇黄龍戦は始まったばかりで逆転をあきらめるほどの差ではない。
順調に闇黄龍のHPが減っていく中、突如闇黄龍が金色に輝き出した瞬間、周りに光属性の攻撃が加えられ、防御するスキルがないミクはもちろん、ひ弱なプレイヤーたちが一掃されていく。
「ガハハハハ、俺様にそんな軟弱な攻撃が通用するかよ。食らえ、カウンターテイル!」
範囲攻撃を耐えきった龍堂が巨大な尻尾を振り回してのカウンター攻撃で闇黄龍に大ダメージを与えていく様子はもはやボスモンスターと言える龍堂。死に戻りしたミクたちが闇黄龍に攻撃するも、龍堂をはじめとする強力なプレイヤーが数多く所属する【漆黒の翼】が2位の【ENJOY!】に少しずつ差を広げ、3位・4位の【厄災PANDORA】、【星の守護者】【リベルテ】【修羅】連合がその後を追っている。
「差が縮まらねえ!」
「俺様に勝てるほど甘くねえんだよ!」
主力メンバーが帰ってくるまでに圧倒的な差がつけられないように頑張るも、たかが1月半しか遊んでいないミクに大勢を覆す力はなく、【漆黒の翼】が2位とダブルスコアがついてしまう。黄龍の残りHP、【漆黒の翼】のやるき、いずれを考慮しても覆すことはほぼ不可能になったところでダイチたちが戻る。
「ダイチさん、ごめん」
「謝ることはない。それに思ったより差がついてなかったな。あとは俺たちに任せろ」
【星の守護者】の主力が戻ったことで、HPゲージの減りが加速していく。そして、与ダメージランキング3位に躍り出たところで、名残惜しみながらもミクはログアウトしていく。
夕食を終え、グラウンドに集合したオカルト同好会のメンバーたち。グラウンドには部長が描いた巨大な魔法陣が描かれており、外周にある円には花束や蝋燭がぽつりとおかれている。
「よく学校側も使用許可出したよな」
「部活動のためと言ったら貸してくれたわ」
「三雲ちゃんは円の中心に立ってね」
「2つ円あるけど、どっちに入るんだ?」
「三雲ちゃんから見て右の円」
「右ね……入ったら何すればいい?」
「そのまま立っていればいいわ。外周の円で何も置かれてない場所があるでしょう。そこに私たちの血を垂らすの。垂らすのが嫌なら血の付いたティッシュでもいいわ」
「消毒済みの針は用意しています。どうぞ」
「ワタクシの血を使う以上、失敗は許されませんわよ」
「わ、わかっています……それでは準備ができたところで呪文詠唱に入るわ」
部長が手にした本を読み始め、錬金術を開始し始める。と言っても、部長と綾香以外は全くと言っていいほど信用しておらず、どうせ子供だましだろうと思いながら紅葉が錬金術の様子をカメラで撮影していた。
「これより第二詠唱を執り行う!」
「はい、任せてください!」
「……この茶番、いつまで続きますの?」
「さあ?」
「錬金術なんて非科学的な――」
錬金術を否定するかのように麗華の言葉を遮るかのように魔法陣がうっすらと青く光り輝く。
「なんだこれ!? 蛍光塗料か!」
「ワタクシ、部長様が描いているところを見ていましたが、そのようなものは……」
「じゃあ、本当に!?」
「これより最終詠唱を執り行います」
「三雲ちゃんは何があっても出ないように」
「ああ、わかった。男に二言はねえ」
「今のみっちゃん、女の子だけどね!」
「気持ちの問題!」
紅葉にツッコミを入れた時、隣の空いているが赤く光り始める。そして、地面からにょきにょきと土くれが盛り上がっていき、人型を作り始める。膨らんだ胸があるところから、女性なのだろうかと思いながら体が形成され、そして顔が作られていく。
「あれ? その顔……カーミラじゃね?」
「本当だ、そっくり」
「御大層な準備をして作ったのはゲームの土人形……ちょっと成果がイマイチ。いえ、錬金術が成功しているだけでも驚くべきなのですが……欲を言えばもう少し、こう……」
「命よ宿れ、ホムンクルス!」
カーミラの土人形に色が付き始め、それはゲームの世界から抜け出したかのような1/1サイズのカーミラ人形。あまりな精巧な作りにミクたちが感心していると閉じていたカーミラの目がパチッと開く。
「う、動いたぞ!」
「失礼ね。せっかく召喚に応じたっていうのに。それにしてもこんな不出来な体だと十分も持たないわよ。ちょっと書くものある?」
「は、はい!こちらに」
カーミラがさらさらと部長の持っていた手帳に殴り書きをはじめ、部長に付き出す。そこには次の償還に必要な材料がつらつらと書かれていた。
「次はその材料を使いなさい。無いなら近いものであればいいわ。召喚陣の改良はその後ね」
「は、はい!ありがとうございます」
「お前、カーミラで良いんだよな」
「そうよ。正しく言うなら『長谷川三雲が知っているカーミラ』に近い『平行世界に実在しているカーミラ』よ。召喚される際に、貴女の記憶は多少なりとも読ませて面白そうと思ったから承諾して召喚されたってわけ」
「プライバシーはどうなっているんだ?」
「無いわ。そこの召喚サークルに入っている者がもつ『詳細を知っている親しい非実在人物』という矛盾した存在を呼び出すそういう術式だもの。普通なら失敗するのが当然の錬金術よ」
「なるほど。最近のゲームは設定が細かく練られていて、しかも、VRゲーなら親密な関係にもなれる。みっちゃんが親しいNPCとなればカーミラ以外ありえないってわけね」
「となると、ゲームをやりこんでいる人ならだれでも使えるということですわね」
「う~ん、それはどうだろう。キャラに愛着を持たないプレイヤーは一定数いるから、そういう人には無縁じゃないのかな」
「ワタクシみたいなタイプですわね」
カーミラが話そうとしたとき、皮膚がひび割れてぽろぽろと崩れていく。
「大丈夫か!」
「時間切れなだけよ。あと、一つ忠告しておくわ。平行世界に干渉するような錬金術はできるだけ控えたほうが良いわ」
「どうして?」
「今、私の体が崩れているのは平行世界に干渉したことによる揺り戻し。平行世界に干渉できるほどの力を加えようとも、世界には復元力がある。復元力がある世界は必ず異物を排除して元の世界に戻そうとする。歴史の修正力なんて言う人もいるわね。だけど、使いすぎれば世界の復元力はなくなる。ゴムを使いすぎると伸び縮みしなくなるのと同じよ」
「ちょっと待ってくれ。俺と紅葉は意識だけとはいえ平行世界から来たけど、この1か月半戻ってないぞ!」
「カーミラさんの言う通りなら、世界の復元力で数分も満たないうちに元の世界に戻れるんじゃないの?」
「だとすれば、復元できないほどの強すぎる力が加わったのか、あるいは――」
カーミラが結論を述べる前に崩れ去り、チリとなって消え去っていく。元の体に戻れる手掛かりをあと一歩で失ったことで三雲が拳を地面にたたきつける。だが、悔しさをぶつけたことで頭が覚める。
「次呼び出せば、元の体に戻れるヒントが貰えるかもしれねえ。部長、次呼び出すのはいつだ?」
「星の巡りあわせ的に……7月31日。それを逃すと10月まで無いわ」
「ギルド対抗イベントは通例通りなら7月の3連休に行われるから大丈夫だね」
「夏休みか……まだまだ先だな」
「そうですわね。部長様、成功確率を上げるためにもそのメモのコピーを渡していただけないかしら。庶民がそろえにくい素材もあるでしょう」
「はい。高価な試薬や生物の死骸はちょっと……」
「それはこちらで揃えておきますわ。ゲームのキャラが意思をもって動く。これは十分オカルトですわね」
「もしかしてだけど、麗華、文化祭の出し物をこのホムンクルス? にするつもりか」
「そのつもりですわよ。これならオカルト同好会のせいかとして十分ですわ!」
「多用はダメってカーミラさんが……」
「乗り切るのが最優先。それに復元力が無くなったところで何が起こるとでも?」
「そういえば、そのあたり聞いてなかったな」
「世界滅亡とか?」
「地球上に存在する核ミサイルが一斉に爆発しても、地球は壊れませんわよ。たかが人形つくるのにそれ以上のエネルギーが必要だと思いまして?」
「そう言われるとそうだけど……」
「なにもずっと人形を作るわけではありませんわ。成果さえ見せて廃部の危機を乗り越えれば、他の錬金術の研究をすればいいのですから」
「それ、名前が錬金術同好会になりそうだな」
「それもそうですわね。無事に成功したとはいえ、後片付けもしないといけませんし、SORAさんの報告は明日にしましょう」
「部長、これが『部長』ってやつです。このままだと麗華ちゃんに乗っ取られますよ」
「やーめーてー!」
その後、5人はグラウンドを整備した後、自分たちの寮へと戻るのであった。