第16話 入学
4月。それは入学のシーズン。最寄りの駅から出るバスに乗って桜並木を通っていく。三雲は窓に映る自分の姿を見て、ため息をつく。結局、春休み中はゲーム三昧していただけで男の姿に戻ることはできず、女の子として女子高に通うこととなった。
「なーにため息なんてしているの。せっかく、このハイパー幼馴染と一緒に通えるんだから喜びなさいよ」
「男に戻れるか不安しかねえ……」
「その話は二人きりのときだけっていう約束でしょう?」
「そうだけどなー」
「あと、あまり男らしい態度をとるのはダメだからね」
「わかっているよ」
「わかっているならよし。山の中にあるから片道30分。ひとまず、攻略サイトでも見ておこうと」
「ああ、俺も見ているぜ。俺の戦闘スタイル的に投擲グローブっていうアクセサリーが欲しいんだ」
「素材は確か魔石関連と大森林と火山に出てくる巨人のドロップアイテムだね。どっちも中ボスだから周回しにくいのが難点」
「大森林に出てくるスプリガンってのがレベル94だから、そこまでレベルを上げねえとな」
「学生生活を送りながらってなると、夏休み中にレベル100到達して周回するのが当面の目標かな」
「それくらいの時間はかかるよな。そういや、メインだと【星の守護者】に移ったんだったか。俺もそっちに行こうかな」
「【漆黒の翼】に狙われちゃうかもしれないけど大丈夫?」
「いくらなんでも俺みたいな初心者をまっさきに狙うわけ……初心者狩りのプレイヤーいたな」
「でしょう? 私としては入ってほしいんだけど、龍堂さんのあの宣言で移籍してくれる人が少ないのが問題。あれさえなければ、もう少し人が集まったのになぁ」
「いや、やっぱり入るよ」
「えっ?」
「ダイチさんやアルゴのおっちゃん、それにレイドで助けてくれたダクロのおっさん。そいつらには恩があるし、少しでも返さねえと男が廃る」
「こうなったら、みっちゃんは止まらないよね。良いよ、【星の守護者】に入ろう」
ゲームの話をしていると、あっという間に時間が過ぎていき学園に着く。そこは、校舎や最新のトレーニング施設だけでなく、遠方からくる学生のための寮や、デパートのような購買などもはや小さな地方都市と呼べるほどのサイズだ。二人は事前に荷物を送った学生寮へと向かっていく。学生寮は雪、月、花を象ったシンボルを掲げた寮があり、今年の入学制は雪寮に入ることになる。
「雪の結晶が描かれているのは……ここか」
「結構大きいね」
学生寮に入って受付にいるおばさんからカードキーを受け取り、三雲は自室へと向かう。紅葉とは1つ上の階だ。中に入ると、いかにも高そうな家具が置いており、部屋の中央には段ボールがぽつりとある。
「ゲームはちゃんと入っているな……よし、送り損ねたものはない」
荷物を確認した三雲は衣服をクローゼットやタンスの中へとしまい込んでいく。そんなこんなしていると、入学式まで良い時間帯になる。紫外線に弱い体質ということもあって学園から許可されたつばの広い帽子をかぶり、紅葉と一緒に入学式が行われるメモリアルホールへと向かうと、多くの生徒がすでに着席しており、空いている席の一つに三雲たちも座る。
「あっ、入学式が始まるみたい」
うす暗くなり、お偉いさんのありがたい言葉が念仏のように聞こえる。寝てやろうかと思った三雲だが、横目で見る限りは全員真面目に聞いており、眠るわけにはいかないなと思って話を聞く。
(先生も女なのか……いや、男が一人いるな。今、立ち上がったぞ)
紹介されたときに呼ばれた名は鈴星九朗。幼少のころから優れた頭脳をもつ彼はMITを飛び級で卒業。その後、鈴星コンツェルンの基となる鈴星科学工業を設立。彼の会社から発信されたコンピューター関連の数々の特許と技術は社会に革新をもたらし、特に恩恵を受けたVR技術においては第一責任者とも言えるだろう。しかも、東京で行われたオリンピックでは水泳で銅メダルを取るなど肉体面でも優れている彼はまさに時代の寵児であった。
そんな彼の演説も終わり、入学式のプログラムが進んでいく。よどみなく終わった入学式の後はクラスに分かれてのホームルーム。紅葉とは同じクラスなのはたまたまかもしれないし、三雲が特殊な病気もちという観点から詳しいことを知っている彼女とニコイチセットにしたい学園の思惑があるのかもしれない。
(周り見ても女ばっか……あたりまえだけど)
「みっちゃん、どうしたの?」
「ん? なんかこっちを見ている奴が多いなって」
「見た目だけなら、銀髪美少女。しかも帽子被っているから余計目立つ」
「しゃーねえだろ、日傘なり帽子なりがねえと痛いんだからよ」
世間話をしていると、眼鏡をかけた気弱そうな担任の教師が黒板に「内田真理子」と書き、自己紹介を始める。そして、ホームルームでは出席番号順に自己紹介をしていく。
「朝倉紅葉。趣味はゲーム。今、はまっているのは『World Creation Online』で【漆黒の翼】に所属していました。【星の守護者】のギルメン募集中です」
(それ、自己紹介で言うことか?)
心の中で突っ込み、次の人の自己紹介が始まる。この必要までにハードルが下がった、いやインパクトを出すならこれを上回らないといけない分、ハードルはある意味では上がったのかもしれない。無難に読書だのピアノだのと答える中、金髪の女の子が立ち上がる。
「ワタクシの名は鈴星麗華。この学園の理事長である鈴星九朗の娘ですわ。ここにいるのは全国から選ばれた選りすぐりと聞きましたが、つまらないこと。ワタクシのお眼鏡にかなうよう努力してくださいまし」
(鈴星麗華ね……レイカつながりでゲームのレイカなら、ここでメイが――)
『意訳しますと、無難な自己紹介で退屈。もう少し中身のある紹介をしてくださいとおっしゃっています』
というのだろうなと思いながら、クラスメートの自己紹介を聞いていく。やがて、三雲の番が回ってくる。
「長谷川三雲。趣味は野球……っといっても、今は体質のせいでできません。体のことで色々と迷惑をよろしくお願いします」
(みっちゃん、ちゃんとやればできるじゃない)
調子に乗ってしゃべったらぼろが出るかもしれないが、とりあえずはこの場を乗り切ることに全力を注いだ三雲。ほっとしながら、今度はクラス委員を決めたり、入部届などを配ったりする。1年は必ず入部しないといけない決まりのようで、配られた資料には各部・同好会の場所が描かれている。そして、ホームルームが終わった途端、三雲のところに興味のある女子が数人やってくる。
「ねえねえ、長谷川さんって外国人?」
「生まれも育ちも日本だけど」
「じゃあ、その髪って染めているの?」
「カラコン?」
「生まれつき。アルビノとかそんな感じ」
「ちょっとそっけなくない? もっと愛想よくしないとモテないぞ」
「それ、彼氏のいない美香がいう?」
「ギャハハハ、言えてるう」
「彼氏いないのはあんたらも同じだろ、ギャハハハ」
(女子の会話についていけねえ……)
仲間内で盛り上がっている女子たちから助けてくれと三雲が紅葉にアイコンタクトを送ると、しょうがないなあといった感じで、三雲の手を引っ張る。
「入部する部活を決めに行こう!」
「そうだ……ね」
女らしく振舞おうとするたびに精神的ダメージを受けながらも、女子の輪から抜け出していく。そして、ホームルームの間に各部活や同好会が勧誘の準備をしていたらしく、看板やユニフォームを着て勧誘活動に精を出している。
「どの部活に入る? やっぱり野球部? ソフトボール部?」
「いや、この身体でそれをやると熱中症で運ばれそうだから、できる限り室内系……バスケやバレーなら大丈夫か? いや、走り込みで外に出ると致命傷かも……う~ん…………」
「だったらゲーム同好会に行ってみない? もしかするとWorld Creation Onlineのプレイヤーがいるかもしれない」
「その人からゲームの情報とか、もしかするとパーティーとか組んでもらえるかもしれないのか。ありだな」
「そうでしょう。さっそく行ってみよう」
「ゲーム同好会は……2階だな」
階段を上がって2階にある視聴覚室へと入っていく。時代の流れと共に使われなくなった部屋だが、近年ではVRやARを用いた教材もあるため、再び脚光を浴びている。そのため、この部屋でVRゲームをしていてもおかしくはないと期待を膨らませながら、扉を開けると十人足らずの部員がVRゴーグルをつけて、ボードと駒を真剣に見つめていた。
「新入生の人?」
「はい、そうですけど。ここでは何をしているんですか?」
「見ての通り、今やっているのはVRボードゲーム。自分の駒を動かすと、そのとき起こったイベントがVR世界で体験できるの。すごい臨場感と迫力でゲーム初心者でも楽しめるからおすすめだよ」
「World Creation Onlineをやっている人はいますか?」
「有名なVRMMOだね。個人的にやっている場合は知らないけど、部活動である以上ここで課金要素のあるゲームをしたり、それらの話をするのはNG。だから基本的には買い切りのボードゲームが主体。どう入部してみる?」
「もう少し考えてみます」
「私たちはいつでも大歓迎!ゆっくりと決めるといいよ」
ゲーム同好会から出ていき、次はどうしようかと部活リストを見始める。やはり、ここはインドアの部活にするにしても、音楽や美術が得意ではない三雲にとってその選択肢は取りづらいものであった。
「これはどう? オカルト同好会。もしかすると平行世界に行く方法とか研究しているかも」
「はは……まあ、女になった時点でオカルトに片足どころか全身入っているようなものだし、行くか」
「オカルト同好会は3階だね」
二人はさらに階段を上っていき、部室である理科室へと入っていく。怪しげな標本が立ち並ぶ理科室で黒づくめで目元まで隠れるほど髪の長い女性と活発そうな女の子二人が歓迎する。
「い、いらっしゃい」
「部長。きょどる必要ないって。いつものネット弁慶はどこに行ったんですか」
「あ、あれはもう一人の自分みたいなものだから」
「あっ、新入生の方はこちらに座ってください」
「ありがとうございます。ここは何をしている部活なんですか」
「ももも、文字通りオカルト現象について調べる部活よ。今、やっているのは私の曽祖父の蔵から見つかった錬金術師パラケルススの写本の解読と錬金術の再現」
「パラケなにがしは知らないけど、錬金術はアニメで聞いたことがあるぜ。手を叩くと鉄くずを金とか武器に変えるやつ」
「そうね、アニメとかだとそのイメージが強いわ。現実だと錬金術、すなわち卑金属を貴金属に変えることは中世の技術力ではできなかったけど、現代の技術なら大掛かりな機械はいるけど水銀を金に変えることはできるわ。これを賢者の石って呼んでいいのかはわからないけど」
「へえ~、すげ……すごいですね。それがオカルト同好会の活動と何の関係が?」
「この写本を読み解いてみると、一般的に思われている錬金術とは別の側面、すなわち魔法を研究していたことがわかったの」
「ま、魔法? (大丈夫か、この人?)」
「この写本が正しいなら、悪魔を召喚したり、キメラを作ったり、挙句の果てには同位体の自分との入れ替わりも考案されているわ」
「同位体?」
「わかりやすく言うなら、自分に都合の良い世界、パラレルワールドに行けるといえば良いかしら」
「「パラレルワールド!?」」
(なんだか知らないけど、部長の話に食いついた!?)
「そのパラレルワールドにはどうやって行けるんだ」
「それは――」
「オカルト同好会!部員5名未満のため、廃部にする!」
部長の言葉を遮るようにぴしゃりと扉を開けたのは強気で真面目そうな女の子だ。腕には生徒会長であることを示す腕章を身に着けてある。
「生徒会長。今年3人入れば部の存続はできるはずです」
「ふん、こんな腑抜け同好会などなくてもいいだろう」
「待てよ!」
「なんだ新入生? お前たちのためにも言っているのだぞ」
「何が俺たちのためだ!男なら、いや女でも約束は守りやがれってんだ!」
「ほう、この北条院刹那に歯向かうというのか。面白い。ならば今日中に5名の部員を集めてもらおうじゃないか」
「そんな……入部届の期限は1週間あるはずです」
「入部届の90%以上は初日で出されるというデータがある。残り10%未満を待つほど悠長なことはしない。それに私と議論している暇はあるのか?」
「うっ……」
「紅葉、一緒に入部してくれる人を探すぞ!」
「あと一人だね」
せっかくつかみかけたチャンスを逃すまいと二人は手分けして新入生に声をかけていく。だが、生徒の多くは華である運動部にとられ、インドアも吹奏楽部や華道部などが強い。決めかねている生徒も中にはいたが、オカルトに関してはノーサンキューだった。
「はあ……はあ……くそ、もうじき日が暮れる。ほとんどの生徒は寮に帰ったか」
外にいる生徒の数は見るからに減っており、部活の勧誘ももうしていない。今日は入学式のある日ということもあり、勧誘以外の部活動はしておらず、新入生歓迎会ももうすぐ始まる。
「何、走り回っていますの?」
「お前は……鈴星麗華!」
「お前? ワタクシを呼び捨てにするとは良い度胸ですわね」
「じゃあ、どう呼べばいいんだ……いいの?」
「……そういわれますと悩みますわね。レイレイは論外として……良いでしょう。先ほどの件は見逃してあげましょう。それでワタクシの質問の答えは?」
「ああ、実は――」
三雲は麗華に事情を話していく。話を聞いていた麗華は眉間にしわを寄せ、持っていたセンスをパチンと閉じる。どうやら生徒会長の横暴な態度にお怒りのようだ。
「事情は分かりましたわ。でしたら、毎日活動できるというわけにはいきませんが、ワタクシも入らせていただきましょう」
「良いのか、じゃなくて……良いの?」
「ワタクシの辞書に不可能という言葉はありません。これくらいのスケジュール、完ぺきにこなしてあげましょう。貴女とは知らない仲ではありませんし」
「ん? どこかで知り合ったっけ?」
「あら、鈍いことですわね、ミク」
「ミクって呼んだことは……もしかしてあの金髪ロールのレイカか!」
「ご名答。ちょっと髪型が違うだけで気づかないなんて、所詮は庶民ですわね」
「あまりにもテンプレ過ぎて、てっきりそういうキャラづくりかと……」
「こっちは一目でわかったというのに」
(だろうな……ゲームのキャラそのものになっているんだからよ)
名義貸しに近いが、三雲、紅葉、麗華は生徒会長に入部届を叩きつける。それを見て、信じられないような目で見るも、第一希望は全てオカルト同好会。歯ぎしりしながらも、生徒会長は承認のハンコを押すのであった。