第14話 レイドイベント(前編)
真っ暗な自分の部屋の中で三雲はゆっくりと起きる。時計を見ると、イベント開始まで時間はあるので、身支度を整える。鏡に映った自分を見ると、寝起きではねた髪もなく、かわいらしい女の子がこちらを見つめていた。
「可愛い……って、なにナルシストみたいなことしているんだよ。はやいとこ戻らねえと心まで女になっちまう!」
危機感を覚えた三雲はスカートを翻しながら、自室に戻ってゲームの世界へと飛び込んでいく。イベント開始まで少し時間はある。フォーゼの街を歩ているとレイカとメイの二人を見かける。
「レイカ、メイ!」
「あら、誰かと思えば」
「ミク様、おはようございます」
「レイカたちもイベントに参加するのか。どうせなら、俺とパーティー組まねえ?」
「庶民が手足となって動くならともかく、同等の立場で手を組むとでも? その立場になるにはまだ早いですわね」
「意訳しますと、私たちのほうがレベルが高いのだから、私たちのパーティーに入りなさいとおっしゃっております」
「そうさせてもらうぜ。あと、今日はカエデはいない」
事前に紅葉から今日はメインで最後のギルドメンバーとのイベントを楽しむと連絡があったため、カエデとしてはログインしていない。
「まだまだ枠が余っていますわね。メイ、他のメンバーは?」
「はい。募集した二人がもうじき来るかと」
「遅いですわ!5分前集合は常識でしょうに」
「みんな、おまたせ~アイドルのSPICAだよ。キラッ☆」
「はぁ、はぁ……ぶちょ……じゃなくてSPICAが寝坊したので遅れました。白魔導士のAYAKAです」
マイクを片手に決めポーズをしているピンク色の髪の少女と正統派な白いローブを着た少女がやってくる。どちらも三雲たちと同年代のように見える。彼女たちの、いやSPICAのふざけた格好を見て、レイカはいら立ちを隠せていない。
「……メイ、チェンジで」
「申し訳ございません。レイドに必要なバッファー役を探したところSPICA様しか協力してくれる者がおりませんでした」
「……このイラつきはモンスターに向けることにしますわ」
「それがよろしいかと」
「こりゃあまた濃いメンツだな」
1パーティーの上限まで一人足りないものの、もうすぐイベントが始まる時間。パーティーメンバーと歓談していると、マスコットの妖精が現れて、イベント概要について話していく。
フォーゼにゴブリンたちが侵攻し、雑魚を蹴散らしながらレイドボスのゴブリンジェネラルたちを倒すというシンプルなものだ。プレイヤーたちが我先にと走っていく中、ミクたちも前線へと向かう。目の前にはゴブリンが壁のように立ちはだかる。
「あれだけゴブリンがいるなら纏めて片付けてやる、ブラッディレイン!」
「そうですわね、ワタクシの範囲攻撃を食らいなさい。フレイムサークル!」
降り注ぐ血の弾と炎の柱で雑魚を蹴散らしていく。だが、普通のゴブリンだけでなくゴブリンソルジャーやゴブリンメイジなどの上位種も見受けられる。特にバリアを張ってくるゴブリンメイジが近くにいるそれらを見たSPICAはタンタンとリズムをとり始める。
「SPICAの歌でみんなをメロメロだよ~魅惑の歌!」
SPICAが歌い始めると、魅了され始めたゴブリンたちの動きが止まり、その隙にとミクとメイたちがゴブリンメイジたちを切り裂き、倒していく。さらに奥へと進んでいくと、今度はゴブリンキング。その巨体でプレイヤーたちを足止めしようとしてくる。
「王なのに将軍に従うのかよ!」
「それもそうですわね。フレイムトルネード」
ゴブリンキングにレイカの攻撃が直撃するも、上位種ということもあり1発では落ちない。レイカに向かって振りかざしてくる拳をAYAKAがプロテクションで防ぎ、少し距離をとる。そんなとき、SPICAの歌が盛り上がるような曲に代わっていくと、力がみなぎってくる。
「どんどん攻撃しちゃって~」
「おう!ブラッディボール!」
「ロケットパンチ」
「さっきのお返しですわ。アイスニードル!」
ゴブリンキングに攻撃が突き刺さり倒れる。あたりを見渡すとダイチやアルゴの姿が見え、ゴブリンキングを難なく倒してさらに奥へと向かっていることから、このあたりがトップ層との壁になっているようだ。
「じゃんじゃんいくよ☆」
「ここでキングの素材は集めておきたいところですわね」
「おっとっと……どうしてだ?」
「意訳しますとキングが出現しやすい大森林でも比較的でにくいモンスター。レベル80前後の私たちでは素材集め効率からしても本イベントで集めたほうが良いということです」
「なるほどな。どうりでここで稼いでいる人もいるわけだ」
「キングを倒すと木の魔石も手に入りますよ。あわわ」
「すまん、ヘイト取り忘れてた。シャドーボール」
シャドーボールをぶつけてゴブリンキングの目つぶしとタゲとりを行うミク。昼間とはいえ、敏捷の高さはこのパーティーの中では抜きんでいるため、回避タンクとしては十分に機能する。
「くう~、夜になれば攻撃も上がるんだけどなぁ!」
「まだイベントは始まったばかり。泣き言を言わず、目の前のキングを倒し続けますわよ」
「わかったよ、お前たちも働け!隷属:サイクロプス、隷属:アクアクラブ!」
ミクが眷属であるサイクロプスとアクアクラブを呼び出し、雑魚処理をアクアクラブの泡、パワー自慢のゴブリンキングをサイクロプスで対抗していく。周りにいるゴブリンたちを倒し続けていくが、長く戦い続けていくと注意力も落ち、ミクやメイの被弾も増えていく。
「……余力あるうちに撤退しましょう」
「まだいけるぜ!」
「いえ、行けませんわ。リーダーであるワタクシが決めたこと。そのキングを倒したら撤退です」
「わったよ。ダークスラッシュ!」
キングに致命傷を与え、レイカたちはフォーゼへと戻る。MP回復用ポーションを消費したとはいえ、倒したゴブリンたちから得られたお金や素材を考えれば収支はプラスだ。
「アイテムを補充してから、ワタクシのお気に入りの店で食事をとりましょう」
「レイカのイメージからすると、高級フレンチとかそういう感じか」
「そういうのは現実で食べ飽きましたわ」
「マジかよ……本当にお嬢様なのか……いや、そういう設定か?」
「何をぶつくさ言ってますの。しゃきと歩きなさい」
「ああ、わかってるよ」
ミクたちがレイカに連れってこられた場所は、ホットドッグやハンバーガーなどのファーストフードが売られている出店。1G=1円と考えるなら、マ〇クや〇スというよりかは単品で1000円を超える高級店といったところだ。
「ハンバーガーかよ……」
「庶民の食べ物とはいえ、評価すべきものは評価する。もっとも、現実で食べることはないでしょうが」
「意訳しますと、立場上食べることができないものでも、ゲーム内であれば食べることができ、おいしければきちんと評価するとおっしゃっています」
「メイ!」
「レイレイって面白い人だね☆」
「レイレイってなんですの!?」
「じゃあ、イカイカ? レカレカ?」
「レイレイの方がマシですわ!」
「じゃあ決まり☆」
「そういや、職業にアイドルなんてあるんだな」
「歌って、踊ってみんなの能力を上げたり、敵の能力を下げたりするのが私の役目☆ちなみに種族はサキュバス。アイドルにぴったしでしょ!」
「なんかイメージにも合うな」
「そうそう。さっきから男口調でしゃべっているのはそういうキャラ?」
「ああ、そういうところだ」
「ええ~、可愛いんですから可愛くしゃべりましょうよ。せっかく吸血鬼になったんですからのじゃロリ系で」
「のじゃ? ってのはよくわかんねえけど、そんなにロリって感じじゃねえだろう。ねえよな!」
「そうよ、アヤリン。ベーシックで王道は良いけど、このツンケンとした感じはたまらないわ。私たちでは作れないキャラは大切よ!」
「はあ~、部長も現実でもこれくらい明るく振舞えたらいいんですけどね」
「現実のことはタブーだよ☆」
「ふふふ」
「どうかなさいましたか、お嬢様」
「こうして心の底から笑ったのはいつ以来だったかしら」
「お嬢様にはご主人様の跡を継いでもらわなければなりません。このゲームをやらせてもらえているのも、御父上がどれだけの偉業を成し遂げたかを体験するためだとお忘れなきよう」
「わかっているわよ、メイ。ワタクシは鈴星九朗の娘。後継者に相応しい者として下賤な者と付き合ってはならないくらい。でも……」
食べながらしゃべる。はしたない行為をしながら、楽しくしている三人を羨ましく思いながら、レイカはハンバーガーをかじるのであった。