第130話 Aランク試験(前編)
1月2日。昨日と同じく、Aランクの試験を受けようとギルドの受付までやってきた。まだAランク試験のクリア者はまだ少なく、一握りのプレイヤーしか合格していない状況。ダイチが言うには「立ち回りが肝」とのことだが、いったいどういうことだろうかと思いながら説明を聞いていた。
「Aランクになりますと、国や各地の有力者から重大な案件を受けることができます」
「俺、何回か王様から依頼受けているんだけど……」
「それは、その……例外というのは少なからずありますし、ギルドとしては勘弁してほしいのですが……話がそれましたね。そのような依頼を解決する際、見知らぬ人たちと手を組むことが往々にしてあります。そのため、Aランク試験はBランクまでとは違い、個人の資質だけでなく、パーティーとの連携を見させていただきます」
「ってことは誰かと組むの?」
「はい。こちらで推薦した冒険者と組んで貰い、ダンジョン攻略をしてもらいます。最後にいるボスを倒すことで、晴れてAランクになります。ただし、パーティーを無視した行動をするなど素行が悪い場合は失格になることもあるので注意してください」
立ち回りってこういうことかと思いながら、受付嬢が奥にいる冒険者――盗賊のシータ、僧侶のヒラリー、魔法使いのウィンの3人。タンクをやれる戦士職がいれば丁度いいバランスのパーティーになる組み合わせだ。
そして、4人が飛ばされた先はよくある洞窟のダンジョン。天井はそれほど高くなく、空を飛べることのメリットは少なさそうだ。何があるか分からないため、オーソドックスにシータ、ミク、ヒラリー、ウィンの順で隊列を組んで進むことにした。シータが罠を解除しながら進んでいたとき、カチッと音がする。
「あっ、やべ……」
シータがやらかして声を漏らすも、時すでに遅し。壁から噴出したガスをまともに食らってしまう。それと同時に鳴り響くピアノの音。【守護霊】が発動したことから精神系の状態異常だということが分かる。
「おい、大丈夫か?」
前にいたシータに声をかけると、うつろな目で切りかかってくる。バックステップで躱し、後ろを見るとウィンたちが攻撃呪文を唱え始めている始末だ。
「ってことは混乱状態か……」
さらに運が悪いことに通路の奥から騒ぎを駆けつけてきたミノタウロスがこちらに向かってくる。ミノタウロスから当然、ミクだけでなく、混乱状態のシータたちも攻撃対象だ。
「とにかく守らねえと。【挑発】」
ミノタウロスの攻撃を自身に向けさせて、ミノタウロスが振り回してきた斧を躱す。だが、躱した先に背後から放たれたウィンのファイアーボールがぶつかり、HPが削られる。
「ダメージはそれほどじゃないから良いけど、じり貧だし、味方を倒すわけにはいかねえしな。こうなったら、ウラガル、出番だ!」
【混乱状態を解除するか? それとも人間共の相手をすれば良いのか?】
「ディスペルはまだ温存だ。混乱が解けるまで倒されない程度に耐えてくれ。ブラッディウェポン、ソード」
【数分程度か。承知した】
ウラガルが自分たちとウィン、ヒラリーの間に黒いバリアを成形する。ヒーラーであるヒラリーすら攻撃に加わり、彼女たちの攻撃がバリアにぶつかってもビクともしない。後方を気にしなくて済むようになったミクは前方から襲い掛かってくるミノタウロスとシータの攻撃に専念する。
(ミノタウロスの攻撃はかわしやすいから……)
ミノタウロスに躱し、着地狩りしようとしたシータを切り払い、その手からナイフをこぼれさせる。落ちた獲物を拾おうとしたシータにウラガルが飛びつき、取り押さえる。
「後はお前だけだぜ!ダークスラッシュ!」
闇の刃がミノタウロスを襲う。Aランクの試験だけあって1撃では倒れなかったが、向こうからの攻撃は当たらない以上、苦戦することも無く、シータたちの混乱が解けるころにはミノタウロスは倒れるのであった。
「すまん、罠に引っかかった」
「良いって。俺だったら全部引っかかっていたぜ」
「甘ちゃんだな。あと一歩で僕たち全員やられるところだったんだぞ」
「でも、やられなかった。それで良いだろ。誰にだって失敗はある。問題は次にどう生かすかだ」
「そうですよ、ウィンさん」
「ところで、この悪魔さんは大丈夫なんですよね?」
「ああ、俺たちの心強い仲間だぜ」
召喚した以上はすぐ引っ込めたくないため、ウラガルを召喚したままダンジョンを突き進む。あわや全滅の危機ということもあって、シータはより慎重になり、進行速度自体はゆっくりとなったが、罠に一度も引っかからずに下の層に降りる。
「モンスターだけなら楽だな」
「ああ、そこの悪魔のおかげで僕もMPを温存できている」
「順調すぎて怖いくらいですね。シータさん、1回くらいならトラップに引っかかっても大丈夫ですよ」
「うるせ。もううっかりはしねえからよ」
試験中だと言うのに緊張感なく進んで2階層。足を踏み入れた瞬間、壁から死霊の手がうにょっと伸びてきて、先頭にいるシータに襲い掛かるも、ミクがとっさに斬る。
「大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。でも、アンデッドが相手だと、俺の探知に引っかからねえし、斬れないから厄介だ。つーか、なんでお前の剣は斬れるんだ? アンデッドに物理攻撃は効かねえだろ」
「こいつは闇を払う聖剣だからな。それに聖剣が無くても属性攻撃を付与すれば斬れるし」
「マジ? もしかして、お前ってすげー大物?」
「全部任せればよかったりする?」
「それは勘弁。俺はシータみたいに罠も解除できないし、感知もできない。ヒラリーみたいに回復もできねえし、ウィンみたいにバンバン魔法が使えるわけじゃない。野球だってそうさ。たった1一人のスタープレイヤーだけで勝てるほど甘くはないだろ」
「ふん。口だけは一人前のようだな」
「口だけかどうかはこれをクリアしてから考えようぜ。シータは罠の解除に専念。俺はシータの援護。ウィンがメインアタッカー、ヒラリーはちょっと忙しいけど攻撃にも参加。ウラガルは後方の警戒。これで良いかな?」
「承知した」
「うわっ、急にしゃべるな」
「ウィン君、もしかしてビビっている?」
「ビビってない。この年増女」
「なんですって!」
「はいはい、喧嘩はそこまで。怒りたいなら湧いてくるこいつらにぶつけようぜ」
ミクが指さした先には地面から生えてくるゾンビ集団。2階層入りを歓迎するアンデッド軍団の第2波といったところか。まとめて一掃しようとミクがブラッディレインを放つも、下級呪文ごときではゾンビでさえ倒すことができない。
「全然効いてねえ……」
「馬鹿か。弱い奴ならいざ知らず、アンデッドに闇耐性があるのは常識だろうが。アンデッドはこう倒すんだ、フレイムサークル」
「撃ち漏らし多い」
炎の円陣で焼かれ、範囲外で生き残ったゾンビも光魔法で浄化されていく。1階層では活躍の機会が少なかった二人だが、この階層ではキーパーソンになっている。
「よし、この調子で進むぞ!」
シータを先頭にしつつ歩くも、1階層と比べて罠は遥かに少ない。あったとしてもダメージを与える吹き矢トラップ程度、ヒーラーが存命なら致命傷にはなりにくい。その代わり、死霊たちと戦う機会は多く、後衛二人のMPがガンガン減っていく。
「二人ともMPは大丈夫か?」
「僕はまだ平気だ」
「私はちょっとまずいかも」
「OK。ヒラリーはしばらく休憩。ウラガル、攻撃に参加。ウィンはウラガルを撃ち漏らした奴を倒して、MPを節約。シータは前方だけじゃなく後方にも気を付けて欲しいけど、大丈夫か?」
「ああ、どうせ俺の攻撃効かねえから、手持ち無沙汰だしな。それくらいはするよ」
ウラガルがメインアタッカーになり、死霊たちを蹴散らしていく。光魔法は苦手だとしても、魔導波のような無属性の攻撃ならば耐性などお構いなしに通用する。下級と言えども悪魔と死霊では格が違う。その差を見せつけるかのように蹂躙していく様子にウィンは震えながらも、ファイアーボールを放つ。
「ファイアーボールも下級呪文だろ。なんで効くんだよ」
「僕は天才だからね。弱点をつけるなら、下級でも攻撃が通るのさ」
ずるいなとは思いつつも、口に出さずに飲み込み、ウラガルたちの無双を引き立てる盾役になる。死霊やゾンビの鈍い攻撃を躱し、聖剣で切り返す単純な作業。ただ当たるとまずいので、休んでいるヒラリーもプロテクションをいつでも張る準備は欠かせない。
「この足音……後ろからもくるぜ、どうする?」
「ウィン、後方の敵を倒してくれ!ヒラリー、前方の撃ち漏れの処理を頼む。後ろの始末は俺がする」
「いけるのか?」
「舐めんなよ。【魔力付与(光)】」
ウィンがフレイムサークルを放ち、ゾンビを焼却し、撃ち漏らしたゾンビをミクが投げた鉄球が打ち抜く。
「そんな原始的なやり方で!?」
「俺も天才だぜ」
「よく言う」
「お前もな」
ゾンビと死霊のラッシュをなんとか撃退し、隊列を元に戻してさらに進むと3階層に進む階段が見つかる。ミクが後ろを振り向くと疲れの色が出ているウィンとヒラリー。八面六臂の活躍したウラガルはMP切れのため、クールダウン中。少なくとも3階層攻略中は再度召喚することはできないだろう。ちょっと不安に思いながらも、ミクたちは3階層へと足を踏み入れていくのであった。