第129話 Bランク試験
Bランク試験を受けにはじまりの街に来たミク。受付のお姉さんにそのことを伝えると、困ったような顔をした後、少々をお待ちくださいと奥の棚から書類を探し始める。それから数分後、資料を持ってきたお姉さんが戻ってくる。
「お待たせしました。Bランクの試験は初めてですね?」
「はい」
「では、ご説明させていただきます。Bランク以上の試験は職業に応じてその試験内容を変えております。Bランク以上となりますと、各々の専門とする立ち回りがあるため、一律の試験では適切に図ることができないからです。例えば、回復職の人に近接戦闘を調べたり、近接職の人に魔法の適正を見ても無駄とは言いませんが、ほぼ意味の無いものになるからです」
「でも、俺、無職なんだけど……」
「ええ、その場合は非常に少ない例ではありますが、戦士、魔法使い、僧侶、この3つの職業の試験から選んでもらい、試験をすることになります。ただし、1度選びますと、今後、他の職業の試験を選ぶことはできませんので注意してください」
「それなら戦士の試験を受けるよ。偽っていたことあるから」
「職員としてはできれば偽ってほしくないんですけどね……それでは戦士Bランクで承ります。戦士Bランク試験は護衛ミッション。護衛対象を守りながら襲い掛かってくるモンスターを倒してください。ボスモンスター3体を倒せばクリアです。準備はよろしいですか?」
「いつでも良いぜ」
ミクがそう答えると足元に魔法陣が描かれ、広いコロシアム内にとばされ、すぐ隣には小太りのおっさんが立っていた。
「おお、お主が今回の受験生か」
「そうだけど、おっさんは?」
「吾輩はタダノ・マトーン。此度の試験官であーる。吾輩の卵肌に傷つけないように注意するのであーる」
(こんな太っちょが試験官で大丈夫かよ……)
ちょっと不安になりながらも、試験官が口笛を吹くと闘技場の扉が開かれ、ボスモンスターのダークオーガと30匹以上のゴブリンの軍勢が現れる。
(まずは数の暴力であーる。Bランクになりたいのであればこれくらいは裁かないと困るのであーる)
試験官が腕組みをして自分は関わらないぞとアピールしているのを見たミクは彼をほっておき、ゴブリンの群れに向かっていく。
「ブラッディレイン!」
(戦士職で下級呪文とは言え範囲魔法持ち。ゴブリンでは話にならないのであーる)
だが、ボスモンスターである闇の力で強化されているオーガ種。ドラゴン種とまではいかずとも、生半可な物理攻撃をはじく強固な身体スペックを持っている。そうやすやすとは突破されないであろうと思いつつ、次のゴブリンを2方向から放つようにと指示する。
「おっせぇ!」
ミクの持つ白銀の刃がダークオーガの腕をやすやすと切り落としたのを見て、試験官が唖然とする。それもそのはず。ミクが手にしているのが闇特攻持ちの聖剣であることを知っているわけがないのだから。
(奴はどれほどレベルを上げているのだ!?)
明らかに適正ランクを超えていると試験官が思うほどにはずば抜けた戦闘力である。だが、この試験は1on1のタイマン勝負ではない。多方向からの攻撃を守り通せるほどの技量がなければ突破は不可能なのだと内心ほくそ笑む。
「数が多いな。トカゲ野郎、頼んだぜ」
【トカゲではない。ドラゴンだ!】
ミクがヴァンパイアドラゴンを召喚し、そのブレスでゴブリンを蹂躙していく。後ろを気にしなくても良くなったミクがダークオーガの動きに合わせてもう片方の腕を切り落とす。自慢の力も両腕が無くなれば、発揮することはない。その首を安全に切り落とし、1wave目をクリアする。
(くっ……召喚系の上級魔法も操ることができるとは。だが、次は圧倒的な力による暴力。いかにドラゴン種の召喚魔法を操ることができたとしても苦戦は必至であーる)
闘技場の扉からノシノシと現れたのは全身を鋼鉄で守られたフルアーマードラゴン。2体のドラゴンががっちりとぶつかり合い、力比べする。両者の実力はほぼ拮抗。ややヴァンパイアドラゴンが押され気味かといったところ。ほぼ身動きが取れていないフルアーマードラゴンに剣先を突き立てるも弾かれてしまう。
「見た目通り硬いな。剣が通用しないなら魔法だ。【絶対氷血】!」
青いドレスに着替えたミクが杖を振るい、フルアーマードラゴンを急速に冷却していく。ドラゴンと言えども基本は爬虫類。寒くなれば動きは鈍る。ましてや鋼鉄の鎧を着て冷所での活動を考えていないドラゴンに寒さは天敵である。
(待て待て待つのであーる。この小娘は本当に戦士なのか?魔法使いの間違いでは?)
無職。それが彼女の職業であーる。キンキンに冷えた鎧で体温を奪われ続け、力を思うように出せないフルアーマードラゴンは徐々に押され、しまいには投げ飛ばされてしまう。ひっくりかえって身動きが取れないフルアーマードラゴンに逆転の目はなく、ただただやられるのを試験官は見るしかできない。
(ぐぬぬ。だが、次はそうはいかないのであーる。数も力も通用しないのであれば、最後は技。いやらしく戦うのであーる)
最後に出てきたのは多数の死霊を従えているリッチ。冷気を放ったとしても、肉体の無い死霊たちには効果が薄いかもしれないと考え、ここでミクは【絶対氷血】を解き、ヴァンパイアドラゴンを引っ込めてウラガルに交代する。
【リッチ。闇に堕ちし魔導士の成れの果て……我との格の差を見せてやろう】
「ああ、行くぜ!ウラガル!」
ウラガルが魔導波を放って死霊たちを一掃するも、リッチは怨霊の盾でその攻撃を防ぎる。ウラガルの攻撃を耐えきるあたり、仮に【絶対氷血】を引き続き使っていたとしても決め手にはなりえなさそうだ。
「だけど懐にさえ飛び込めば!【超加速】!」
ここは貴重な加速スキルを使ってでも果敢に飛び込む場面と勝負に出る。リッチもまた闇属性。聖剣ならば大ダメージは免れない。煌めく刃がリッチの身体を切り裂く。
(この感触は――!?)
まるで手ごたえがない。宙を切ったような感覚。頭部が胴体から離れケタケタと笑いながら、呪詛を放つ。だが、【守護霊】の効果で呪いからは免れる。
「あっちが本体か。そして、うかつに近づけば呪ってくるってわけね。厄介にもほどあるぜ」
(それだけではないぞ。そいつには――)
切り離された頭部が宙を舞いながら、口から黒い猛毒のガスをまき散らしていく。ミクはペンダントのおかげで掛からない可能性がある。だが、試験官はそうでない。
(吾輩でさえ数分もしないうちに意識を失う猛毒。つまり、時間制限がついたも同然)
戦士たるものスピード討伐も求められる場面も往々にしてある。この3waveの隠れテーマの一つだ。ここまで順調に来たとしても、時間制限のせいで焦り、判断を誤り、脱落するプレイヤーは後を絶たない。この受験生も同じ末路になるだろうと思っていた。
【うむ。これはドラゴンゾンビの使うブレスを魔法で再現しているのか。人間にしては上出来だが、それゆえ対処法もいくつかある。光魔法は不得手故、強引に突破させてもらおう。ディスペル】
毒のブレスがかき消されてしまい、リッチも試験官も驚きを隠せないようだ。だが、ウラガルのことをよく知っているミクだけがこの結果に反応し、手にしている聖剣を即座に投げつける。
眉間に突き刺さり、苦しみ悶えるもとうの昔に胴体を失い、配下の死霊で抜くことはできない。この苦痛から逃れようとミクに呪詛で作られた巨大な手を操り、襲い掛かってくるリッチ。
「そんな破れかぶれな攻撃当たるかよ。【加速】」
だが、接近戦が本職のミクにとってそんな単調な攻撃は何度も見ている。必死の攻撃は空しく躱され、背後からブラッディウェポンで作った血の剣が振り下ろされ、幕が下りるのであった。
「Bランク試験合格おめでとうございます」
無事に試験に合格したことで、ミクも上位プレイヤーの仲間入りを果たす。次はAランク試験になるが、自分と同じ試験を受けているはずのダイチはどうだったのかと合格したことも合わせて聞いてみることにした。
『Bランクおめでとう。3waveが一番きつかっただろう。俺の場合、あそこで撤退して装備見直したくらいだからな』
『俺は一発でいけました』
『事前に攻略サイトとか見て?』
『見てないけど?』
『それはすごい(;^ω^) で、Aランクのことだったな。この間、なったばかりの俺が言うのもなんだが、立ち回りを考えないときつい』
『そんなにきついの?』
『何がきついのかは受けてからのお楽しみだ。一度くらい記念受験気分で挑戦しても良いんじゃないか? Bランク初見突破できるミクちゃんならもしかするとクリアも可能かもしれない』
『じゃあ、やってみる』
というわけで、日を改めて今度はAランクの試験を受けようとするのであった。