第128話 新年
「あけおめ」
1月1日の朝、ミクたちがゲームにログインすると、【星の守護者】の面々が新年のあいさつをする。
「新年あけましておめでとう」
「今年もよろしくお願いします、ダイチさん」
「こちらこそ、今年もよろしくな」
「おう、ミク。さっさとおせちを食べないと無くなっちまうぞ」
「アルゴ、嘘は良くないぞ。人数分、用意してあるから安心して食べたら良い」
ギルドの食堂にいくと、ネームプレートとおせち料理がずらりと並んでおり、用意された席に着く。お茶碗を開けると湯気が登るお餅が入ったお雑煮。重箱を開けたら、伊達巻や昆布巻き、アワビやえびといった縁起物が彩りよく詰められている。
「すげー本格的」
「毎年思うけど、力の入れようすごいよね」
「去年もあったのか。今年のおせちは諦めていたけど、ゲームで食べられるなら良いか」
「無料だしね」
おせちに入っている煮物や焼き魚を食べていると、ゆっちーと猫にゃんがやってくる。
「あけおめ~」
「あけおめにゃん」
「「あけおめ」」
「ミクミク、外見た? 凄かったよね」
「すごいところじゃなくて怖いレベルだろ、アレ」
「降ってきそうだよね」
「それだとコロニー落としにゃん」
周りからは積雪の話かと思われながらも、0時丁度に起こった逆さまの世界をみたときの感想を述べていく。しかも、ゆっちーたちはまだあの世界がカーミラが居た世界だったことを知らなかったらしく、驚く始末だ。
「じゃあ、カーミラのところやばくない?」
「俺たちのところもヤバイだろ」
「とりあえず、レイカちゃんが情報をもって戻ってくるまでは静観かな」
「だな。ところで、この後どうする?」
「う~ん、今は特にめぼしいダンジョンも無いし、ログアウトしてみんなで初もうでに行かない?」
「それはいいけど、せっかくログインしたのにすぐログアウトってのももったいなくねえ?」
「それもそうにゃ」
「ミクミクはいきたいところある?」
「俺か……まあ、レイドイベント後にログインしてなかったから、あの後どうなったのか知らないんだよな。王様と魔王に新年の挨拶にでもいくか。」
「「「さんせ~い!」」」
おせち料理を食べ終えたミクたちがフォーゼへと向かい、城の中に入っていく。城内は普段よりもドタバタと慌ただしくしており、人があちらこちらへと走っている。
「新年早々、何かあったのか?」
「どうなんだろう? 去年までは城内に入ったプレイヤーはいなかったから、よくわからないけど」
玉座の間には大臣たちに指示を飛ばしている王様とその傍らで父親の仕事の様子を見ているアリスが居た。大臣が去っていったのを見てからミクたちは前に出る。
「「「「新年あけましておめでとうございます」」」」
「おお、少々見苦しいところを見せてしまったな。此度の其方らの活躍は聞いておる。魔王軍側でひと悶着があったようだが、よくぞ勝ってくれた」
「お褒めの言葉ありがとうございます。ところで、妙に忙しそうにしていますが……」
(みっちゃんの猫かぶりモードだね)
(すぐボロ出るけどね~)
(ぼろぼろにゃん)
「今、和平交渉にむけて協議しているところでな。この後はリリス殿との会食もある。新年であろうと休む暇など無いのじゃ」
「私はまだお父様の手伝いはできませんが、近くで仕事を学ばせて貰っています」
「窓から飛び降りたお姫様と同一人物とは思えないぜ」
「ミクモ様ったら」
軽く談笑した後、ミクたちは王城を出て今度は魔界側へと向かう。城下町に着いたミクたちが魔王城に向かって歩いていると、【ENJOY!】をはじめとした裏切らないルートを選んだギルドの人たちも出歩いていることに気づく。
「ここって俺たちを除いたら、【漆黒の翼】くらいしか出歩けないんじゃなかったか?」
「多分だけど、レイドイベントのおかげで和解するから他のギルドも入れるようになったんじゃないのかな。アーリアの偽ギルドも裏切るルートに入った人たちでも利用できるようになっているのかも」
「どちらのルートを選んでも、先行入手できるものが変わるだけで最終的にはどっちも手に入るにゃん」
「その方が荒れないからね~」
「初めから、どっちも手に入るようにすればいいのに……」
「みっちゃん、それだとつまらないよ」
「どっちも手に入るだけ温情にゃん」
人込みの中を歩いていると、ファンタジー世界を模したゲーム内では目立つ和服を着た人を見かける。今日は正月だし、ゲーム中でも新年のようだから、そういった服装にしている人もいるのかもしれないと思いながら見ていると、見知った顔だったので頭を下げる。
「アクアさん、新年あけましておめでとうございます」
「ああ、ミクちゃんたち。今年もよろしくね」
「と言っても、去年はあまり絡みがなかったにゃん」
「ふふ、それもそうね。それなら、せっかくだし新年クエストを一緒にやらない?」
「やりたいけど、魔王に挨拶してからでも良い?」
「ええ、このあたりで待っておくわ」
あまり長いこと待たせるのは悪いと思い、ミクたちは早歩きで魔王城へと向かっていく。やはり、魔王城もフォーゼと同じくせわしなく働く魔族たちが多い。玉座の間に着くと、リリスと話をしている魔王の姿があった。
「新年、あけましておめでとうございます」
「もう、新年か。少し根を詰めすぎたようだ」
「フォーゼの王様もだけど、そんなに疲れているのか」
「身内の反乱があったから負けた、もう一度戦えば勝てる……何があっても負けを認めたくない魔族がいる中で和平を結ぶのは骨が折れる」
「ネロ様は牢獄、しかも道満の奴は辞職しちゃうしね。一度負けた相手に戦力がた落ち状態で勝てるわけないでしょう。それも分からないのって説得しても聞く耳持たず……嫌になるわ」
「結構大変なんだな。和平も」
「お互い流した血が多すぎた。だが、裏切りがあったとはいえ、乾坤一擲の布陣で負けたショックもあってか厭戦気分の民がいるのも事実。和平を結ぶタイミングは今しかなかろう」
「サキュバスとしては食事相手が減らないなら好都合なんだけどね」
「お前の正体ってゴリラなんだから別にひつよ……」
「何か言った?」
「何も……言ってない」
魔王の前と言うこともあって顔は笑顔ではあるが、バキバキと指を鳴らして威嚇するリリス。どうやら、中身はどうであれあくまでも美しいサキュバスとして通したいようだ。
挨拶も終わり、アクアと一緒にはじまりの街にあるイベント会場へと向かう。そこには3つのワープホールがあり、EASY、NORMAL、HARDの3つの難易度から選べるようになっており、手に入るアイテムや経験値も難易度によって異なる。当然、ミクたちが入るのはHARDの難易度だ。
「でっかい蛇!」
「今年は蛇年だからね。アクアさん、作戦は?」
「とりあえず殴って、後は成り行きで」
「行き当たりばったりにゃん」
「だよね~」
「それくらいの方がやりやすいけどな。【挑発】」
開幕ヘイトを奪ったミクが安全圏と思える上空から白蛇を見下ろしながら、額にある赤い宝石に向かってブラッディアローを放つ。見るからに弱点と思われる場所だ。それは白蛇もわかっているのか、身をねじって躱す。
「なら鉄球ならどうだ」
最小限の動きで躱そうとした白蛇にキレのあるスライダーが直撃する。続けて、2球目を投げるも、大きく動いて多少ボールが動いたところで弱点部位から逸れるように動き始める。
「まずは動きを止めないとダメか。なら、【絶対氷血】」
青いドレス姿に変身したミクが杖を振って、動きを鈍らせる冷気を白蛇に向かって放つ。変温動物である蛇に温度低下によるスロウはバッチリ効くらしく、動きが鈍くなる。
「……バフ掛け終わり。これだけ隙を作ってくれるなら大技の一つや二つ、撃つ余裕はあるわね」
アクアが無数の氷の槍を上空から降らし、白蛇のHPをごっそりと削っていく。さらに倒れこんだ白蛇は、地面に突き刺さっている槍で身動きが取りづらくなくなっている。これはチャンスだとミクが額に向けて巨大な氷塊を落とす。
「私たちの出る幕ないにゃん」
「後ろから攻撃しているだけで良いんじゃない?」
「ダメージ受けないのは良いんだけど、ヒーラーは暇になるんだよね」
前線で戦っている二人に隔絶した差を感じつつも、スロウ効果が切れた白蛇が突き刺さった氷の槍をはじき、アクアを睨め付ける。どうやら、与ダメージによるヘイトが【挑発】によるヘイトを上回ってしまったようだ。
「アクアさんにヘイト向いちまったか。変身解除、再度【挑発】」
再びヘイトを取り、攻撃の目を自分に向けさせる。白蛇が口から溶解液の弾を放っても、上空を自在に飛び回るミクには当たらない。だが、こちらの攻撃も巨体に見合わぬ速度で軽やかに躱す。互いに決め手がなく千日手になってしまっているとき、アクアが青い巨人を召喚する。
「行きなさい、ポセイドン!」
ポセイドンが白蛇を鷲掴みにし地面にたたきつける。上から押さえつけられた白蛇は身動きが取れず、額にある弱点に攻撃が直撃し、残ったわずかなHPも削り取られるのであった。
「高難易度と言っても、所詮この程度ね」
(RISAと同クラスの強さなのは知っていたけど、まだ遠いなぁ)
RISAと戦った時はまともに反撃ができなかったが、今回は肩を並べて戦える程度には成長した。初めて1年も経っていない初心者ゲーマーとしては急成長と呼べる早さなのだが、夏に偽龍堂を倒すという目標を掲げている以上、高い壁を乗り越える必要があるのも事実。
(後回しにしていたBランク試験、受けるか)
アクアと別れた後、明日にでも昇格試験を受けようと決めるのであった。