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第127話 年越し

 麗華が龍堂と同じ世界に囚われているとは思っていない三雲と紅葉は連日のゲーム疲れを癒すため、大浴場に来ていた。天災に見舞われたとはいえ年末で実家に帰っている生徒が多い時期、しかも、まだ外が明るい時間帯での入浴となれば貸し切り状態となっていた。


「はあ~極楽極楽……」


「みっちゃん、親父臭いよ」


「良いじゃん、別に。誰かに見られているわけじゃないし」


「まあね。それにしても1年早かったね~」


「俺が女になってから、まだ1年経っていないんだよな」


「女になったの『今は』どう思っているの? やっぱり嫌?」


「どうだろうな。もうこの身体も慣れちまったし、今更男に戻ったところでだよな。お前はどう思うんだ?」


「私?」


「まあ、その……体同士の付き合いはしているけどさ……やっぱ子供とか欲しくなったりとかさ」


「う~ん……子供は欲しいけど、でもさ、みっちゃんが男だったらこうして一緒にお風呂に入るとか一緒の高校に通うなんて出来なかったし、ましてや恋人になるなんて出来なかったと思うの。それに本当なら別の高校に通っていたし、多分疎遠になっていたんじゃないのかな」


「そうだよな。麗華に後押しされなかったら告白しようだなんて思わなかったし」


「そう考えると麗華ちゃんって恋のキューピッドだったりする?」


「そうなるかも」


「じゃあ、新年あけたらちゃんとお礼言わないとね」


「そういや、言ってなかったな」


「じゃあ、決まりだね。ところで、近くで年末カウントダウンイベントやるみたいだけど、一緒に行かない?」


「せっかくだし行こうぜ」


「20時に校門前集合で」


「……早くないか?」


「屋台もあるみたいだし、それに年越しそばも食べたいし……年越したらぜんざいにやきもち、お雑煮……」


「そんなに食べたら太るぞ」


「いいの。みっちゃんみたいに大きくなるんだから」


 紅葉の視線が三雲の豊満なバストに突き刺さる。ここ最近は胸ばかりだけでなく身長も伸びてきて、遅めの成長期かと思うほど。顔つきも入学当初は少女らしい丸みのあるものから垢ぬけた大人の女性に近づきつつある。


「だけど、大きすぎると邪魔だぜ。足元も見づらいし、高いブラも買い換えないといけないし……ユニク〇とかで1000円くらいで売ってくれねえ? 買うぞ」


「それだけ安かったら、1、2回洗ったらすぐ駄目になりそう」


「サイズ合わなくなってタンスの肥やしになるくらいなら……って思ったけど、それはそれでだめか」


「普通はそんなに成長しないからね。大きい子って小さい時から大きくなるし。覚えてる? 同じ小学校だったゆきちゃんとか」


「同じクラスになったことないけど、巨乳だって聞いたことある」


「私は5年のとき一緒だったけど、すごかったよ。今の私くらいあったもん」


 小5の自分に今の紅葉くらいの胸があったら、ボール投げづらそうだなと思いつつ、あの頃の自分はまだ男だと思い返して否定するかのように頭を横に振る。それを見た心中を見抜いたのか紅葉がくすくすと笑う。


「おや~、今、みっちゃん、女の子の姿考えていたりする?」


「うるせえ。じゃあ、紅葉が男になっていたらどうなんだよ」


「私!? う~ん……みっちゃんくらい運動ができるなら、一緒に野球していたかも」


「それ良いな。二人で最強のバッテリー」


「うん。小さいころからキャッチボールしていたもん。きっと最高のコンビになっていたよ」


「そう考えると、人生にはいろんなIFってのがあるんだなぁ」


「だから、一度きりの人生、楽しんでたっぷりと思い出作らないと」


「だな。俺が爺さん、じゃなかった婆さんになったときに後悔したくないもんな」


「うん。そんな未来のためにも世界救わないとね」


「だな。そろそろのぼせそうだから出るか」


「私も」


 二人はお風呂から出ると、自販機でフルーツ牛乳を買ってゴクゴクと飲む。


「ぷっはー、やっぱ風呂上りはフルーツ牛乳だよな」


「これだけはやめられないよね」


「このために生きているって感じだ」


 牛乳瓶をカゴに入れた後、三雲は体重計に乗る。夏休み後にあった身体測定と比べると、運動しているにもかかわらず、体重は増えていた。とはいえ、身長も伸びているから、太ったというよりかは元々が痩せ気味だったこともあって肉付きが良くなったまである。


「私は良いかな……」


「乗れよ」


「いや~、でも……」


「現実見ようぜ」


「……はい」


 観念した紅葉が体重計に乗って針がぐるんと揺れる。刺し示した数字を見て声こそ出さなかったものの内心では絶叫。身体測定の時よりも増えているのだ。


「やばい……」


「このお腹周り見たらそうなるよな」


 三雲が紅葉のお腹周りの肉をぷにぷにとつまむ。この肉感からしても夏場よりも増えているのは明確だ。心なしか顔も丸くなっているようにも見える。


「ぽっちゃりになっても見捨てないでくれるよね?」


「しない。しない」


「ほっ、良かった」


「だからといって、ぶくぶく太り続けるのは良くないぜ。第一、お前はお菓子とか食いすぎなんだよ。ご飯を減らせとは言わないけど、夜食にポテチとかコーラとか買うのは当分控えろ」


「……はい」


「後は運動だな。いきなりきつい運動しても長続きしないから、早起きして走ろうぜ」


「朝は辛い」


「慣れたら心地いいぜ。俺も一緒にいるし、辛くないって」


「……はい」


 紅葉の目が死んでいるようだが、三雲が「明日からな」と言うとパッと明るくなる。どうやらダイエットは心底したくないらしい。


(最初は無理にでもやらせて習慣づけるところからだな。まずは1時間……いや30分くらいから始めるか)


 三雲が紅葉のダイエット計画を立てながら着替えて、脱衣所を後にするのであった。




「お祭りに来たら綿菓子にりんご飴、微妙に美味しくない焼きそば。これが無いと始まらないよね」


「つーか、さっき蕎麦食べたのによく食べられるよな」


「へへ、ちょっと歩いたから問題なし」


「歩いたと言っても20分くらいだろ」


「十分長いよ」


 広場に続く通りでは屋台が並んでおり、近くに他の学校があることも相まって自分たちくらいの学生や親子連れも目立つ。


「それにしても人が多いな。夏祭りのときも思ったけど、俺たちの地元とは大違いだ」


「だよね。居てもおじいちゃん、おばあさんくらい」


「誘っても子供っぽいから嫌だとかだもんな。じゃあ、何しているんだって聞いたらソシャゲだとか動画みているとかだもんな」


「こういうのって雰囲気を楽しむものなのにね」


 今年は自分たちが居ない過疎っている祭りがどうなっているのやらと想いを馳せながらも、カウントダウンイベントまで屋台を回ったり、イベントステージで地元の芸人の漫才やアイドルのダンスを見たりして時間を過ごしていく。


「そろそろ時間か」


「もうこんな時間!? 早いね」


「だよな。去年は紅白みていたけど、こんな早く過ぎてなかったぜ」


「私はWCOでダイチさんたちと一緒に過ごしていたよ。でも、ギスっていたから来年はやめているかもって考えていた気もする。あのときは本当につらかったから」


「偽物とすり替わっていたんだから仕方ないって」


「そうなんだけどね……元の龍堂さんに戻ったとして前みたいな関係に戻れるのかなって」


「あ~」


 紅葉の言う通り、自分たちはこのゲームに隠された裏側を知っているからこそ理解できる。だが、何も知らない一般人からみれば、元の龍堂に戻ったとしても、「いまさら何を?」と思われるに違いない。それほどまでには、【漆黒の翼】を瓦解させた偽龍堂のやらかしは大きいのだ。


「頭でわかっていても心が追い付かないか」


「うん。と言っても元から印象良くなかったしね、龍堂さん。もめごと多かったし」


「俺は色々と教えてもらったから好印象なんだけど」


 そのあたりは置かれている状況が違うせいもある。だが、話し合えば、少しくらいは歩み寄れるんじゃないかと思うのは自分が甘いだけだろうかと口には出さずにいた。そして、イベントステージでは視界のお兄さんがカウントダウンの音頭を取る。


「3!」


「2!」


「1!」


「A HAPPY NEW YEAR!」「あけましておめでとう!」


 口々に新年を祝う言葉があちらこちらが聞こえ、頭上には花火が大きく打ち上げられる。二人が夜空を彩る花火を見ているとき、その異変に気付く。


「おい、あれ……」


「えっ……うそ」


 二人が思わず指さした先にはいつもの赤い亀裂がペリペリと剥がれ落ちて、逆さになった建物や土地が大きく映し出される。見えている建物は近代的なビルではなく、ヨーロッパ風の建物。その中でも、一番特徴的なのは大きな時計台。三雲の記憶にある中ではロンドンのビッグベンに似ているようにも見える。


「周りが気づいていないってことは錬金術絡みってことだよな」


「うん。でも、この状況ってエリザベートちゃんが言っていた……」


「ああ。書き換えが起こる前兆だ。とりあえずカーミラに連絡しねえと」


 カーミラに夜空の写真を送る。すると、すぐさま返事が返ってくる。その内容は「時計台をよく見て」の一言だ。花火そっちのけで逆さになっている時計台をよく見ると、時計の針が逆方向に動いている。そして、再度カーミラからのチャット。


『逆方向に動いた?』


『動いたぜ』


『なら間違いないわ。その見えている世界は私の住んでいる錬金世界よ』


「なっ、あれがカーミラの世界!?」


『知り合いに無理言って動かしたから間違いない。向こうの世界もこちらの世界のスカイツリーが確認されたわ。イルミネーションの色がライブ配信のものと同じだから同一世界とみなしても良いはずよ』


『そっちの世界はどうなんだ? 書き換えはまだ起こっていないのか?』


『それらしい情報はまだないわ。不幸中の幸いね』


『よかった。いやよくねえか』


『こっちの遅延・妨害行為が有効的に効いていると仮定しても、半年以内にケリを着けないと書き換え侵略が起こる算段よ』


「夏が俺たちの天王山ってわけか」


 Secret OSを破壊しつつ、自身のキャラクターの育成。夏のギルド対抗戦で偽龍堂率いる【漆黒の翼】に勝って、元の世界に戻るように説得。やることは変わらない。新年、あらたに決意するのであった。

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