第124話 黙示録の獣 part3
キメラが上空から向かってくるミクに水流を放って応戦するも、悠々と躱される。単発攻撃では炎の羽による全体攻撃。
「【灼熱の血】」
炎の羽を受けてもダメージを受けないミクは勢いそのままにブラッディウェポンで作り出したハンマーをキメラの甲羅に向けて振り落とす。さすがにレイドボスだけあってHPは早々には減らない。だが、ヘイトは向いたらしく、地上に流れ弾が来ないように上空からの攻撃に専念し、地上部隊の立て直しの時間をとろうとする。そんなミクに甲羅がぱかりと開いてミサイルがミクに向かってくる。それを見たミクが距離をとって誘導。
「ブラッディレイン」
一纏めにしたところを血の雨を降らせて一掃する。遠距離からでは倒せないことを悟ったキメラが格闘戦を仕掛けるも、空中をすばしっこく動くミクには当たる気配がない。そして、ミクに気をとられている隙に他のプレイヤーが攻撃を仕掛けてガリガリとキメラのHPを削っていく。
「削れ方見るとネロよりかは弱いな」
このペースなら明日中には削り切れそうなペースだ。ただ、あと数時間もすれば寝る人も出始めるこの時間帯。それまでには大きく削っておきたい。となれば、積極的な攻撃は欠かせない。無茶は覚悟のうえで接近し、ハンマーで殴り続ける。
そして、【灼熱の血】の効果時間が切れるのを見計らったかのように、キメラが炎の羽をミクに向けて放つ。
「ブラッディアロー」
出の速い血の矢で迎撃するも数が数。ミクだけでは致命傷となるコースだけでも迎撃することはできない。そう、ミクだけでは。
「狙撃!?」
ミクの死角外から放たれる一射がミクへの直撃コースをきれいに射貫く。そんなことができるプレイヤーはこのサーバーには一人しかいない。
「レッドアイ!」
「やれやれ、世話のかかるお姫様だ。セツナ、ビットの展開状況は!」
「問題ない。この戦場、相手がどの場所に居ても狙える」
主戦場から離れた岩場から長距離スナイパーライフルを構える二人。ミクが回避タンク役を担ってくれるのであれば、他のタンクプレイヤーはその間、暴れまわるネロへの対処に回れる。並みのプレイヤーではものの数分しか持たない大火力。入れ替わり立ち代わりでヘイトをとることで、アタッカーの損耗を防ぎつつHPを減らしているのが現状だ。
「レッドアイから部隊α全員に通達。ミクに無様な被弾をさせるなよ」
(すげー楽になったけど、良く勝てたな、こいつらに)
【ALL FOR ONE】からの援護射撃が始まり、ミクに攻撃が届く前にそれらの攻撃から片っ端から撃ち落とされることに少し恐怖しつつも、回避に思考リソースを奪われることが少なくなり、迎撃ではなく反撃に転じる機会も多くなる。
時間が経つにつれてプレイヤー数が減っていく中、イベント変更で三交代制を決めた【ALL FOR ONE】による援護射撃は朝方まで絶えることなく、ミクが朝方にぞろぞろとやってきた回避盾プレイヤーと交代するまで前線を崩壊させることはなかった。
「マジできつい」
「みっちゃん、お疲れ様。しばらく休んだら?」
「ふはぁ~朝風呂入ろうとは思ったけど、先に寝るよ。多分、昼まで起きねえかも」
25日の朝、食堂でモーニングのトーストを食べながら、テレビを見ると、『オーストラリアで猛吹雪。積雪10cm超』『ヨーロッパ各地で30度越えの真夏日』『台風21号、22号、23号、24号、25号、26号、27号の進路予想図』『アメリカでハリケーンと地震の被害甚大』など明るくない話題が盛りだくさんだ。
「SNSだけじゃなくてテレビでも地球滅亡だとか言われているよ」
「何も知らなかったら俺もそう思うよ」
「だよね。でもさ、世界の命運をかけてバトルって、カッコ良くない?」
「ガキの頃はあこがれていたよな。俺が怪人役で、お前がヒーロー役だったけど」
「だって、そっちの方が良いじゃない。頑張ったみっちゃんにはトマトをプレゼント」
「嫌いなものを押しつけただけじゃね」
「いいの、いいの」
軽い食事を済ませ、重い瞼を必死に開けながら自室へと戻っていく三雲を見届けた紅葉は戻ってくるまで負担を減らそうと張り切るのであった。
昼前。ミクよりも少し前にログアウトしたダイチたちが戻ったころにはキメラのHPは3割を切っており、このペースなら夕方には倒せる見込みだ。プレイヤーたちも気合が入る。
「うおおおおおお!!」
ダクロが巨大な剣を振り回してネロの攻撃を防ぎつつ、一太刀を入れる。仲間の死をトリガーに強化されていくスキルはすでに最大まで強化されている。渾身の一撃を入れつつ、ネロの攻撃でも耐えきれない技は見切って避けるようにしているのはさすがの一言だろう。
「ダクロの奴、張り切っているな」
「最近、ログインしていなかったのに腕落ちてねえし」
「それどころか避けるのうまくなってね?」
今マンでろくに育てて来なかったカエデによる冒険は決して無駄ではない。ダクロより貧弱なヒーラーを使っている以上、被弾は割けないといけなかった。ゆえに、重装甲なダクロを使用してもその経験を活かし、当たるか当たらないかの見極め、嗅覚は以前よりも鋭くなっている。
「この一撃、押し通らせてもらう!」
ダクロの一撃がクリティカルヒットし、ネロの動きがほんのわずかに止まる。ここぞとばかりにプレイヤーたちの最大火力が集中し、HPをさらに減らしていく。ネロとキメラをじわじわと追い込んでいくっプレイヤーたち。遅れながらもミクも合流し、キメラのHPが2割、1割……そして、潰える。
「よし、混沌四神倒したぞ!」
「一気に押せ押せ!」
勝負の流れがプレイヤーたちに傾いたところで、ネロは次の一手を打つ。ネロが周りのローマ兵を犠牲にしながら空中に描いた魔法陣から現れたのは真っ黒なリリスの影。それはかつてミクが相対したときと同じく、メイク道具型の飛び道具でプレイヤーを蹴散らそうとしてくる。
「そんな弾幕程度」
ブルーアイの射撃がリップミサイルを撃ち抜こうとしたとき、飛び回る手鏡にぶつかり、反射されてしまう。
「うわぁ!?」
すんでのところで、銃から手を離して飛びのいたので、反射された攻撃に当たることはなかったが、援護射撃による回避盾の支援が難しくなったのは間違いない。
「セツナみたいなことしてくるのかよ。こっちもあと二人いてくれたらなぁ」
あいにく、リフレクタービットを上手に扱えるプレイヤーは彼女くらいだ。愚痴を漏らしながらも、援護する隙を探すスナイパーチーム。
一方で、リリスのリップミサイル、マニキュアガトリングで次々に上空戦力が落とされる中、すでに攻略したことのあるミクがリリスの対処をしていた。
「喰らいやがれ、アブソリュート・ゼロ!」
以前と同じく凍り付かせることで、厄介な飛び道具を封殺。武器をひっぺ返したところにプレイヤーの火線が集中する。単体攻撃が主体となる第2形態にさえなれば、再び制空権を取り戻すことができる。だが、その肝心の条件であるHP半分になるのは夜中になりそうだ。
「それまで耐えろってのもきついな」
杖を振り回して弾幕を張るも、どんどん使える技が減っていく。【絶対氷血】の息切れしやすいデメリットが徐々に重くなっていき、解除してノーマルフォームに戻るかと思っていた矢先、メイク道具が凍てつき、墜ちていく。ミクが放った技ではない。戦場が真冬になったかと思うほどの冷気。ギルド対抗戦であの場にいたプレイヤーならば、身をもって時間したほどの異常性。
「重役出勤にもほどがあるぜ、雪見さん」
「何を言っておる。オーストラリアではしゃいでおるコヤツを説得するのにどれだけ時間がかかったことか」
「先ほど、ぴたりと雪が止んだので渋々」
「ったく、遅れてきた分、バリバリ働いてもらうぞい」
「ええ、これより先、指一本触れさせませんわ」
リリスからの攻撃が機能しなくなるほどの冷気。こうなれば、最前線で働き続けていたミクも遅めの夕食をとる余裕も出てくる。
(問題はネロだな。増援の方は落としているけど、その分、HP削るペースは落ちている。この分だと今日で残り6割行けるか怪しいな)
ローマ兵の数が減ったことで、引き付け役のタンクの数も減っており、ネロへの人身御供に回っているプレイヤーも増えている。その分、アタッカーの損耗も減っているはずなのだが、総火力に貢献しているかと言われると厳しいところはある。
(初日はギリ2割いけたけど、他が1.5割しか削れないとなると合計6日かかる計算……期日ギリか)
決して余裕はない。そんなことを思いながら、ミクはログアウトするのであった。