第123話 黙示録の獣 part2
24日の夕方、三雲たちは人がほとんどいない食堂で年末イベと現実世界での異常気象について話していた。
「ネロビーストを倒さないと異常気象が収まらないなら、もし倒せなかったら……」
「倒す機会が無くなって、ずっと異常気象が続くかもしれないってことだ」
「……普通ならありえないけど」
「あり得ないこと何回も体験しちゃっているからね~」
「あたしたちが世界の救世主JKです~ってのよくね?」
「……うん、カッコイイ」
さきほどから食堂のテレビからはこの異常気象について専門家が話しているが、その原因については地球温暖化だと言っており、よもやゲームが原因だとは思われてはいない。異常気象のせいで各交通機関も運行見合わせの予定であり、実家に帰る予定の学生たちも予定より早く帰路についている。そのせいで夏休みよりもがらんとしている。
「ネロビーストを倒さないといけないんだけど、イベントから5時間で削れているのは1~2%。かなりまずいよね」
「同じペースで削っても1日で10%未満、1週間しかないから全然足りねえ」
「……そもそもネロビーストが倒せないように設定されている説」
「それはないって。イベントなんだから~」
「でも、ネロビーストで運営のキャラじゃないから、アタシたちが倒せないように仕組まれても~」
「ここに来る前にカーミラに聞いたんだけど、『そもそも倒せないのであれば制約になれない。条件を示しているなら、必ず倒せるようにはなっているはずだわ』って言っていたぜ」
「ってことは、なんらかのギミックがあって倒せないってことだね」
「……そのギミックを解いたらダメージが増えたりする?」
「でも、バリアみたいなものはないし~」
「だよね~」
「ギミックか~こういうのは紅葉の方が詳しいだろ」
「私としてはわざわざネロが魔王の権能を奪ったシーンを入れてくるのが怪しいと思うんだよね。ぶっちゃけ、あれを入れなくてもイベントは成り立つでしょう?」
「それもそうだな。ってことは、あのシーンをわざわざいれる理由があったってことになるな」
「……探偵ものなら証拠の提示」
「うん。だから、魔王の権能、部下の能力をコピーできるを使っているとは思うんだよね。問題はその能力で何をコピーしているかだけど」
「前、俺たちと戦ったときは大罪の悪魔の能力をコピーしていたんだよな」
「うん。どっちかというと部下というよりかは仲間だよね。だから、今回は三幹部繋がりで、蘆屋道満、リリスの能力をコピーしているとは思う。でも……」
「……あの硬さはおかしい」
「ビクともしないもんね~」
「他にも能力をコピッているんじゃない?」
「でも、見ず知らずの奴をコピーしていたら、理不尽すぎるよな」
「っとなると、今回のイベントで魔王軍側で能力をコピーできるのはあと一人しかいない」
「……魔王ラースだけ」
「ラースの能力は知っているぜ。仲間を倒されれば倒されるほど能力が上がる。ってことは」
「アタシたちがローマ兵を倒したらダメじゃん」
「つまり、攻略するにはローマ兵をタンク側ができる限り倒さないようにしつつ、ネロビーストから引きはがす。ヒーラーはタンクを集中して回復、火力はゾンビ戦術でいいからネロビーストに突撃するのが正解ってことになるね」
「……ローマ兵が妙に弱いのは、タンク側なら容易に耐えられるようにするため」
「アタッカーが無双できるのは罠だね~」
「よし、魔王の権能のこともラースの能力も一緒に戦ってくれたダイチさんたちなら知っているし、そのことを伝えようぜ」
みゅ~の面々は再びゲーム世界へとログインし、ギルドホームで休憩していたダイチに事情を話す。ちなみにハクエンは事前に『今年は忙しいから無理』と事前に断りを入れている。
「それは一理あるな。俺はそろそろログアウトして休憩に入るから、8時くらいにしか戻ってこないけど、先に他のギルドにもこの情報を伝達して、共同作戦とれるようにするよ」
「助かります」
「別に良いって。俺たちも、このペースだとクリアできないと思っていたから、突破口になりうる情報は欲しかったところだ。さてと……これでよし」
連絡を入れた後、ダイチがログアウトし、ミクたちはイベントに戻る。さすがに連絡を入れたばかりなので動きに大きな違いはないが、ミクはローマ兵を引き離す係、ダクロに切り替えた紅葉は前線に向かって他のタンク役に伝令を入れつつ地上での指揮、ゆっちーと猫にゃんは空からの攻撃を始める。
「こっちにこい、【挑発】」
攻撃の手が緩くなっている場所から、ヘイトを奪い、ローマ兵を引き付ける。弓矢による集中攻撃にさらされるも直撃コースにくる矢だけ弾いていく。倒す必要が無いのであれば、防御力が下がるスキルは使う必要性は無く、しかも今は夜。仮に攻撃が当たっても、そう簡単には落ちない。
「再度挑発して引き離そう」
上空から見ればぞろぞろとローマ兵の一部が少しずつではあるが、前線を離れていくのが分かる。他のプレイヤーが横取り、ちょっかいをかけようにもチートプレイヤーを倒したことが広まっているせいか、誰も手出ししてこない。
そして、他のプレイヤーも連絡が伝わったのか、ローマ兵を引き離す行動をとり始める。それに伴い、倒されるローマ兵が少なるにつれて、ネロへ与えるダメージがじわりじわりと増えていく。
「HPが減り始めた!」
目に見えてダメージが増えたことから、他のプレイヤーも低レベルであろうとローマ兵の攻撃はやめて、本体であるネロへ集中砲火していく。5時間で2%弱しか削れなかったネロだったが、ダイチたちが戻ってくる8時ごろには10%弱まで削れる。その差にダイチが驚きながらも、他のタンクと交代する。
「3時間で7、8%ってことは単純計算だと1日で半分削れる計算になるが……」
真夜中は攻略ペースが落ちることを考慮しても3日で終わるイベントを1週間やるつもりなのだろうかと思いながら、攻撃を受け続けるダイチ。相手、ネロからの攻撃パターンが変わらないか横目で見つつ、警戒する。
「異界の者たちよ、まだあきらめずに立ち向かうか。よかろう、少しばかり本気を出し、我の相手に相応しいか見定めようではないか。出でよ、混沌四神」
空中から描かれた魔法陣にローマ兵の一部が吸い込まれて中から、青龍の頭、朱雀の羽、玄武の甲羅、白虎の手足を持つキメラが現れる。ローマ兵の攻撃を受け続けていたタンクやヒーラーたちにキメラが襲い掛かっていく。
反撃を試みるも、巨体な割には俊敏に動いて躱してきたり、並の火力ではダメージが通りにくい程度には防御力も高い。そして、口から強力な水のブレスを吐いての攻撃、防御貫通効果のある強靭な爪でひっかいてきたり、上空から羽から炎の羽を飛ばして後方のヒーラーをまとめて潰してきたりとローマ兵の処理どころではない。
「ローマ兵はひとまず後だ。まずはキメラの動きを封じ込めろ、チェーンバインド!」
ダイチの掛け声に合わせて多種多様なバインド攻撃がキメラに向かって襲い掛かる。さすがに動きが早いとはいえ、巨体は巨体。すべての攻撃を防ぎれるわけもなく、キメラの手足を縛る。そして、タンクがキメラに気を撮られている隙にローマ兵がぞろぞろとネロへの周りに戻っていき、火力の攻撃に巻きまれてネロへのダメージを減らしていく。
(これはキメラの対処班、ローマ兵の対処班、ネロへの攻撃班に分かれる必要がある……)
複数人がかりで動きを封じても、キメラに通じるアタッカーがいない。キメラへの対処班にもアタッカーが欲しいところだ。ネロへのダメージは減るだろうが、先ほどのペースならば、仮に半分のアタッカーでも1週間内の撃破は満たせる。
(周りとのギルドの連携が大事ってか。こいつは良く作られているイベントだ)
ならば、すぐに対応しなければとチェーンバインドの効果が切れると同時に他のギルマスたちに連絡を取る。ときどき地上に降りてくるが、メインは空中戦。空を飛べてタンク役になれる者は少ない。空を飛べる種族は大体が、低防御力の高機動アタッカータイプ。居るとしても回避盾だ。
(その分、あの羽による範囲攻撃は厄介だ。だが例外はいる)
ダイチは上空にいるその数少ない例外に向かって叫ぶ。
「ミク!お前はこのキメラの相手をしろ!他のギルドからも応援を出してもらえるようにするが、そいつに限ってはお前が切り札だ!」
「ああ、わかったぜ!」
雑魚相手するよりかはイキイキとしてミクが上空で暴れまわっているキメラに向かっていくのであった。