第122話 黙示録の獣 part1
12月24日12時前。世間ではクリスマスで恋人たちがデートをしている中、ミクたちはゲームにログインしていた。ギルド内での話し合いの結果、まだ対処しやすそうなリリスからの攻略をしていくこととなった。
「いよいよだね」
「ああ。ネロがどういう手を使ってくるからは分からないけど、今回は全プレイヤーが相手なんだ。そう簡単には負けねえよ」
「頑張るにゃん」
「今回は撮影バリバリでいくよ~」
なお、作戦ネタバレ防止のため生放送ではなく、撮影後のをネットにあげる予定だ。そして、時間が12時になった瞬間、プレイヤーの目の前にウィンドウが現れ、決戦の場となる荒野にワープホールが形成され、ラースと三幹部たちが現れたことが告げられる。
「ついに長きにわたる戦いに終止符を打つ時が来た。此度の戦いで我らが勝利し、人間の王に降伏を認めさせるのだ」
「その前に陛下、一つ進言したいことが」
「なんだ?」
ネロがラースに向き合い、目にも止まらぬスピードで近づき、胸を貫く。まさかの反逆行為にラースはおろか、リリスも道満も何が起こったか分からず、まるで時が止まったかのようだ。
「余に命令できるのは余だけだ。魔王としての権能をいただくぞ」
「うぐっ……」
「ムムム、いくらネロ殿と言えども少しおいたが過ぎるのでは?」
「蘆屋道満、貴公が中立的立場をとろうとして人間や天使どもと取引しているのは分かっているぞ。そして、リリス、お前も人間側に肩入れをしている。お前たちも魔族に不要だ」
「やはりバレていましたか。仕方ありません。此度の決戦礼装、ここで使わせていただきましょう。出でよ、混沌四神――」
「それでも、やって良いことと悪いことくらいあるでしょう。こうなったら、私の真の姿で――」
「遅い」
二人が奥の手を使う前に一陣の刃で叩き斬る。バタリと倒れた二人を見たプレイヤーに「事前情報と違うんだけど」と困惑の声があがる。
「傲慢で強欲にまみれ贄に選ばれた者たちよ、余の力になるが良い」
ネロが剣を掲げると、フォーゼの外で待機していたプレイヤー数人が消える。その光景にざわつく中、ネロの剣に魂のようなものが吸い込まれていく。
「世界よ、余は人間を滅ぼすため、人の姿を捨て獣になろう」
ネロが巨大化していく。いや、巨大な獣になっていく。強靭な4本の足、背中には天使のような翼が生え、首は7つに分かれ、合計で10本の角が生えているドラゴンのような見た目の頭。
「余は皇帝ネロ・クラウディウスにあらず、我は黙示録の獣ネロ・クラウディウス・ビースト。我が本気を出せば一瞬で人類を滅ぼせるが、神は7日間で世界を焼き尽くしたという。ならば、我も7日間で世界を滅ぼすとしよう」
フォーゼに雷雲が立ち込め、豪雨が降り注ぐ。終焉の時といった感じの天候になったところでウィンドウが閉じ、イベントが開始される。そして、再度イベント情報をみるとイベント内容が書き換えられ、勝利条件がイベント期間内でのネロ・クラウディウス・ビーストの撃破となっており、ギルド報酬も撃破報酬に加わるとのことだ。
「イベント丸ごと変更とか聞いてないぞ」
「やりやがったな運営!」
文句を言いつつもどこか楽しげな声で話しているプレイヤーたち。事前に立てていた作戦はすべて白紙になったが、サプライズは何よりも好きなのがゲーマーの定めなのだ。そして、次から次へとワープホールに飛び込み、ネロビーストが待つ荒野へと飛んでいく。それを見たミクもまた飛び込み、変わり果てたネロをその眼で見る。
「芸術だとか言っていたのにそんな姿になっちまって……」
思う存分やりあったミクだからこそ、どこか憐れむようにつぶやく。そんなとき、現実世界にいるみっちーから連絡が入る。何かと思ってそのコメントを読むと台風が発生して、オーストラリアで大雪が降っているとのこと。
「何言っているんだ?」
「……よくわからない」
「とりあえず夕ご飯までは頑張ろう。そのときにみっちーから話聞けばいいよ」
「だな」
頭を切り替えて、ネロビーストをみる。ネロビーストが召喚した大量のローマ兵がプレイヤーたちの接近を拒み、たどり着けるのは空を飛べるプレイヤーたち。9つの首から吐かれるブレス攻撃を躱し、ネロビーストに向けて攻撃を与えていくが、勝負は始まったばかり。まだピンピンとしている。
それに負けじとミクも空を飛び、ネロに攻撃を当てていくうちに違和感を覚える。その違和感に気づいたとき、ハッとした表情をする。
(おかしい。ネロはSecret OSを取り込んでいたはず。眼はどこ行った?)
無論、ドラゴンヘッドに眼はあるが、それはSecret OSとは異なるデザインの眼。ミクは攻撃を中断し、ネロの周りをぐるりと一周してもそれらしきものが見当たらない。
(まずい。もし、いや間違いなくネロはSecret OSを使うはず。使わない理由なんて無いからな。だとすれば、眼を見つけない限り、俺たちはダメージを与えることができずに負ける!)
ミクは急いでみゅ~と紅葉たちにSecret OSの眼が見当たらないことを伝える。
「どうする? ダイチさんやハクエンさんに事情を話す?」
「話そう。以前戦ったことは伝えたし、そのときの弱点部位が見当たらないって言えば、探す人員くらいは貸してくれるかもしれない」
「善は急げにゃ」
「シルちゃん、道を開けて」
シルバードラゴンのブレスがローマ兵をなぎ倒し、ぽっかりと開いた道を作る。幸いにも出てくるローマ兵は無双ゲーの雑魚並みに弱く、低レベル初心者救済用の雑魚といったところか。そして、ダイチが戦っている最前線まで行き、事情を話す。
「別個体だから無いと思うんだが……もし、その黒い目とやらを見つけたらそこに攻撃を集中すればいいんだな」
「それでお願いします」
「了解。こっちは今のところは大丈夫だから、思う存分暴れて来い」
話を終えて周りを見てみるとローマ兵はタンクがひきつけて、火力のあるメンバーや空を飛ぶことができるメンバーをネロビーストに向かわせる。ローマ兵の処理は、指導もかねて最近入ってきたレベルの低いプレイヤーに任せているみたいだ。
ひとまず、ミクはネロビーストのⅠの文字が額に描かれているドラゴンヘッドへと向かう。Ⅰの頭は炎によるブレスと時折飛んでくる鱗カッター程度。躱すだけなら容易で、人型形態の方がもっと厄介だったと思いながら、聖剣で切り付けていく。
イベントから数時間後、集中力も途切れ、やられていくプレイヤーも続出していくが、ネロビーストのHPはミリも削れていない。どれだけ膨大なHPがあるんだと愚痴をこぼしながら去っていくプレイヤーを横目にミクたちもまたログアウトによる休憩をとるのであった。
「う~ん、疲れた。そういやみっちー変なこと言っていたし、調べてみるか」
スマホで台風情報を調べると、日本に向かってくる5つの台風がはっきりと映し出されていた。冬の五輪台風と言われたこの台風は冬にもかかわらず、勢力を増しているとのことだ。さらにオーストラリアを調べると夏にもかかわらず、大雪が積もり、各地で交通マヒが起こっているそうだ。さらにヨーロッパは40度を超える真夏日、アメリカではハリケーンと地震が各地で発生し、甚大な被害をもたらしている。
「一体、なにが起こっているんだ?」
それらの異常気象が今日の12時に一斉に起こったらしい。このことからSNSでは#地球最後の日というハッシュタグまで付いている。
「……俺との戦いで攻撃や補助技は実体化している。まさかネロは現実世界に直接攻撃しているのか!?」
世界を滅ぼすというのはこういうことだったのかと思いながら、VR装置を睨め付けるのであった。