第119話 顕現する黄金劇場
黒と金。二人の刃が交差する。一閃、二閃と交わるたびに観客たちの声援は小さくなる。それはネロが圧倒しているからでもなく、ましてやミクが圧倒するわけでもない。派手な技の報酬でもなく、互いの力量を確かめるだけのぶつかり合い。観客たちは応援を忘れ、固唾を飲んで見守る。前の試合、いや今までの試合はこのための前座に過ぎなかったのだと。
(単純な速さならこっちが上。でも硬い)
「(対応できないスピードではないが、こちらも攻めあぐねているか) 良い剣だ。良い師を持っているとみた」
「なんせ俺の師はNo.1だからな」
「余を置いてNo.1か。気に食わんな」
再び二人の剣が交わる。ミクがカウンターを狙おうとしても、ネロの剣は鋭く隙が無い。おそらくカウンター不可の攻撃。ノーマル状態での接近戦、あわよくばカウンター狙いの戦術はきびしいかと思い、ひとまず距離をとる。
「遠距離ならどうだ。【絶対氷血】」
青いドレス姿になったミクが宙から氷の弾丸を放つ。それを剣筋が見えぬスピードですべて叩き落していくネロ。生半可な遠距離技は通用しない。となれば大技を使わざるを得ないが、ネロは鈍重というわけではなく、攻撃時の隙が大きく連射できないというデメリットがここにきて重く伸し掛かる。
「まずは足を止める。アイスコフィン!」
「その程度の氷効かぬわ。グランドフレイム」
足元から凍てつく氷を地上から発する炎で溶かし、氷結状態を防ぐ。それと同時に炎を竜の形態に変化させて、ミクに向かわせる。防御と攻撃を兼ね備えた一手。ミクが次の一手を考える暇もなく対処に追われる。
「フロストタワー!」
炎の竜の頭上に氷塊が現れ、押しつぶす。高熱で水になったことで地面に残った火も消火するおまけつきだ。ネロもまたミクの防御と追撃の炎を同時に防ぐ一手に感心する。
「ならば、今度はこちらから行くぞ」
刃に炎を纏わせ、炎の斬撃を飛ばす。それも一つではなく複数しかも斬撃に纏わせた炎も合わさり、逃げ道はほぼない炎の壁と化す。いわば範囲攻撃。しかも斬撃なため、氷塊程度では防ぎきれず、炎を無効にしても飛ぶ斬撃が残る。これを受けて生き残れるのはよほど硬い相手だけ。少なくともミクのような避けるタイプの敵には必勝の攻撃とネロが自負する程度には愛用の攻撃だ。
「【ENVY】!」
だが、現実はそうはならない。ミクは【ENVY】で弱点属性である火属性を火属性耐性に変えて、斬撃がまき散らす炎の壁へと突っ込む。どこに斬撃部があるからはその特異とも呼べる動体視力で見えている。斬撃部に当たらないように突っ込み、杖の先端をネロに向ける。
「オーロラビーム!」
仕留めきれなくとも手負い状態であろうと過信していたネロの下に極光のビームがさく裂する。防御をとる暇もなく直撃したことで、ネロの鎧に傷がつき、防御力低下のデバフがかかる。この機を逃すまいと距離をさらに詰める。
(接近戦を仕掛けるだと……!?)
ミクの獲物は杖。杖術をたしなんでいれば接近戦はやれなくはないかもしれないが、本来の力を発揮するのは遠距離戦。そのセオリーに反しての突撃に意表を突かれたネロは罠かと思い、反応が半手遅れる。高速戦闘をもとに戦うミクに対しては一手を打つ機会を与えることとなる。
「ダイヤモンドダスト!」
「目くらましか!」
白い霧が噴出し、ミクの姿を覆いつくす。やみくもに剣を振るっても攻撃を与えることができないこの状況下でネロは居合の構えをとる。近づいてくるものには斬撃。万が一のために、足元には少々の水では消えぬ炎を這わせている。
1秒、2秒……対峙している者には永遠と思われるほどの短い時間が経ったとき、ネロの背後から風切り音が聞こえる。視界不良からの背後攻撃は確かにセオリー通り。だが、彼女がそのセオリーを果たして守るのだろうかという疑念がある。
地面に這わせておいた炎を噴出させて壁を作る。そこに突き刺さったのは杖の先端に氷でできた穂先。それを【PRIDE】で握らせてぶつけてきたのだ。
(やはりこれは陽動。となれば……)
ネロは意識外にあった頭上を見上げると、白い霧からオーロラの光がわずかに漏れ出している。もし、霧がなければ、避けるなり迎撃することは容易であっただろう。この霧は自身の姿を隠すためだけでなく、本命の攻撃を隠すためでもあったのかと合点のいったネロは己の魔力を最大限に込めたX字の斬撃を放つ。オーロラの筒から離れた光線とぶつかり合った斬撃は、数瞬拮抗した後、その光線を切り裂いていくのであった。
「がら空きだ、ゼロ距離アブソリュート・ゼロ!」
たとえ、ネロであっても不意打ち気味にオーロラボレアリスを撃たれれば隙ができるだろうと考えたミクは彼が迎撃している間に【PRIDE】を引き寄せって杖を回収。ネロの近くで息を潜めていたミクが突撃し、ネロの体に杖の先端を押しつける。そこから放たれた絶対零度の息吹はネロの鎧を凍り付かせていく。
「変身解除、【属性付与(火)】」
切り札を使い果たし、【絶対氷血】を維持する必要が無くなったミクは元の姿に戻り、手にした名も無き聖剣に火属性を付与する。ミクの奇襲に不意を突かれた反撃に移ることすらもままならないネロ。そんな彼に振りかざした一撃は彼の鎧を粉々に打ち砕く。
「我が鎧が……!?」
「どんなものでも、急激に温度をかけたら割れるんだぜ」
ましてや絶対零度からのヒートショックなど想定していないだろう。与えられたダメージ以上にあっけなく鎧、いや戦闘に関する自信を打ち砕かれ、茫然自失するネロ。畳みかけるなら今だと【幻影の血】を発動させる。霧に覆われている中、分身との繰り出される連続攻撃にネロはただ受けるだけであった。
(攻撃してこない……? いくら視界不良とはいえ、防御をとるなり、反撃をするなり何らかのそぶりはするだろ。それすらもしてこないってことは……)
わざとミクの攻撃を受けているということになる。タイマンでの戦いである以上、耐えれば増援がやってくるわけでもない。つまり、それは己の未熟さを捨てるための代償行為と考えた。
(まずいな。分身を使うの先走りすぎたか?)
いや、そんなことはないとすぐ否定する。変身を解いた以上、白い霧はいずれ消える。それまでの間、HPを削れるだけ削るのは間違いなく正しいはずだと。
少しでも多くのHPを削るべく攻撃をしつづけ、ダイヤモンドダストの効果が切れる頃合いを見計らって、何をしでかすか若わないネロから距離をとる。
霧が晴れた時、ネロはわずかに残っている鎧の装甲すら外し、裸体の上半身をさらけ出す。無駄な筋肉が付いていない、ローマ彫刻のように鍛え上げられた肉体。間違いなく彼は芸術であった。
「認めよう。お前を我と並びうる豪傑であることを。認めよう。我に一縷の慢心があったことを。このネロ・クラウディウス、貴公を最大の好敵手と認め、このマスクを外すとしよう」
「要はここからがほんば……」
流れは来てても、油断せずに気を引き締めようとしたミクがネロのマスクを外した姿を見た瞬間、絶句する。ネロのマスクで隠れていた眉間には第3の眼が刻まれている。しかも、それはただの眼ではなく、Secret OSと酷似した眼がぎょろりとミクを見つめている。辺りを見渡しても、ノイズは無い。ただそういうデザインなのかと思いながら、ネロを睨みつける。
「ほう。その様子だとこの眼が何かわかっているようだな」
「ってことは、Secret OSの……」
「さよう。異次元を侵略する兵器、いや、異次元からエネルギーを取り出すための楔といったほうが良いか」
(エネルギーを取り出す? 侵略する兵器じゃないのか!)
「ただの兵器と思っていたか。どうやら真意までは気づいていないようだな」
「……どこまで知っているんだ?」
「これを作った奴の思惑など知らぬわ。だが、これを喰らった時から使い方は分かる。顕現せよ、我が黄金劇場!」
劇場に居た魔族やモンスターにノイズが走りながら消え去り、現れたのはスマホを片手に撮影している人たち。出で立ちや風貌から察するに観光客やフランス人らしき人々が突如現れた二人に驚愕している。そして、自分の身体やネロを見ると、ノイズが走っていることが分かる。
「これは一体……」
「黄金劇場を類似するコロッセオに置換したのだ。これぞSecret OSの正しい使い方。異世界を滅ぼすのはあくまで副次作用。本来の用途は平行世界を分解することでエネルギーを抽出し、お前たちで言う現実世界に再構築する。分解と再構築、錬金術の基本だな」
「ここでも錬金術……いや、待て!錬金術が発達したのは中世!暴君ネロが活躍したのは古代ローマ。時代が合わない」
「ならば、こう考えればよい。我がローマ帝国は世界を支配し、不老不死の法を見つけたと」
「そんなものが有ったら歴史が……そうか。お前は平行世界の暴君ネロ!暴君ネロに不老不死を求めた逸話は聞いたことないけど、平行世界なら秦の始皇帝みたいに富と権力を得た後に不老不死を求めてもおかしくはない」
「その通り。我がローマ帝国を滅ぼしたこの兵器は憎みはしたが、手に入ったとなればまた別。芸術すら忘れた今の腑抜けたローマを滅ぼし、我が新生ローマ帝国の復権に有意義に使わせてもらう」
「生まれ故郷でも何でもないけどよ、勝手に滅ぼすんじゃねえ!」
「ならば、余を倒してみよ!我が手にした兵器は一つ故、時間はかかるが我は実体を持ち、貴様らで言う暴君になるであろう」
「ああ、やってやるぜ!【鮮血の世界】」
相手も切り札を切った。ならば、こちらも温存していた切り札の一つ【鮮血の世界】を使う。突如、夜になり、足元に血が流れている光景に観光客たちはパニックを起こしながら、黄金劇場と化したコロッセオから出ていくのであった。