第117話 黄金劇場へ
「できたぞ!」
鍛造を終えたリンが扉をバンと開けて、ハクエンやダイチたちと話しているミクの元に駆け寄る。話の途中とはいえ、出来上がった新武器にはハクエンたちも興味があるようなので、ミクがその剣を取り出してみる。淡く青白く光り輝く剣。剣に見分の無いミクでさえ、見るものを魅力させるような白銀の剣。
「すげーきれいな剣。博物館にでも飾られていそうだ」
「リン、なんていう剣だ?」
「名も無き聖剣っていうらしい」
「聖剣? エクスカリバーとかデュランダルみたいな?」
「そうだろうよ。もしかするとさらに鍛えるとそういった武器に進化するかもな」
「いや、ここはイベントで進化だろ。案外、アーサー王がどこかにいて力を貸してくれるかもしれない」
「そのアーサー王が男か女か気になるところやな。織田信長くらい性別変わるさかい」
「王様なんやから渋めのおじさまや」
「なに言うとるねん。そんなんで顧客がくいつかんやろ。美少女剣士に決まっとる」
「ええ~、たまにはど真ん中ストレートで王子様系だよ。みっちゃんはどう思う?」
「そもそもアーサー王と言われてもあまりピンとこないし……そもそも、ゲーム内にいるかも分からないし……」
「もう現実見すぎ」
「オタクなら、色々なジャンルに手を出さんとあかんで」
「俺、オタクじゃねえし……まあ、聖剣になっても王家の剣と性能はそんなに変わっていないし、いや、ショートソードから普通くらいには刀身延びているけど……そんなに変わらないかな」
むしろ、普段使いしている剣と同じ長さになったことで扱いやすくなったまである。試し切りしたいところではあるが、今日はチーターたちとの戦いから始まり、気を抜けない戦いが続いたこともあって、休憩しようとログアウトすることにした。
その一方、WCO運営はチーター対策に追われていた。通常ならば、チート報告された疑惑のあるプレイヤーを一時的に凍結し、その真偽を確かめるのだが、今回用いられてるチートは凍結すらできないものだ。普通に考えれば、大本のデータを握っている運営がプレイヤーのデータをコントロールできないのはおかしい。つまり、誰も気づかれないような高度な技術を持つ誰かが外部からハッキングされているのか、それとも内部の犯行なのか……『真実』を知らない一般職員たちは後者の可能性がよぎり、社内の雰囲気はギスギスしはじめていた。
その中、九朗は秘書が持ってきた社員たちが纏めた報告書を読み、少し頭を押さえていた。
「チート能力は誰かに負けると消失し、その痕跡は一切残らないか……厄介だよ」
「ええ、証拠無しにアカウント削除となると、冤罪がはびこる可能性もあります。証言、画像、動画……素人でも捏造できますから」
「素人の捏造なら精査すれば見分けはつく。だが、想定外の業務が増えると、こちらの計画に支障が出る」
「誰が、いえ単独犯とは限りませんが、このツールを作ってばら撒いたのでしょうか」
「誰だと思う?」
「中国、アメリカ、ロシア……大国に所属している悪質なハッカー、いえ、っ子の場合はクラッキング軍団だとは思いますが」
「違うな。これはとてもじゃないが、人間が作れるものではない」
「では、人外。まさか妖怪の仕業とでも?」
「彼らでも中に入り込むくらいはできるだろうが、ゲームという世界に所属している以上、こちらのルールにある程度は従う必要はある。それでも人知を超えた力を発揮するとは思うがね」
「……では、誰が?」
「世界だ。世界そのものが、最期の悪あがきとして我々が培ってきたVR技術を潰しに来た。これは間違った発展だ。許してはいけないとね」
「世界そのものが敵。それなら、自然災害を起こすでも……」
「例えば、日本で南海トラフのような大地震と火山の大噴火が一斉に起こり、滅んだとしても、世界中に広まったVR技術を消し去ることはできない。いずれ、第2第3の私がでてくるとは限らない。だからと言って、隕石を落下させて人類滅亡は世界が望むところではない。つまり、VR技術そのものが軟弱で危険なものだと世界中にいる人類にアピールさせ、人類自身にその機能を大幅に制限させないといけない」
「なるほど」
「となれば、世界が大きく仕掛けてくるタイミングは自動的にわかる」
「と言いますと……」
「年末の大型イベント。あらゆるゲームが年末商戦として力を入れてくる。今のアクティブユーザーは言わずもがな、配信者とその視聴者も集中してアクセスしてくる。もし、そこでイベントが失敗、ユーザーに何かしらの損失を与えたとしたら?」
「現状のVR技術は危険だ。規制しろという声が上がると」
「そして、世界から目の敵にされている私たちだ。他社はともかく、私たちのイベントを失敗させるように積極的に働き、イベント失敗からの炎上でこのゲーム自体をサービス終了に追い込ませ、あわよくばVR技術を衰退させる。それが世界の筋書きだろう」
傍から見れば、チートツール対策せずに大型イベントを開催せた愚かな運営。しかも失敗したのが自分たちのところだけとなると……なるほど、これはネットのおもちゃになりかねない。と秘書は思う。
「2度に渡る世界の妨害は失敗している。しかも、2度目は歴史改ざんしているおまけつきだ。3度目も失敗したとなれば、世界が抵抗する力はほぼ失われる。つまり、この年末イベントの妨害を乗り越えさえすれば、我々の計画は一気に進む」
「すべては年末に決まると」
「ああ。仮に奥の手を使ったとしても、他が計画通りなら多少遅延したとしても来年の夏ごろには計画は成就する」
(一気に半年も……!? )
大幅な計画の短縮に秘書は大きく目を見開く。もし、そうだとすれば、息子に会える日が一気に近づいたも同然だ。それは一般職員以外の社員も同じだ。何と言っても約束の日が来たら、全ての願いが叶うのだから。その日さえ来たら、全ての人々が救われる。救済の日だ。
世界がどのような妨害をしてこようと、乗り越えようと躍起になるであろう『真実』を知る特別職員に発破をかけようと秘書は部屋から出るのであった。
そんな陰謀が進んでいるとは知らないミクは休憩を挟んだ後、ネロの待つ黄金劇場へと向かおうと船を探すも中々借りられない。
「さっきも断られたんだけど、どうしてだよ」
「そりゃあ、お前さんの指し示すバミューダ海域は近寄ったら二度と戻れないと言われている魔の海域。誰もあそこに船を出そうなんざしないべえ」
「戻った奴はいないのか?」
「儂が知る限りいない。行けるとしたらよほどの腕を持つ奴か命知らずだけじゃろ」
「知り合いにそういったのは? 噂だけでも良いんだけど」
「出せるとしたら……わしが若いころに聞いた伝説の船乗りだけじゃろうが、もう生きておるまい」
「困ったな……教えてくれてありがとう」
「あいよ。ところで、今朝釣れた魚はいらんかね?」
「じゃあ、1匹もらえる? お代は出すよ」
「あいよ。150G確かに」
御年輩の船乗りに頭を下げて船着き場を後にして、適当なカフェで一休みする。頼んだトロピカルジュースを飲みながら、どうやって海を渡るか考える。
「さてと、どうするかね……腕があって命知らずな奴なんてそういるかな」
いつものレンタルで船を貸してくれるところもこの海域は駄目だと断られ、駄目もとで行った漁船も当然のごとく断られた。どうしたものかと思いながら、甘さ控えめのショートケーキを食べる。ちなみにイチゴを最後にする派だ。
(命知らず……荒くれ…………海賊?)
ワンチャン、海賊ならいけるか? と思う。だが、海賊を力で従えたところでおとなしく行ってくれるだろうか。男の土生よりもおいしく感じられるケーキを食べながら、結論付けていく。
「無理そうだよな~」
残ったイチゴをパックンと口に入れる。イチゴの甘酸っぱさがミクの脳裏にある人物を思い起こさせる。
「そういや海賊といえば、黒ひげがいたな。異世界人だけど、協力してくれ……船がない。あっ、でも、黒ひげのところまでは船のレンタルはできるから……行けるか?」
やれる可能性があるならやってみる精神で作戦を立ててカフェを後にする。店で準備を整えた後、レンタルで借りた船にのって黒ひげのいる島まで赴き、船乗りには危険だからここで待ってもらうように指示する。洞窟の中に入ってみると、黒ひげが酒を煽っていた。
「黒ひげ、お酒と新鮮な魚持ってきたけどいる?」
「おお、それはかたじけない。わざわざ手土産まで持ってくるとは……何か取引でも?」
黒ひげの目がギロリとこちらの意図を見抜かすような鋭い眼光へと変貌する。酒浸りのおっさんではなく、ここにいるのは伝説の大海賊エドワード・ティーチそのものだ。
「取引ってわけじゃないけどかくかくしかじか……」
「……ウマウマというわけか。事情は分かった。ならば、俺様がその魔の海域やらまで運んでやるよ」
「やりぃ」
「というわけで両手を前に出せ」
「こう?」
ミクが手を前に出すと目にもとまらぬ速さで床に落ちていたロープでミクの両手を縛り上げる。名人芸ともいえる一瞬の出来事にミクは目をぱちくりとする。
「な、何するんだよ!」
「このまま大人しくついてこい」
言われるままに黒ひげの後を追いながら洞窟の外へと出る。外には当然、船で待機している船乗りたちが数人いる。そんな彼らが見たのは人相の悪い男に縛られている客。
「お、お客様!」
「おっと、動くな。こいつの命が惜しかったら、おとなしくその船を寄越しな」
「うぐっ……」
黒ひげが戦闘能力のない船乗りたちに銃口を向けて全員降ろし、代わりにアンデットの骸骨船員が乗り込んでいく。岸から十分に離れたところで、黒ひげがカトラスでミクのロープを切り、解放する。
「ったく、演技させるなら説明しろよな」
「これが海賊流って奴だ。これで邪魔する者はいない。それにだ。黄金劇場とやらで奪った宝の一部は頂くぜ」
「元からただ働きさせるつもりはねえよ。だけど、どの宝をやるかは要相談な」
「ハッハー、そいつは気のいいことだ。どうだ、俺たちと一緒に海賊でもやらねえか。女海賊ってのも悪くないぜ。確かアン・ボニーというガキもやっていたくらいだしな」
「名前は聞いたことあるけど……海賊するつもりは無いなぁ」
「なんどでもスカウトしてやるから、気が変わったら声をかけてくれよ。さあ、野郎ども!黄金眠りし宝島へ出向だ!」
「「「おー!」」」
「いや、宝島じゃなくて黄金劇場な……」
ミクのツッコミがかき消されるほどの歓声が沸き立つ中、黒ひげが操舵する船は黄金劇場へと向かうのであった。