第109話 ハイキング
中間テストが終わり、3連休に入った最初の休み。三雲と紅葉は電車とバスで恐山のふもとまでやってきた。行楽シーズンということもあって、老若男女問わず多くの人がリュックを背負い、ハイキングコースの紅葉やイチョウの葉の絨毯を歩いていく。
「10月なのにまだ暑いな」
「でも、夜は涼しくなったよね」
「そういえばそうだな。日陰に居ればマシだし」
空を仰ぐと雲一つない秋晴れの空。だけど、そこにはその情緒をぶち壊すような赤いヒビが広がっている。周りには見えぬ赤いヒビは夏に見た時よりも心なしか広がっているようにさえ見える。
「あのヒビがなければいいんだけどなぁ」
「だね。早く解決しないと、写真を撮るたびに映っちゃう」
「まったくだ」
山道を歩いていると、道の片隅にお地蔵さんが3体並んでいたので手を合わせて頭を下げる。さらに歩いていき、案内板と休憩所があったので自販機でジュースを買い、一息いれることにした。
「疲れた時は炭酸だよな」
「うん。疲れが一気に吹き飛ぶよね」
「ゲームも悪くないけど、やっぱ体を動かすのが一番性に合っている」
「みっちゃんはそうだよね~」
「紅葉はどうなんだ?」
「私はう~ん……みっちゃんと一緒ならどっちでも」
「なんだよ、それ」
「みっちゃんと一緒にいる時が一番楽しいだもん」
「お、おう……でもさ、俺が女になっていなかったら、違う学校に進学していたんだよなぁ」
「そうだねえ……そのまま疎遠になってってのは寂しいかも」
「だとしたら、女になってよかったのかもな」
「そういえば、元に戻りたいとかぼやかなくなったよね」
「元の世界が無事だったとしても、今更戻ってもなぁ……」
男のときは違うずっしりと重たい胸も長い髪にも慣れたし、辛い女の子の日も幾度となく経験している。口調こそ男のときと同じようにふるまってるが、がに股で歩くようなことも無ければ、スカートの中が見えないように歩いたりと所作はずいぶんと女の子らしくなっている。このまま、学園生活を続けていたら、自分が元は男という自覚さえ消えてしまうのではないかと思うほどだ。そんなとき、横に居た紅葉が三雲の手をそっと握る。
「大丈夫。みっちゃんがどんな姿になってもみっちゃんはみっちゃんだもん」
「……ったく、女々しくなったみたいだ」
「うんうん、夜はにゃんにゃん鳴いているもんね」
「おい、よせよ」
「むふふ、今日は寝かせないよ~」
「今日ものまちがいじゃね」
「そうだね~よし、休憩終わり」
「あとひと踏ん張り頑張るか」
空き缶をゴミ箱に入れて二人は歩き出す。モミジが舞い降りる中、鳥が何かの果実をつついている写真を撮ったり、山道からの街の風景を撮ったりしながら、キャンプ場へと向かっていく。今回は特に何事もなく登れたあたり、ヨーコとは出会えなさそうだと思いながら、レジャーシートを広げて少し遅くなったお昼を迎えることにする。
「じゃ~ん、サンドイッチとおにぎり」
「うまそうじゃん。紅葉一人で?」
「うん。文化祭の時に家庭部の人たちと仲良くなったからね。余った食材を引き渡す代わりに家庭科室貸してもらえたんだ」
「なるほどな」
三雲がおにぎりをパクリと食べる。やや塩気が効いているが、今日みたいに汗を流した日にはちょうどよさげだ。そして中身の具材はなんだろうと思いながら食べ進めると、シャキシャキと食べ応えのある何かが口の中にある。歯ごたえからして梅やカツオといった定番の具材ではない。その答えをみようとおにぎりの断面をみると黄色いものが見える。
「たくあん?」
「ぴんぽーん。正解」
「たくあんはおにぎりの具材じゃないと思うんだけど」
「でも、梅やカツオとかの定番だけだと飽きるでしょ」
「ツナマヨとか昆布とかあるじゃん」
「まあまあ、変わった具材あった方が面白いでしょ」
「まあな。次はサンドイッチを食べるか」
まずは手身近にあったハムサンドを食べる。ハムとマヨネーズはザ☆定番だが、そのほかにも細かく刻んだたくあんが挟まれており、定番のキュウリと同じくシャキシャキした触感が心地よい。そして、卵サンドを食べると、こちらにも刻みたくあんが入っており、意外とあう。
「まさかのたくあん押し……」
「たくあん一本で予算節約だよ」
「まあ、たまねぎとかキュウリとか別に買うよりかは安くつくか」
「さすが、みっちゃん。わかっている」
「だからと言って、あれやこれやと入れるのはどうかのう?」
「そうだよな……って、あれ?」
「今の声は……」
「「ヨーコ(ちゃん)!?」」
二人が横を見ると、そこにはおにぎりをつまんでいるヨーコの姿があった。尻尾を大きく揺らし、狐耳も隠す気もない。周りから変な目で見られるのではと思って三雲が辺りを見渡すも、彼女たちを気に留めるようなそぶりを一切しない。
「安心せい。ワシらのことは気づかぬように結界を張っておいた」
「さらりとすごいことをやってのけるなぁ……」
「ワシは元とはいえ、奉られた妖狐ぞ。これくらいは朝飯前じゃ」
「今は昼飯時だけどね~」
「それをツッコムのは野暮と言うものじゃ。こほん。で、ワシに何か用かのう?」
「実は――」
おにぎりやサンドイッチをつまみながら、今まで調べてきたことを話していく。そして、最後のおにぎりを食べ終えたところで、三雲の話を聞いていたヨーコが口を開ける。
「うむ。事情は分かった。結論から言うと、其方の身体を入れ替えたのはワシでも妖怪の仕業でもない」
「そうか。疑ってわるいな」
「そもそも、平行世界間の人間の身体を入れ替えるなど、ワシら人外の身でも相当きつい」
「できないとは言わないんだね」
「我らを敬い、畏れていた全盛期で徒党を組んでも良いのであればあるいは……といったところじゃ」
「妖怪を畏れるような時代となると江戸時代くらい?」
「そういや、ゲームの中だけどナイトメアも現代だとその実力を発揮できないみたいなことを言っていたな」
「うむ。その龍堂とやらがいるゲーム世界は限りなく平行世界に近い仮想世界、または平行世界そのものかもしれんな」
「マジ!? 最後、お台場壊滅しちゃったけど……」
「まあ、そこはその世界の住人が何とかするじゃろ。それよりも、全盛期のワシらに匹敵する力をもつとなれば、その者は世界に愛されている時代の申し子、あるいは世界そのものと言っても差し支えないじゃろ」
「世界って……いくらなんでも言い過ぎだろ」
「それくらいの気構えを持てということじゃ。色々と情報を貰った俺に、こちらも情報を渡すとしよう」
「おっ、なんだ?」
「ここ最近、WCOでチーターが流行っているというのは聞いておるな?」
「ああ、ハクエンさんから話が来ていたな。チート行為しているプレイヤーには関わらないようにって」
「絶対に破られないVR装置のプロテクトが破られたってネットニュースになっていたよね」
「うむ。なら、話は早い。そのチーターなのじゃが、どうもキナ臭くてな」
「そりゃあ、チートは良くないことだからキナ臭くて当然だろ?」
「そういう意味ではない。ワシも先日、チーターに出会ったのじゃが、あれは呪詛のような振りまいておる。幸いにもすぐ消えて無くなる程度だが……塵も積もればというじゃろ」
「呪詛って呪いのことだろ? チートってのはあまり詳しくないけど、要はコンピュータのプログラム。そんなのに呪いとかあるの?」
「牛の刻参りというのは知っているじゃろ?」
「夜中に藁人形にくぎを打つ奴だろ。それがチーターと何の関係があるんだ?」
「ただの藁には呪いなど関係ない。藁人形にしてもな。ただ、それを決められた手順で儀式を行ったときに呪いというのは発動する。この場合、チートは藁人形、悪意を持ったうえでゲームをするというのが儀式に相当するというわけじゃ」
「う~ん、イマイチよくわからないような……」
「分からないのであればチートを使ったら呪われると思えばいい。そして、呪詛というのは数が多く集まれば呪詛も強力になる。一人で使う分ならともかく、多数使い始めたらどうなるかワシにも分からん」
「教えてもらったのは良いけど、正直、俺たちがやることはないよな」
「うん。見かけたら運営に報告するくらいかな」
「それが良いじゃろ。もし、チーターを見つけたら戦おうとせずにワシら【厄災PANDORA】に連絡してくれ。厄を払うくらいなどお茶の子さいさいじゃ」
「ああ、わかったよ。リアル呪いなんて俺たちにどうしようもないしな」
「うん、餅は餅屋っていうしね」
「そろそろ外に出るのもキツイ。では、これでおさらばじゃ」
ヨーコが粒子となって消えるも周りの人間は気に留めず、雑談やキャンプを楽しんでいた。
「まあ、もう少しくらい紅葉でも眺めてから帰るか」
「だね」
そして、一陣の風が吹き、秋の匂いと心地よさを二人に感じさせ、ゲームのことや世界のことなどこの瞬間は忘れるのであった。