第107話 お台場大決戦
【見てください、私たちの下で突如東京湾に現れた大怪獣が今まさに破壊の限りを行っています】
赤みかかった肌の怪獣が炎を吐き、お台場海浜公園を文字通り火の海へと変えていた。そして、テレビ局、ダイバーシティを破壊した怪獣が次に目標に据えたのはハエの如く飛び交っているマスコミのヘリ。ギロリと睨め付けられたことにぎょっとしたヘリのパイロットが慌てて急旋回するも、ヘリの末尾に被弾してしまう。このままでは墜落してしまうとパイロットが操縦桿をガチャガチャするがコントロールが効かない。もうっ無理だと思った時、視界の隅でチラリと光るものを見る。それは夜空を裂く赤き閃光。
「やべえ!ヴァンパイアドラゴン、ヘリを助けろ!」
「ドラゴンではない、トカゲだ。ではない逆だ!」
ミクが召喚したヴァンパイアドラゴンが墜落寸前のヘリをつかみ、地上に降ろす。破損したヘリの中からテレビスタッフたちが出てくるのを見届けたミクは改めて怪獣たちと向き合う。
「報道ヘリが1機堕ちたってのにまだ飛んでいるのかよ……だからマスゴミなんて言われるんだよ」
「あれらを守りながら戦うのはきついぞ」
「きつくても、見逃すわけにはいかねえだろ。トカゲ野郎はヘリの護衛。本体は俺が何とかする」
「承知した。それにだ、この戦闘中にあの乗り物が壊れていても仕方あるまいな?」
「手荒な真似はあまりしないでくれよ。まずはヘリからこっちに引き付ける。【挑発】」
怪獣が報道ヘリを打ち落とそうと口を開けていた時、その照準を空中にいるミクに向けさせる。そのとき、怪獣の口内に今まで戦ってきたSecret OSと同じ目玉がこちらを見つめていた。
「厄介なところにあるけど、今の俺ならいける!」
【灼熱の血】を発動済みのミクが炎を受けてもノーダメージ。むしろ、足を止めている今こそ攻撃の絶好のチャンスと言わんばかりに手にした鉄球を喉の奥に居座る目玉へと投げつける。
「よし、良いダメージだ。この調子で――」
だが、怪獣も手をこまねいているわけではない。炎攻撃が効かないと見るや、東京湾に飛び込むと、体表を青く染めていく。これはあからさまにマズイと思ったミクは距離をとろうとした瞬間、かすった建物が凍てつくほどの冷気を纏ったビームを発射してくる。
「【加速】!」
通常速度では避けきれぬほどの冷凍ビームを連射してくる怪獣。こうなれば切り払うしかないと、意を決して飛び込んでいく。躱せるものは躱しつつ、直撃コースだけを切り払いながら前へと進んでいくミク。そんな彼女を見て焦ったのか、怪獣が冷凍ビームの威力を上げるために大きく口を開けて溜め動作に入る。
「今だ!」
鉄球に切り替えている暇はない。手にしている剣をすぐさま投げつけ、【超加速】ですぐさま離脱。投げつけられた県が喉の奥に突き刺さり溜め攻撃がキャンセルされると同時に口元に溜めていた冷気を纏った魔力玉が暴発し、大ダメージを負う。
「やったか」
爆炎が晴れるとそこには青色から緑色に発光しながら、背中のとげをバチバチと鳴らし、今にも放電しそうな雰囲気の怪獣の姿があった。これはまずいと逃げようにも【加速】も【超加速】も使い切ったミクに躱す手段はない。天すら焼く雷撃の嵐が逃げ遅れた報道ヘリを爆発させ、地上に残っていた建物の残骸すら焼き払っていく。
「すまん、避難しきれなかった。そっちは大丈夫か?」
「【自己再生】のおかげで大丈夫だ。だけど、もう一度使われたまずいぞ」
「では、その前に倒すとしよう」
「でも、アイツの弱点は口の中だぜ」
「だったら、こじ開けるまでよ」
怪獣に向かって飛んでいくヴァンパイアドラゴン。それに対し、怪獣が雷撃のチャージを中断。攻撃範囲は狭くなったものの雷撃の嵐を目の前に発生させ、雷のカーテンを形成している。カーテンが迫りくる中、ヴァンパイアドラゴンが口を大きく開ける。
「竜の咆哮を受けるがよい、鮮血のブラッディストリーム!」
雷撃のカーテンを撃ち抜き、怪獣の頭上にヒットする。怯んだ怪獣に向かってミクが飛び込み、手にした血で出来た大槌で顎をぶん殴る。脳天が揺さぶられ、よたよたとふらついている怪獣の上あごと下あごをヴァンパイアドラゴンがつかみとり、大きく口を開けさせる。
「喰らいやがれ!」
ミクが投げた爆弾が目玉に直撃し、さく裂する。組み付いているヴァンパイアドラゴンを振り払おうとぶんぶんと頭を振り払っている隙に、ミクがもう1発目玉に向けて爆弾を投げつけてダメージを負わせる。今まで受けてきたダメージが蓄積したせいか、目玉が赤く充血し、それに伴い、怪獣がさらに一回り巨大化し、ヴァンパイアドラゴン単騎の力ではこじ開けることすらできなくなってしまう。
「大丈夫か、トカゲ野郎」
「ああ。だが、竜種である我を振り払うほどの力、もはや正面突破は不可能だ」
「だったら、小技で勝負するまでだ。行くぞ、ウラガル!」
ヴァンパイアドラゴンをウラガルに交代させ、魔法での突破を狙うことにする。だが、この状況下ではさしものウラガルもやや青い顔をしている。
「ウラガル、ディスペルとかで弱体化させられないのか?」
「無理だ。あれはスキルに近きもの。ディスペルで解除はできん」
「くそ、他に方法は無いのか?」
【灼熱の血】の効果が切れたミクに炎攻撃仕掛けてくる怪獣。その攻撃を躱しながら、何か無いのかと探っていく。硬質な肌に切りかかってもカキンとはじき返される。そもそも、切れたとしてもその巨体さゆえにダメージはほぼないだろう。
「となると、眼球とか柔いところを狙うか……何らかのリアクションは取るはず。ウラガル、煙幕とか張れるか?」
「承知した」
ウラガルが口から黒い霧を放ち、辺り一面を闇に覆いつくす。姿を見失った怪獣が辺りをキョロキョロと見渡すも、その鋭い眼光は闇の中でもくっきりと光り輝いていた。
「見えているぜ!」
ミクの投げた爆弾が左目に突き刺さると同時に爆発。あまりの痛みに大きく口を開けたところに、頭上をとっていたウラガルがすかさず、攻撃を放ち、口の中にある目玉にダメージを与える。
「まだ倒れないのか……」
ミクがあきれるような声を漏らす。そして、怪獣は残った右目を閉じて、何も見えない状態で辺り一面に無差別攻撃を加えるバーサーカーとなり、再び上陸し内陸部へと向かっていく。ろくに狙ってもいない攻撃なので、へまをしなければ当たるようなものではないが、問題はその侵攻を止められないことだ。
「攻撃が全然効いてねえ……」
「これは骨が折れるな」
「何かいい方法はないのか?」
「わが身を犠牲にして一面を焦土にする魔法で――」
「東京守れなかったら意味ねえよ!」
「……まあ、使い魔の身では威力も大幅に低下しているが故、推奨はせん」
「余計にダメじゃん。動きを止めるためにも足狙いで」
「承知した」
だが、怪獣の足を集中砲火してもその動きは止まらず、怪獣はレインボーブリッジを壊していく。その侵攻先には日本の象徴たる皇居や政治の中心部である国会議事堂がある。それらを破壊されれば、もし怪獣を撃退したとしても日本は立ち上がれないほどの大打撃を受けてしまうだろう。
「この海岸通りが防衛ラインだと思わねえと……」
「このペースならあと10分もかからんな」
何か好転するきっかけが無いかと思いながら攻撃を加え続けていると、怪獣の背中が突如爆発する。何が起こったのかと目を凝らしてみると、夜空を飛び交う5、6機の戦闘機が怪獣に向けてミサイルを放っていた。どうやら厚木基地の自衛隊が来てくれたようだ。
「動きが止まった!」
「我らの通常火力より、向こうの方が上のようだ」
「そりゃあ、俺の魔法って木を倒すのがせいぜいだし、戦闘機と比べたら低いよなぁ」
「……使い魔でなければ、あれくらいの火力は出せるぞ」
「……それって下手すれば敵ってことじゃん」
「そうでもあるな」
「意味ねえ……」
自衛隊の参戦で戦局の流れが変わったのもつかの間、怪獣が緑色に変色し、対空攻撃である電撃のチャージをし始める。マスコミが死の間際までミクとの交戦映像を撮っていたことで、事前情報を知りえていた自衛隊は緊急離脱。無論、ミクもクールタイムから回復した【加速】でその場から離れる。ドーム状に広がっていく電撃のカーテンは犠牲者を生み出すことなく、回避されるのであった。
再び自衛隊の攻撃が開始される中、見えない状態で音速を超える戦闘機に攻撃を当てるのは不可能と思ったのか、怪獣が残った右目を開けて目標を見定める。
「今だ、ブラッディウェポン、ハンマー!」
自衛隊が作り上げたほんのわずかな勝機。ミクは【超加速】で飛び出し、ウラガルもその真意を聞かずとも、己の魔力を素早く練り上げ、怪獣の右目に向かって魔導波を放つ。放たれた魔導波が怪獣の右目に突き刺さり、怯んだところにミクの大槌が怪獣の顎に再度命中。顎が砕け、力強く噛むことができなくなった怪獣がその口をわずかにあけ、目玉をのぞかせる。
「見えた!」
球に切り替えている暇はない。手に持っていた大槌を口の中へシュート!くるくると回転しながら、大槌は赤くなった目玉に直撃し、怪獣と共に消滅するのであった。
封印石のかけら3を手に入れた。
東京の封印が解けた。東京駅へ向かおう。
そして、メッセージウィンドウに表示された封印解除と怪獣の消滅を見届けたミクはやじ馬の中に入り、【変身】で正体を隠しながらその場を離れるのであった。
翌日、テレビではどの局を回しても怪獣の話題が流れていたが、ミクのことは報じられておらず、自衛隊の攻撃で撃破したことになっていた。テーブルの上にはピザとポテトが置かれ、コーラを飲みながらミクと龍堂は怪獣のことを話していた。
「俺のこと、どこも流れてねえな」
「民間人に助けてもらいましたなんて言えないよな。まあ、自衛隊の攻撃が最後の一押しに繋がっているんだから、間違っても無い」
「それもそうか。あと、東京の封印が解けたってのはどういうことなんだろう?」
「東京の外に出られないのが封印ってことじゃねえか。ピザ食べ終えたら、前見たく神奈川に向かうか」
「だな。冷めないうちに食べようぜ」
ピザをムシャムシャと食べ、一服したところで、二人は神奈川へと向かっていく。前と同じルートで車を走らせていくと、前にあったトンネルが消え去っており、県境を超えて無事に神奈川へと入るのであった。
「これで、東京駅に向かえばゲームクリアだな。楽しかったぜ、お前との1週間」
「こっちもだ、龍堂」
「俺はまだ戻れねえけど、もし、向こうに戻れたら、フレンド登録してくれよな」
「あたりまえだろ。俺とお前は同士なんだから」
「そうだったな。せっかく神奈川に来たし、どこか寄っていくか」
「賛成。神奈川って言えば横浜。横浜といえば……中華街!」
「おいおい、ピザ食ったばっかだろ」
「いいじゃん、別に」
「まあ、お前が行きたいならどこでもいいさ」
二人は夜遅くまで横浜で遊び、東京駅へと戻っていく。ミクが東京駅の構内へと足を踏み入れた瞬間、その姿がブレ、何もなかったかのように消えるのであった。
「行っちまったか、アイツ……」
ミクを見届けた後、プリントアウトしたネット記事を見る。そこに描かれているのは鈴星コンツェルンの前身となった鈴星科学工業の輝かしい経歴とVR技術への貢献だ。
「元の世界とこの世界は金の単位とWCOが社会に結びついていること、そして黒幕3で入れ替えられた俺たち3人とその周辺の人間関係以外は変わっていない。つまり、黒幕にゆがめられた情報は2つの世界の相違点になるってことだ。ってことは、この世界の出来事と元の世界の出来事を見比べて、もし相違点があるとすればそれが黒幕1、2に繋がることになるはず」
あくまでも推論に推論を重ねているため、ミクには伝えていない秘密のミッション。間違っている可能性の方が大きいだろう。だけど、一般人である自分にはこれくらいしかミクの手助けをすることができない。
「同士だからな、ミクとは。年末に纏まった休みいれて色々と回るか」
龍堂は車を走らせ、決意を新たに帰路に着くのであった。




