第103話 渋谷の洗礼
その日の夜、テレビのニュースでは上野動物園の動物が脱走した事件が大々的に報じられていた。パニックになって観光客が出口に殺到する様子はどこの局でも映し出されている。その一方で、その事件を解決したミクの姿は一切報じられていない。
「客がパニックになっていたってのもあるけど、ドラゴンまで出したのに報じられていないってのは妙だな」
「刑事ドラマみたいに報道規制的な?」
「それもあるかもしれないけど、SNSを見てもそんなこと言っている奴がいない。そんなことが目の前で起これば、誰だってバズろうとパシャパシャ写真撮る」
「俺も撮るな……」
「だろ。だから、事件が起きれば、戦闘エリアは別空間扱いになって一般人には認知されないのかもしれない」
「そんなご都合的な……」
「ゲームだからだろ。で、ボスを倒して手に入れた封印石ってのを何個か集めないと先に進めないと」
「そうそう。だから、あと何個か異変があると思うんだけど……龍堂は思い当たる節はある?」
「何個かねえ……ゲームだとこういうのは大抵3つか4つかのパターンが多くて、仮に3つのパターンなら陸海空とか。4つならそこに山だの地中だの入れて……みたいに全く異なるステージにしている場合が多い」
「動物園が陸担当として、東京の海なら東京湾、空なら……羽田空港?」
「ゲーマーの推測だけど。羽田空港といっても、一般人が入れるエリアは限られているし、異変が起きてからじゃないと行っても意味ないんじゃないか?」
「【フラグが足りない】って奴か」
「そうそう。ゲームである以上、後手に回るしかないってことだ」
ニュースを流しても異変と呼べるものは何もない。政治の裏金問題なんて、今の自分たちには何も関係ないことだと電源を切って、WCOにログインする。昨日と同じく、模擬戦による打ち合い。龍堂が突撃槍を持って突進してくるのを切り払い、一撃を与えようとするもギリギリで躱される。
「うおっ、昨日より動きが良いな。油断していたら1発持っていかれるところだ」
「へへん、突進系の攻撃は散々動物相手にやったからな」
「そいつは重畳。だったら、こいつはどうだ」
龍堂が距離をとり、槍の先端からビームを放つ。突進攻撃だと身構えていたミクは意表を突かれた形となり、振り遅れてダメージを負う羽目となった。
「せこい」
「せこくねえよ。同じ構えからビームか突撃か選べるんだから、武器によってはそういう駆け引きもある。これが投擲武器が不遇と言われるゆえんでもある」
「どういうことだ?」
「同じ飛び道具だとしても、銃なら対応スキルが少ないとはいえ銃によって射程距離も変わるし、弾丸も様々な効果を持っているものもあるし、撃たれてからだと判断しづらい。弓はどういう矢かはギリ判断できるが、あっちは対応スキルが豊富。見ただけで判断するのはちょい危険だ。それに対し、投擲系のスキルはどんな球か判断できる上にスキルツリーは少ない、しかもジャスガやカウンターも取りやすいときた。このやばさ、今のお前ならわかるだろ?」
「弓と銃の弱いところの煮凝りってのは分かった」
「手軽に使える代わりに上級プレイヤーは使わない初心者向けの武器。それが投擲だ」
「じゃあ、投擲するなってこと? それは嫌だぜ」
「誰もそんなことは言っていない。むしろ逆だ。だからこそ、意表をつける武器になりうるってことだ」
「でも、どうやって?」
「それは自分で考えろ。ちなみに俺は2つくらい解決策を考えている」
「マジか!?」
「マジだ。まあ、どちらにしようと今すぐできる方法じゃないし、今はプレイヤースキルの上達が急務だ。次はキャンセル技の一つや二つ教えないといけないからな」
「よっしゃあ、いっちょやるぜ!」
今度はミクが勢いをつけて突っ込むのを見て、龍堂が武器を変えて対応する。多種多様な武器を使うという観点から見れば、ミクもブラッディウェポンを使っている以上同じ立場にある。それでも、メインとして使うのは扱いやすい剣である。にも拘わらず、龍堂はどの武器でもメイン武器と言われても遜色のない動きをしてくる。
(こっちが一方的に攻めているのに通用しない……)
(昨日より大振りじゃないし、隙も減っている。飲み込み速いな。さすが、スポーツ経験者ってところか……)
とはいえ、龍堂も楽な相手ではない。メキメキと頭角を現してくるミクにステータスで負けている以上、適当にあしらうというわけにはいかない。集中を切らせば、一撃で持っていかれる。それくらいの気迫を感じていた。
(もし、ミクが俺たちと同じ時期にゲームを始めていたら……)
切磋琢磨できるほどのライバルになりえたかもしれないと思っていると、ミクの斬撃が頬をかすめる。これはうかうかしてやれないとありえないIFをかき消し、ミクと向き合うのであった。
翌朝、バイトまで少し時間があったため、龍堂がテレビをつけると、渋谷のハチ公前で立ちんぼしていた女性が行方不明となっている事件が報じられていた。
「物騒な事件だな、お前も気をつけろよ」
「そんなことしないって。他に何かないのかよ、変わったニュース」
「俺も色々と調べたけど、海も川も水族館も当然羽田空港もへんてこニュースは無い」
「ってことは今月に入って4人の女性が行方不明になったっていうこの事件が怪しいって感じか?」
「さあな。関係ない事件かもしれないし、関係あるかもしれない」
「どっちだよ?」
「俺に聞かれてもわからん」
「手がかりもないし、ニュースになっている事件、しらみつぶしで探してみるか」
「渋谷に行く気なら、ヘッドギア持って行けよ」
「なんで?」
「あそこはナンパが多いから。何かされそうになったら、WCOでケリを着ければいい」
「どういうこと?」
「ここはホビーアニメみたいな世界だ。ゲームで勝てばすべて手に入るし、負ければ文無し」
「負けたらどうするんだよ」
「そのときはおとなしく抱かれるしかねえな」
「喧嘩を売られたら勝つしかないってわけか」
「まあ、どこかの大規模ギルドに所属していたら守ってくれるかもしれないけど、今の俺たちにはバックがない。とにかく気をつけろよ」
古びたリュックにVR用のヘッドギアとプリントアウトした行方不明事件のネット記事を入れて、渋谷を探し回ることにするのであった。
ハチ公前、平日にもかかわらず多くの若者がスマホを見ながら、誰かを待ち合わせしている。そんな待ち合わせの象徴たるハチ公を間近で見るのは初めて出会った。ハチ公像のそばに置いてある立て看板によると、亡くなった御主人様を10年近く待っていたというのだから驚きである。
「話は聞いたことはあったけど、こうしてみるとなんだか可哀そうに見えてきたな……」
「HEY、彼女、一人? 俺たちと遊ばない?」
(ナンパか……面倒だなぁ)
めんどくさそうに振り返ってみると、見覚えのある顔を見てぎょっとする。
「リョウ、あの子スカイツリーであった子じゃね?」
「これって運命って奴?」
(こんなところで会うとか……どんな確率だ!?)
「今度は保護者のおっさんもいなさそうだし、お持ち帰りOKって奴?」
「断る」
「あん? 俺様はランカーだぞ!」
「だったら、俺と勝負しやがれ!」
「リョウに勝負を持ちかけると命知らずにもほどがあるwww」
「良いぜ、俺が負けたらあきらめるが、勝ったら一発ヤらせてもらう」
「それだけだと俺にメリットがない。そうだな、色々と知りたいことがあるし、情報をかけてもらうってのはどうだ?」
「構わねえよ」
「良いのか? もし、極秘情報をばらしたら……」
「俺様がこんな年下の女の子に負けるわけねえだろ」
リョウがバイクに積んでいていたヘッドギアを取り出し、二人は近くのネットカフェにある対戦スペースでゲームの世界へとログインする。二人が向かったのはフォーゼにある地下闘技場。受付のお姉さんに話しかけると、ステージやルールが選べ、気軽にプレイヤー同士の戦いを遊ぶことができる。
リョウが選んだのは彼が最も得意とする森林エリアでのカジュアルバトル。バトルエリアにランダムに配置されたプレイヤーはカウントダウンが0になるのを待ち、そして開始のブザー音が鳴り響く。
「相手の場所もわかんねえし、下手に空を飛ぶのは危険か。ウラガル、俺と一緒に辺りを警戒してくれ」
「承知した」
行くあてもないミクはとりあえず森林エリアの中心部へとむかっていく。外周部に居たら、壁を背に戦う羽目になるかもしれないからだ。きょろきょろと辺りを見渡しても、木々が広がっているだけ。似たような光景が続き、自分がどこにいるのか迷いそうになる。
しばらく歩いていると、ヒュンと風切り音が聞こえ、とっさにその場から跳躍する。自分がいた場所に光り輝くナイフが突き刺さっている。
「光属性のナイフ……!」
外見から吸血鬼と判断されたのだろう。弱点属性狙いの不意打ちに緊張が走る。すぐさま、プレイヤーがいたであろう地点に鉄球を投げ返すもすでにその場から離脱した後だったらしい。
「ウラガル、姿を見たか?」
「我は見ていない」
「ってなると、ジークの旦那みたいに姿を消しているのかもしれねえな」
同じスキルかは分からない。だが、可能性は潰さなければ前に進むことはできない。ミクはウラガルに背中を預け、周りの木々に攻撃をし始める。
「ブラッディストーム!」
「ちっ、ステルス解除!」
辺り一面に攻撃を仕掛けてきたことで、リョウがステルス状態を解除し、被ダメ軽減に努める。
「1発で仕留めようと思ったのによぉ」
「残念だったな」
「調子に乗るんじゃねえぞ。少しばかり本気を見せてやるよ。【擬態】解除」
リョウの身体がゴキゴキと音を立てて、崩れていく。手足が体から生えていき、その正体を顕す。それは人間サイズの巨大な蜘蛛。その顔面には男の顔が張り付いており、人面犬ならぬ人面蜘蛛といったところか。
(化け物になりやがった!? つーか、あんな身体どうやって動かしているんだ)
「これが俺の種族、【土蜘蛛】の真の姿だ」
「蜘蛛退治はやったことがあるんだよ!」
ミクは鉄球を投げる。カーブの軌道を描いた球は土蜘蛛の側頭部に捕らえていた。だが、当たる直前に何者かが放った網にとらわれてしまい、届くことはなかった。
「俺様がここに来るまで何もしていなかったと思ったか?」
「あれは子蜘蛛!」
「そうさ、可愛い俺様の手下が孵化する直前まで姿を消していたんだよ」
子蜘蛛状態ではエネミーとして反応してしま、しかも正体ばれのリスクもある。だが、孵化する前の卵ならば、周りの木々と同じく置物判定であり、敵性反応は出ない。まさに木を隠すなら森の中である。そして、戦闘中に無数の子蜘蛛が湧き、一斉に襲い掛かる。デメリットのタイムラグを利用した見事な戦術といえよう。
「逆に言うなら、こいつらをせん滅したら手下はすぐに増えないってことだな」
「はん。お前たちの範囲攻撃はさっき見た。その程度の攻撃なら、俺の子蜘蛛をせん滅しきることは不可能」
「……ウラガル、カタストロフィーだ」
「よかろう。我が秘術とくと見よ、カタストロフィー!」
今ある闇、すなわち、自身の命を代償にウラガルは戦闘エリア内にいる子蜘蛛たちの魂を道連れにして消滅する。残されたのはリョウとミクだけである。
「俺の子蜘蛛が全滅だと!? 馬鹿な!??」
(元の世界なら、手の内がバレていたかもしれないけど、この世界には『ミク』がいない。つまり、俺が関わったことで手に入ったスキルはまだ判明されていない!流れがこっちに来ている間にケリを着ける!)
(くっ、だが、卵はまだ残っているはず。時間を稼げば、こちらが有利になる!)
とはいえ、目の前でステルスするわけにもいかず、足の遅い土蜘蛛状態では俊敏なミクから逃げ切ることはできない。つまり、彼の取れる戦術はミクと正面から戦うことだけである。
そして、ミクもリョウがジークと同じ職業ならば、スキルハンターを警戒しないといけないため、下手に隙のある隷属モンスターの召喚ができない。奇しくも、彼と同じくタイマン勝負を挑まざるを得ない状況だ。
「スパイダーウェーブ!」
「【加速】」
後退しながら、リョウが吐いてきた網状の蜘蛛の糸を躱していくミク。【超加速】で一気に距離を詰めたいが、周りに木々があるこの状況下では小回りが利かないのは致命傷だ。
「あの攻撃、止む気配がねえ」
「オラオラ、さっきまでの威勢はどうした!」
網につかまれば一撃を喰らわせられる、そうでなくても時間を稼げるこの状況はリョウにとっては好都合であった。
(このまま逃げているだけなら、RISAを倒すのは夢のまた夢だ)
意を決し、土蜘蛛からの糸攻撃に向き合う。眼前に飛来してくる網。それらを逃げるのではなく、切り払いながら、前へと進んでいく。
(こいつ……俺の攻撃を完璧に防いでやがる……!?)
分かりやすく言うのであれば投げた球を全てホームランで撃ち返しているようなもの。そんなことができるはずがないとリュウは考える。だが、これはあくまでもゲーム。スキルの影響で多少の差はあれど、攻撃のタイミングやスピードそのものは一定。いわばピッチングマシンの球のようなもの。となれば、リズムや感覚さえつかめば、ホームランの量産などたやすい。
「だったら、ライトニングウェーブ!」
電撃を纏った網がミクを襲う。それを切り払おうとしたとき、腕にビリビリとした電撃が流れ、わずかなダメージを受ける。
「そいつは触れた瞬間に電撃が流れる特別仕様。ジャスガ狙っても、(確率だが)麻痺の状態異常を引き起こす。てめえに万一つの逆転の目はねえ!」
「麻痺なんざ、効かねえよ」
静電気を浴びているようなものと思い、剣を振るう。無敵の行進が止まらず、リョウも冷や汗が流れる。そろそろ麻痺効果を受けてもおかしくないくらいには試行回数を重ねているはずだと。
「こいつ、麻痺耐性をあげているのか!」
「この距離なら、龍堂直伝ちょっとだけ【超加速】」
ほんの一瞬だけ【超加速】を使い、剣の射程距離まで詰める。無名のプレイヤーがスキルキャンセルを使い、デメリットを軽減してきたのに驚くリョウ。だが、腐っても上位ランカー。すぐさまスキルを発動させる。
「【カースドボディ】」
リョウがダメージを負うも、攻撃してきたミクに呪いをかける。その呪いで身動きが取れなくなったはずのミクに土蜘蛛の鋭い牙が襲い掛かる。
「スパイダーポイズン!」
「あいにくだったな。俺にはマイっていう心強い子がいるんだ。【属性付与(火)】」
噛みつこうとしたリョウの顔面を叩きつけて、ひるませる。もはや容赦はしないと言わんばかりにさらに一撃、もう一撃と弱点属性の攻撃を叩きこんでいく。
ひるみ状態から戻ったリョウのHPはわずかしかなく、目の前には最後の一撃を加えようとするミクがいる。がむしゃらに複数の腕を振るうも、それすら撥ね退けられた彼に挽回のすべはなく、倒されるのであった。