第99話 防衛戦
「大群って……この村のことバレたのかよ」
「分からない。だが、魔物の軍勢がこっちに向かってくるのは間違いない。女と子供から避難しているところだ。君も――」
「やだね。向かってくるなら向かい撃つまでだ」
「そうか……魔物は東西南北、4方向からまっすぐ来ている。今、村の男たちが崖の上で防衛ラインを構築しているから手伝ってくれないか。とにかく人手が足りないんだ」
「一宿一飯の借りは返すぜ」
外に出ると、あわただしく人が動き、トカゲモドキがヤモリのように崖をはいつくばって男たちを崖の上まで運送している。獣人たちの邪魔にならないように、ミクは空を飛んで崖の上まで登っていく。そこには、バリケードというにはお粗末な柵、はっきり言って魔物が押し寄せたら数秒もかからずに突破されてしまうだろう。
「ここにたどり着いたら一巻の終わりだ。ってことはその前になんとかしねえと……ウラガル!反対側は頼んだぞ」
「承知した」
二手に分かれたミクはさっそく北側から進行してくるスライムの群れと遭遇する。最終防衛ラインまで1kmも満たない。目と鼻の先まで来ているにも関わらず、迎撃に来れないほど人手が足りていないのだ。
「ブラッディレイン」
とはいえ、序盤に出てくる雑魚。範囲技1発で消し飛ばすことはできる。だが、スライムは波のように次から次へと押し寄せており、おそらくはこれと同等の物量が4方向から来ているということ。いくら負けることがないとはいえ、多方向からの攻撃を一人で迎撃するには限界が生じる。すぐ、最終防衛ラインを構築している獣人たちに迎撃に向かうように指示することにした。
「そんなに来ているのか……もうだめだ」
「あきらめんじゃねえ!お前たちはスライムの相手!トカゲ野郎は西側!俺とウラガルが東と南側を担当する。とにかく突破されないようにここよりも前に出て戦うんだ」
足がすくんでいる獣人に喝を入れたが、彼らが押し寄せてくるスライムの大群に戦ってくれるかどうかは分からない。だが、ミクに彼らが戦うところを見届ける暇はない。今は彼らを信じて、村の中に魔物を入れないように戦うだけだ。
「こっちはオオカミの群れか。ブラッディレイン」
血の雨に打たれて倒れていくウルフの群れたち。だが、スライムよりかは俊敏な彼ら相手では数頭程度しか倒せない。
「だったら、こいつはどうだ。ブラッディストーム!」
血が渦巻いている竜巻がウルフに向かって襲い掛かる。何匹かは素早く避けたが、追尾性能のある竜巻がくるっと方向転換をし、避けた彼らを追いかけてはウォーターカッターの如く切り刻まれていく。
『これ本当に低レベルのイベント?』
『ソロ前提なら、高レベルでもこれだけ広いエリアの防衛戦は真面目にキツイ』
『さすがにそれはないだろ。このイベントフラグ的に参加人数は(パーティー人数-1)でMAX5人か?』
『一応、ダンジョンに同時に入れば複数のパーティーが同じチャンネルに入れるから、最大5人とは限らないはず。そこらは検証待ちだけど』
『少なくともソロで挑んでいいイベントじゃない』
「俺、今ソロなんだけどおおおおおお!」
『がんばれ』
ぽんの助¥500
『ぽんの助さん、ありがとうございます byみっちー』
「金より人寄越せええええ!」
『それはそう』
『文句は言いつつ、蹴散らしているあたり、しっかりしている』
『NPCは奮戦しているみたいだし、高レベルの召喚士系なら前線維持しやすそうだ』
『多人数で挑めるなら良クエか?』
『勝ったな、風呂入ってくる』
出てくるモンスターも最初と比べれば、その勢いは減った気もしなくはない。視聴者たちが序盤から挑めるクエストに鬼畜難易度はないだろうと高を括っていたとき、大きな爆発音と共にウラガルのクールタイムの突入、すなわち、南側の前線を任せていた彼がいなくなったことを意味していた。
「ウラガルがやられた!?」
『嘘だろ!?』
『鬼畜確定』
『これ、さざめきクエみたいに高レベルモンスター乱入系か?』
『あかーん』
『ソロクリアは認めない方針か……』
召喚できるモンスターの中でも最高クラスであるウラガルがやられたことに動揺を隠せないミクと視聴者たち。【幻影の血】で作った分身、サイクロプスと機械兵に東側の前線を任せたミクは急いで、南側へと向かっていく。
「うわあああ」
『まずい、最後のNPCが倒れたぞ』
ミクが見た先にはゴブリンに殴られて地に伏す村人たち、そしてそれを率いているピンク色の女性型スライム。ゴブリンごときでウラガルがやられるわけがない。となれば、彼を倒すほどのイレギュラーはあのスライムに間違いないのは誰の目から見ても明らかではあるが、まずは村に入り込もうと策を超えようとするゴブリンを一掃することにした。
「ブラッディレイン!」
「あら、ゴブリンとはいえ、一撃で葬るなんてやるじゃない。貴女があの悪魔の使い手かしら?」
「そうだ。お前は何者だ」
「人に名を尋ねるときは自分から名乗るのが礼儀でしょう。まあ、ここで死ぬからその必要はないわ」
「それはこっちの台詞だぜ」
「生意気な小娘ね。いいわ、冥土の土産で教えてあげる。私は魔王様に使えるクイーンスライム。獣人はちょうどいい労働力になるから、捕まえて魔王様に献上するの。そこをどいてくれたら、見逃してあげても良いわよ」
「はい、そうですかと答える奴は居ねえよ。ブラッディウェポン、ソード。【PRIDE】」
「あら、残念。では……死ね!」
クイーンスライムが自身の右腕を槍のように突き伸ばすのをとっさに躱しながら、前進していく。それを見た、クイーンスライムが全身から体液を銃弾のように飛ばし、ミクが上空へと跳躍する。その唯一の逃げ場に誘い込んだクイーンスライムが左腕を砲に変えて攻撃しようとしたとき、背後の木が倒れ、いや殴られて頭を吹き飛ばされる。だが、スライムの身体を持つ彼女は吹き飛んだスライムが再び集結し、元の身体へと戻る。
「やっぱ物理じゃダメか」
『なにおき?』
『カメラのアングルで見づらかったけど、ミクちゃんが突っ込んでいくと同時にPRIDEの影を敵の背後に這わせて、木を引っこ抜いて攻撃したっぽい』
「姑息な手を……こうなったら、奥の手よ。【完全擬態】」
「させるか!シャドーボール」
『ちょ、それ反則www』
『変身中に攻撃するなwww』
『せこい』
『リアリストwww』
ミクが攻撃を加えても、クイーンスライムがうにょうにょと姿を変えるのを止めることはできない。そして、その姿はミクそのものとなる。
「俺の姿をパクったから何になる」
「【完全擬態】は姿だけでなく、擬態先のスキルも魔法もすべて使えるわ。さっきの悪魔もこの能力に手出しできずに負けたのよ」
「つまり、今のお前は俺の能力すべて得ているってわけだな」
「ええ、そうよ。貴女が強ければ強いほど、私は強くなるの!【鮮血の世界】【灼熱の血】」
『ボスステでスキルコピーとかふざけんな!』
『自分の完全上位互換www』
『とりあえず、弱いメンバーを当てるのが得策やな』
「ふはははは、力が湧いてくるぞ。素晴らしい力だ」
「……【魔力付与(水)】」
「その程度のへなちょこ球、躱す必要も……ぐへばぁ!?」
『あっ、ミクちゃんの防御半減スキルが重ね掛けされているから……』
『えぐいくらいダメージ入っていて笑うwww』
『今、何倍だっけ?』
『灼熱の血と鮮血の世界を使っているから水属性32倍。光属性が16倍、他4倍』
『www』
『wwwwww』
『死ぬわ』
『そこまでされると可哀そう(;^ω^)』
「おのれ……こ、こんなへなちょこスキルを使わせるだなんて……」
「使ったのはお前だろうが」
『それはそう』
『正論パンチやめたれ』
『スライムに同情するレベル』
『コピー先を間違えた女』
「本家本元を見せてやるぜ!【灼熱の血】」
ミクとクイーンスライムが空を飛びあい、激しくぶつかり合う。互いに相手を出し抜こうと【加速】を使い、様子を見るも拮抗状態。いや、クイーンスライムの方がステ分押しているようにさえ見える。この拮抗状態が長く持たないのは自明の理だ。
そんなとき、二人の激しい戦闘を潜り抜けたゴブリンたちが策を超えて崖を下ろうとする。
「まずい!」
「よそ見したわね!ダークスラッシュ」
ゴブリンに気をとられてしまったミクに黒い一閃が襲い掛かり、撃墜されてしまう。【自己再生】で一命を取り留めるも、崖下に降りたゴブリンはまっすぐ村へと向かっていく。今、村にいるのは戦うことができない村人だけ。だが、今、ミクはクイーンスライムに足止めを喰らっており、迎撃に向かうことができない。
「くそっ、ここまでかよ」
【そうはさせんぞ】
ミクでさえあきらめかけていたとき、西側の敵をせん滅し終えたトカゲモドキがゴブリンたちを焼き払っていく。その圧倒的な火力は地に堕ちてもさすがはドラゴンと言ったところだ。だが、【灼熱の血】を発動中のクイーンスライムは火属性無効効果があり、自慢のブレス攻撃は通用しない。
【ふん。ブレスが通用しなくとも、我が爪で!】
「トカゲ野郎、無茶するな!」
「ぼろぼろのドラゴンにやられるほど甘くは無いわよ」
クイーンスライムが左腕を法に変えて、水流を放つ。勢いよく放たれた水はトカゲモドキが振り上げた右腕を軽々と撃ち抜き、ぽとりと落ちる。痛みに耐えながらも、残された左腕でがむしゃらに襲うも、刃に変形させた右腕をムチのようにしならせて、左腕を切り落とし、おまけと言わんばかりに鋭い牙すらも失わせる。
【ぐおお……】
「さあ、これで――」
「お前の相手は俺だ!【超加速】」
トカゲモドキが稼いだわずかな時間で回復したミクが猛スピードで迫る。思考時間を奪う【超加速】のおまけ付だ。クイーンスライムの脳裏には先ほどの大ダメージを受けた経験がこびりついている。いくら【自己再生】があるとはいえ、ミクの攻撃をまともに食らいたくないクイーンスライムはその砲の向きをミクに変える。
「貴方も水属性に弱いのでしょう。だったら、これでお終いよ」
ミクが勢いよくクイーンスライムの水流にぶつかりに行く。この光景を見たクイーンスライムは勝利を確信する。自分が鉄球ごときであれだけのダメージを受けたのであれば、自身の最大火力である水技を喰らえばひとたまりもないと思っていたからだ。だが、彼女の意に反して、ミクは耐えきり、その刃が喉元に食らいつこうとする。
「!? そうか、【ENVY】を使って!」
「これで終いだ!【魔力付与――」
「今、水属性を喰らうわけにはいかぬ。【ENVY】」
「読めているんだよ!」
火の力を纏った刃がクイーンスライムを両断する。【ENVY】で火属性無効が反転したことで弱点となり、さらにはスライムが持つ物理攻撃への耐性すらも失われていたこともあり、致命傷となった。
「め、目がかすむ……私がこんなところで…………まけるわけには……」
「こいつで終わりだぜ」
うかつに近づくのは危険だと思ったミクは鉄球を投げて、【自己再生】で虫の息となっているクイーンスライムにとどめの一撃を刺そうとしたとき、彼女の上半身が飛び跳ねて、息絶え絶えとなっているトカゲモドキの傷口から体内に侵入する。
【ぐっ……我を乗っ取るつもりか……】
「まだ死ねないのよ……まだ死にたくないのよ……」
「トカゲ野郎、大丈夫か!」
【今の我に抵抗する余力は残っていない……正気を保っている間に殺してくれ】
「そんなことできるかよ。何か手はあるはずだ」
「そんなものないわ。すでに私はこのドラゴンの血液と同化し始めている」
【その通りだ。もう1分も待つまい。さあ、早く!】
「くそ、どうすれば……待てよ。血液ってことは……一か八か、やってみるか!【鮮血の世界】、ブラッディファング!」
『噛みついてどうするつもりだ?』
『一思いに切ればいいのに……』
『いや、噛みついたところはスライムが侵入したところだ。毒を傷口から吸い出すように、スライムを吸い出そうとしているんじゃないのか?』
『そんなことできるの?』
『わからん。だが、TRPGと同じく突拍子のないことでもGMが有効であると判断すればあるいは……』
『負傷して血を流しすぎているから、結局助かりませんって可能性もあるよな』
『そこはGM、運営の匙加減だよ』
『ここまで来て味方殺すの後味悪いから成功してほしいわ』
『がんばれー』
視聴者たちの応援コメントが埋め尽くされる中、トカゲモドキの目が赤く染まっていく。闇落ちか、失敗したのかと心配するコメントが流れるや否や、ピンク色の液体が傷口からにじみ出てクイーンスライムの下半身とくっつき始める。
「これ以上吸われるわけにはいかない……でも、おかげでドラゴンの力を使えるようになったわ」
「トカゲ野郎、大丈夫か!」
【…………】
「ふふふ、もうそのドラゴンはただでさえ血液を失っているのに、貴女が吸ったからもう助からないわ。貴女が殺したのよ」
「だったら、血液を足せばいいだけのことだろ。【血操術】」
鮮血の世界の影響で湧いている血液をトカゲモドキの体内に侵入させ、輸血していく。そうはさせまいと、クイーンスライムがドラゴンブレスを吐き、トカゲモドキ共々ミクにとどめを刺そうとする。今のミクは【ENVY】の影響でドラゴンブレスは有効。よしんばドラゴンを見捨てて避けたとしても頭数は減る。クイーンスライムにとってはどちらに転んでも良い結果となる攻撃だ。
そんなとき、トカゲモドキの目がカッと開く。
『終わったか?』
『いや、戦闘は続いている。まだ死んでない』
『避けたのか?』
ドラゴンブレスが晴れると、そこには突如現れた黒いドラゴンが巨大な腕でミクへのドラゴンブレスを防いでいた。その様子に視聴者だけでなく、その場に居た誰しもが驚いていた。
「誰よ、貴方は!」
「まさか、トカゲ野郎か」
【うむ。どうやら、輸血された血液に吸血鬼の力が混じっていたようだ。その力が我に吸血鬼の力を与えたのだ】
ミクは【隷属:ヴァンパイアドラゴン】を覚えました
「新しいスキルが……行くぜ、トカゲ野郎!」
「トカゲではないドラゴンだ!」
「ええい、私もドラゴンの力を持っているのよ。負けるわけがないわ!」
「久しぶりに本気を出すとするか」
クイーンスライムが再度ドラゴンブレスを放とうと口先に魔力をためる中、ヴァンパイアドラゴンの体表に赤い痣が浮かび上がり、体内に巡っている魔力を集中させる。さらに羽をを広げ、周りにある魔力を効率よく吸収していく。
「ドラゴンブレス」
「鮮血のブラッディストリーム」
ヴァンパイアドラゴンが放った赤黒いブレスがドラゴンブレスをあっさりと突き破り、クイーンスライムを一瞬に蒸発させる。そして、率いていたリーダーが倒されたことで、攻めていた魔物たちも一斉に撤退。クエストは無事にクリアとなる。
今回の戦いで村に被害はなかったが、数多くの死傷者を出したことに沈黙する村人たち。攻められた以上、ここで暮らすことも難しい。明日からどうすれば良いのかさえ分からない状態だ。
「俺、王様と知り合いだし、助けてもらえるように話しようか?」
「……だが、人間だ。いくら今が良くても簡単に手のひらを変える」
人間への不信感が積もっている彼らに救いの手を差し伸べても拒否する。件の人間を捕まえないといけないと思っていると、ウラガルが呼び出してもないのに出てくる。
「どうしたんだ、ウラガル?」
「その人間、もしやオカマ口調の爬虫類っぽい顔の男ではなかったか?」
「なぜ、それを!?」
「ディスペルで化けの皮をはがしたらクイーンスライムだったのでな。その後、我に化けられてやられてしまったが……」
「ということは、人間を恨むのは筋違いであったと?」
「本当なのか」
「無様な敗北を話しているというのに、嘘をつく必要もなかろう」
「そうか……少し時間をくれないか。気持ちの整理をしたいんだ」
「ああ、わかった。王様に話すかどうかはそっちの判断に任せるよ」
村人たちに別れを告げて、ミクは来た道を戻り、ダンジョンから出ていこうとする。
『結局、Secret OSは出なかったな』
『でも隠しスキルは見つけられた』
『どうやって再現するんだ、アレ?』
『吸血鬼系はあの手順でヴァンパイアドラゴンが仲間になる。獣人系も何かしらの方法でなんたらドラゴンが手に入るんじゃないのか』
『それ、できる人間どれだけいるんですかねえ』
『とりあえずこれから検証やな』
視聴者たちもこれ以上イベントが起こらないだろうと離席していく。そして、洞窟から差し込まれる光を見て、駆け足で外に出ようとしたとき、突如として激しいノイズに襲われる。
「このタイミングで!?」
『ぁ……ノイズが……処理……ない………………』
プツンと切れる配信画面。視界の先から差し込まれる光が強くなり、そのまばゆさに思わず目を閉じる。そして、それから数秒後、目を開けると、そこにはありえない光景が広がっていた。
「嘘だろ……ここは…………」
ミクの目の前に広がるのは高層ビル。数多くの人々がスマホを片手に歩き、自動車が行き交う。そして、目の前にそびえたっているのはここがどこなのか分かるシンボルタワー。
「なんで、東京にいるんだ……」