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プロローグ



 中学生の少年、長谷川 三雲は河川敷の堤防に向けてボールを投げていた。幼少のころから、投げ続けていた場所にはボールの跡が黒く、くっきりと残り、積み重ねてきた年月が伺える。しかし、彼の手元に帰ってくるのは空しい音とボールだけ。そんな彼を堤防の上から眺めてきた幼馴染の女の子、朝倉 紅葉は彼のもとに駆け寄る。


「キャッチボールの相手しようか? どうせ、持ってきているんでしょう?」


「……まあな。ほれ」


 三雲が紅葉に向かって野球部で使っていたカバンからグローブを取り出して放り投げる。そして、グローブを構えた彼女に向かってふわりとした球を投げる。


「もう。女の子だから手加減しなくても」


「アホ抜かせ。俺が本気投げたらケガするで。お前の好きなゲームとは違うんだぞ」


「だったら、本気で投げてよ。どんな球でも受け止めるから、バッチコーイ!」


 ここまで挑発されたら仕方ないと思い、三雲は今の自分の全力を投げる。だが、その一投はかつての一級よりもはるかに遅い。彼の肩はリハビリは終えているとはいえ、自分の犯したオーバーワークで一度壊れているのだ。

 スパーンと彼女のもとに収まる白球。ビリビリとくる感触に彼女は元に戻ったんではないかと思うほどだ。


「いったあ~」


「だから言っただろ。ケガするって」


「野球好きなら、高校に行っても野球部に入るん?」


「……さすがにこの肩で入れるとは思ってねえーよ。だから、行く高校もスポーツ校じゃないしな」


「……私は鳳凰女学園に入るからね。幼稚園の頃から一緒だったから余計寂しくなるよ」


「おいおい、今生の別れじゃないんだぜ。お前も寮に入るからって、年末くらいは帰ってくるだろ」


「もう、みっちゃんったら」


「みっちゃん呼びはやめろよ……女みてえじゃねえか」


「みっちゃんが女の子だったら、一緒の高校に行けたのにね」


「女だったらか……そんときも俺は野球、いやソフトボールをやっていたんだろうなぁ」


「そしたら、私がバッテリー組んであげる」


「そりゃあ頼もしいな」


 そんなありえかもしれないIFを思いながら、帰路についていると突如、紅葉が何かひらめいた様子で手拍子をする。


「そうだ。今度の土曜日、一緒にゲームしよう!小さい頃みたいに」


「ゲームか……悪くねえかもな。久しぶりにするか」


「ちょうど隆が飽きて、アカウントが空いているゲームがあるの。『World Creation Online』っていうVRMMOなんだけど」


「ああ、お前がウキウキで話していたやつね。やらなくなった弟君はともかく、お前はどれくらい強いんだ?」


「う~ん、ちょっとした有名人くらい……かな」


「すげーじゃねえか。つーか、今でもやっているのか」


「あたりまえでしょう。たしか、VR装置はみっちゃんも持っていたはずだから、私んちで一緒に遊ぼう」


「押し入れに入っていたはずだな……というより、お前んちに行くの小学以来じゃねえか。つーか、思春期の男子を家に上げてもいいのかよ」


「みっちゃんならヨシ!」


「それ、俺、男として見られてる?」


「みっちゃんはみっちゃんだよ」


 いずれは男として認められたいなとは思いながらも、三雲は次の土曜日を楽しみにするのであった。



 そして、卒業式が終わって迎えた土曜日、三雲がチャイムを鳴らすと、紅葉のママが彼を出迎える。


「おばさん、おはようございます」


「あら、いらっしゃい、みっちゃん。紅葉は自分の部屋にいるわよ」


「ありがとうございます」


 久しぶりに来た紅葉の家に少し緊張しながら、2階にある彼女の部屋に入る。そこにはゲームや漫画が散乱しており、女の子の部屋とは思えない。自分のクラスメートの部屋にそっくりだと思いながら、持ってきたVR装置を彼女に手渡す。


「ヘッドギアにこのデータを呼び込ませて……よし、できた!」


「久しぶりにゲームするな。なんか注意することってあったか?」


「特にないけど、2周年イベントで種族ガチャ10連無料だからそれだけは引いてね」


「種族ガチャ?」


「うん。デフォルトだと人間、エルフ、ドワーフしか選べないんだけど。種族ガチャを引くとC、UC、R、SR、SSRまでのレアリティがあって他の種族を選べるようになるの。普段は10連3000円の課金要素だけど、今なら無料で引ける」


「そうなのか。おすすめとかはあるのか」


「SSRならなんでもいいけど、SRならワーウルフが一番。魔法はからっきしだけど、身体能力は高いから魔法を使わなくても強い。弱点も火に弱いくらい。初心者にはおすすめできる種族だよ」


「なるほどな。まあ、引けたら考えるよ」


「うん。種族を変えるにはレベルをかなり上げないといけないし、課金アイテムも必要だから、そこは気を付けてね」


「マジか……悪運信じて引いてみるよ」


「私もサブでそっちに行くから、スタート地点からあまり移動しないでね」


「普段のキャラじゃないのか?」


「そっちは有名なうえに姿が私だとわかりづらいんだよね……だからサブ。名前はカエデ」


「紅葉も楓も変わんねえよ。リアバレとか怖くないのか?」


「こっちの姿にいるときは、SNSに乗せる写真用で観光とかしていることの方が多いから。メインだとゆっくりとできないんだよね。あっちこっち連れまわされるから」


「ああ、そういうことね」


「そのせいで、サブはあまり強くないから、一緒に旅するにはちょうどいいと思う」


「なるほどな。じゃあ、ゲームスタートするぜ」


「いってらっしゃい!」


 紅葉に見送られながら、三雲がゲームの世界へとログインする。一瞬、ノイズが走りながらも、無事に彼はゲームのチュートリアル画面にたどり着く。白い空間で小さな妖精がゲームの世界観について話してくれる。


(それにしてもさっきのノイズはなんだったんだ?何年も放置していたせいか?)


 別のことを考えているうちに妖精がしゃべり終わり、キャラクリ画面へと変わる。そこには初心者ガチャがあり、最初はこれが1回無料で回せるらしい。さっそく引くと『SRトロール』が出る。


「ガチャは何回回しても、引いたガチャ結果は保存されます。好きな種族が出るまで回そう!」


「お、おう。とりあえず、キャンペーンの10回だけな」


 そして、引くと『Cスライム』『Cウルフ』『UCコボルト』『Cゴブリン』『Rマタンゴ』『Rオーク』……


「あとは金色の奴と虹色の奴だけか。金色のは……『SRワーウルフ』。これは紅葉が言っていたいい奴だったな。で、虹色は……『SSR吸血姫』? 女性みたいな種族だけど、これを選ぶことはできるのか?」


「はい、問題ありません」


「どうするかな。映っている絵的にはワーウルフがかっこいんだけど、せっかく当てたSSRを捨てるのも……」



『みっちゃんが女の子だったら、一緒の高校に行けたのにね』



「まあ、ゲームの中くらい同性になっても罰は当たんねえだろ。こういうのは高レアが強いって相場が決まっているしな。決めた、種族は『吸血姫』だ」


「かしこまりました。プレイヤーのモデルをこちらで用意したものを使うか、リアルベースで用意するか選べます」


「リアルだと女装しているのか、吸血鬼のコスプレをしているのか気になるな。それにあまり顔をいじると俺だってわからないだろうから、リアルベースで」


「かしこまりました」


 妖精が用意したモデルが三雲の前に映し出される。そこには長い銀髪にこちらを射抜くような赤い瞳、口からはかわいらしい牙が生えており、出ているところは出ている年頃の女の子が映し出されていた。


「全然、俺と違うんだけど。これ、俺の顔にするの無理じゃね……まあ、可愛いから良いか。これにするよ」


「かしこまりました。最後にプレイヤーネームをお決めください」


「三雲からとってミクでいいか。性別も変わっているから、リアバレはしねえだろう」


「かしこまりました。ミク様、貴方に良い旅路を」


 まばゆい光に包まれ、彼、いや彼女は今度は先のノイズなしで始まりの街で目を覚ますのであった。

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