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懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話  作者: 古河新後
7章 前と同じ関係ではいられない

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第84話 55点と言った所ね

「ただの貧血よ。大事はないわね」


 保険医である土山心美(つちやここみ)は、運ばれたリンカの様子からベッドを貸し、少しして目を覚ましたので冷たい水を手渡す。


「まだまだ猛暑は続きます。外に出るなら水分補給は小まめに。今回は谷高さんが側にいたから良かったけれど、全国では死亡例も出ているから気を付けなさい」


 保険医の土山は高齢の老婆であり、リンカ達が生まれる前からこの高校で保険医をしている。眼鏡に物腰柔らかい雰囲気から、男女問わずに保健室のお婆ちゃん、と人気がある。愛称は(やま)先生。


「リーン。ホントにゴメンね」

「いや……あたしが勝手にオーバーヒートしただけだから」

「参考に聞いていいかしら? 何をして倒れたの?」

「えっと……」


 言葉に詰まるリンカに山先生は言いたくない事だと察し、ほどほどにね、と釘を刺す。


「さて、もうすぐ昼休みが終わるから谷高さんは教室に行きなさい」

「はい。あ、リン。お弁当箱、片付けておくね」

「あたしも行くよ」


 ベッドから起き上がろうとしたリンカは少しフラついた。


「鮫島さんはもう少し休みなさい。無理をしても後に響くだけですよ」

「そーそー、五限目は体育だし。体育……山先生、わたしも貧血です」

「あらあら。それじゃ点滴の注射を打ちましょうか」


 ごそごそと注射器を探す山先生の行動に、ヒカリは脱兎の如く扉の向こう側へ逃げ出す。


「じゃあね、リン! 先生には休むって伝えとくから!」


 ヒカリは、たーっと走って保健室を出て行った。あら、残念、と山先生は微笑む。

 程なくして昼休みの終わりを告げるチャイムが校内に響いた。


「鮫島さん。どうしてもキツいなら早退しても良いからね」

「はい」

「先生は少し校内を見回って来ます」

「わかりました」


 この時期はそれなりに保健室に世話になる生徒が多いらしい。そんな中、倒れた原因がキスを思い出してなど、墓場まで持って行かなければならない事だろう。

 山先生が仕切りカーテンを動かして、保健室を後にする。リンカはベッドに仰向けで身体を預けると天井を見た。


「……」


 あの夜から、彼とは変にスレ違っている。別に互いが避けているわけではなく、偶然にも顔を会わせるタイミングが無いのだ。


「……今、どこで何を考えてるのかな……」


 ケンゴが今、どんな表情をしているのか思い描く。次に顔を合わせた時に互いにどんな表情をするのだろう、と。


「すみませーん」


 そんな声と共に保健室の扉が開いた。





 

「……入れ違いか」


 大宮司は山先生に言われていた頼まれ事を済ませて報告に戻った所だったが、タイミングを外したようだ。


「先輩?」


 すると、ベッドの仕切りカーテンから聞き間違えの無い女の子の声に思わず返事をする。


「鮫島か?」

「はい。先輩も山先生に用事ですか?」


 大宮司はカーテン越しにリンカと会話をする。


「少し倉庫の整理を頼まれてな」


 謹慎の件もあり、少しでも内申を良くする意味でも教員からの頼まれ事を常に請け負っていた。


「なんだか、先輩はいつも動き回ってますね」


 リンカは校内を歩く際に三学年がうろつく階以外で良く大宮司を見かけていた。


「まぁ……暇なんでな。鮫島は怪我でもしたのか?」

「少し貧血で」

「大丈夫か?」

「ふふ」


 と、リンカはカーテン越しに会話をするのが可笑しくなり、直接顔が見えるようにカーテンを開けた。


「少しフラついただけです。おかげで五限目の体育はズル休み出来ます」


 ベッドに上半身だけ起こして見てくるリンカ。ベッドに居るからか、少しだけ弱々しく感じる。


「そうか。まぁ、ほどほどにな」

「はい」


 微笑む彼女に大宮司は抱いた感情を隠すように顔を背けた。


「俺は教室に戻るから、山先生が戻ったら整理は終わりましたって伝えてもらえるか?」

「はい」


 よろしくな。と大宮司が去ろうとした所にリンカは思い出した様に彼を呼び止めた。


「先輩、ちょっといいですか?」

「ん?」


 大宮司はリンカに向き直る。


「……あたしのせいで迷惑をかけました」

「……あの時の事は思い出すなよ。嫌な記憶だろう?」

「そんな事ありません。今、先輩はとても苦労してるのに……あたしは何もなかったみたいに……」

「だから、気にするなって。俺も、あの時は少し冷静になるべきだった」


 力があるからこそ、暴力と言う選択肢が生まれた。

 恵まれた体格と武に深い祖父。

 祖父から兵法を習う際に、己を律する事が何よりも大切だと、何度も説かれて大宮司もそれに強く意識していたつもりだった。


「俺もガキだったってあの一件で痛いほど理解できた」


 結局は感情を制御出来ない子供なのだと身に染みた。そして、夏休みのレジャー施設でも同じことを繰り返す所だった。


“……君が捕まると“彼女”が悲しむとか考えないのか?”


 こちらが殴りかかっても彼は一切反撃しなかった。それどころか、言葉で場を納めようとしていた。あれが大人の考えなのだろう。


「先輩、あたしに出来る事はありませんか?」


 気落ちする大宮司を様子を見かねて、リンカはその様な事を口にする。


「出来る事……って?」

「先輩が何か困ってる事がありましたら協力させてください。あたしは……助けられてばかりですから」


 謹慎の一件から何度も自己嫌悪に陥った大宮司は助けたリンカが味方でいてくれた事に何よりも救われていた。


「……それなら、付き合ってくれないか?」


 大宮司の言葉にリンカは、ふぉ? と間抜けな声を上げた。

 その様子にどの様に勘違いをさせたのか理解する大宮司は慌てて否定する。


「あ、い、いや! そう言う意味じゃなくて! 近いうちに知り合いと会う事になっててな。少し見栄を張って、彼女が居ると言ったモンだから、フリをして欲しいんだ」

「え? あ、そ、そうですか! 全然いいですよー! オッケーです! あはは」

「そ、そうか。何か悪いな……」

「いえ……」


 お互いに勘違いを理解して顔を赤らめる。すると大宮司は保健室の扉からじーっとこちらを隠れて覗いている山先生の姿にピシッっと硬直した。

 山先生は、どうぞ続けて、と楽しそうに手を動かしている。


「あ、明日の放課後な! そ、それじゃよろしく頼む!」

「は、はい!」


 大宮司は扉を抜けると脇に立つ山先生に、倉庫の整理終わりましたので! と言って教室へ移動して行った。


「55点と行った所ね。大宮司君」


 その背中に呟く。生徒の恋愛模様を生で見る事が三度も飯よりも大好きな山先生だった。

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