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懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話  作者: 古河新後
7章 前と同じ関係ではいられない

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第83話 キ、キ、キスしてましたぁ!

「加賀殿、一つよろしいですかな?」

「どうした? ヨシ君」

「鳳殿はいかが成された?」


 9月に入った初日の昼。食堂で目を点にして呆けながらも鯖味噌定食を食べるケンゴを前に、二人の同僚は顔を見合わせた。


「昨日からこんな感じなんだよ」


 気にかけてあげて、と鬼灯が他課の同期にまで声をかける始末。業務はきっちりこなすものの、少し気を抜くと目の前の様に適当な顔になる。


「これは何かあったのでしょうな」

「まぁ、見りゃわかるが……初めてのケースでな。俺もどうしたら良いのかわからん」


 普段のケンゴは悩みなど無縁な人間としても知られている。そして、本当に困っていれば、課長の獅子堂や先輩の鬼灯に相談するだろう。


「空、海、山、川――」


 すると、ヨシ君がケンゴに単語を投げ掛ける。


「なにやってんの?」

「鳳殿をここまで色落ちさせたキーワードを探すのですぞ。スク水、幼女、ホテル」


 ヤバい単語には反応するなよ鳳、と加賀はヨシ君の案に乗りつつもカバー出来る様に身構えた。


「魚、鯨、イルカ、ボート、鮫――」


 ピクッ。“鮫”で反応があった。


「お」

「ふむ。恐らく、鮫に大切なモノを食われたのでは?」

「いや、多分違う気がする……海に反応してなかったしな」

「映画、祭り、雨、犬、鳥、猫――」


 ピクッ。今度は“猫”に反応する。

 “鮫”と“猫”? 関連の無い二単語が判明。まだ情報がいるな。


「車、ドライブ、動物園、水族館、猫カフェ、映画館、暗転、ベッド、セッ○ス」

「ヨシ君、あんまり過激なのは止めとこうぜ」

「おや、失念しておりました。確かにプライベートを探られて良い気持ちはしませんな」


 しかし、その辺りには反応しなかった。まぁ、コイツの浮いた話なんて聞かないしな。一応……


「……女子高生」


 確認の為に加賀がポツリとその単語を口にすと、ケンゴはピクッと反応した。


「事案ですかな?」

「確認してみる。夜」


 ピクッ。


「浴衣」


 ピクッ。


「濡れ」


 シーン。


「抱きつく」


 シーン。


「……手を繋ぐ」


 ピクッ。


「隣人」


 ピクッ。


「妹みたいな女の子」


 ピククッ。


「あー、そう言う事か」


 やっと進展したのか、と加賀は納得し、ヨシ君は何か解りましたかな? と聞いてくる。


「鳳のアパートの隣にな、昔から世話を焼いてる女の子が居るんだよ。名前は鮫島凛香ちゃん」

「“鮫”ですな」

「そのアパートには猫が放し飼いされてる」

「“猫”ですな」

「猫が原因でラッキーなんちゃらがあったんだろ。それで怒られたとか距離をおかれてるとか……そんなとこだと思う」


 男同士でしか話せない事なら鬼灯先輩にも相談は難しいか。今日、飲みに連れて行って聞き出そう。

 加賀は作画コストが低下しているケンゴから細かい事情を聞き出す事にした。


「我輩も同席してもよろしいですかな?」

「ああ、いいよ。泉は……パスするか」

「泉殿はこの話題に厳しそうですからなぁ」


 女の意見も欲しい所だが、まずは男だけで話しをするべきだろう。


 すると、食堂のニュースは地元の祭りにハリウッド俳優の佐々木光之助がゲストとして招かれた事を報じていた。

 情報ソースはYouTuberに投稿された、暗黒仮面舞踏会の模様からである。

 カポエラ俳優と退治するクモ男。現れるベイ○ーとトルー○ー。仮面ラ○ダーの参戦。


「カオスですなぁ」

「世の中どうなってんだ?」


 ニュースの映像はハリウッド俳優がモブになる程に濃い面子が入り乱れている。


 仮面ラ○ダーの動きにヨシ君は、おや? と何かに気づいた様に反応する。

 映像に対しニュースキャスターがコメントを始めた。


『あの大スターが地元の祭りに来ていたとは、是非とも行っても見たかったですね』

『今、佐々木光之助が主演する大ヒット公開中でして『ワールド・アドベンチャー』は派手なアクションからキスシーンまであり、大人から子供まで幅広い世代に――』


 ガタッ!


「ん?」

「え?」


 思わず椅子から落ちそうになる程に反応したケンゴに二人は視線を送った。






「え……ケン兄とキスした?」


 昼休み。人気の無い第二校舎の日影でリンカはケンゴとのキスの事をヒカリに話していた。


「で、でも! 事故! 事故みたいなものだから!」

「シチュエーションを詳しく。判定するわ」

「ええ……」


 あの時の事を思い出し、尚且つ説明しなければならないのか……

 顔が赤くなり、心臓が速鳴るのを感じる。


「えっとね……祭りに行った帰りに」

「ふんふん」

「アパートの廊下で転んじゃって」

「ほー」

「受け止めてもらって、大丈夫か確認したら目が合って」

「それでそれで」

「き、気がついたら……キ、キ、キスしてましたぁ!」

「ぐふぅ!」


 リンカは顔を真っ赤にして最後は叫ぶ。ヒカリもあまりの尊みに自分の胸を押さえて、ふらふらと近くの壁にもたれ掛かった。


「これは……凄まじいわね。ラッキーなんて状況を越えてるわ」

「事故! 事故だから!」

「リン、それは事故じゃないわ! あんたの抑えきれない感情が引き起こしたエクストライベントよ!」


 ビシッ! と宣言するヒカリに確信を突かれた様な衝撃を受けるリンカ。


「そ、そんな事……あるかも」


 妹扱いするケンゴに対してキスの件は間接的にこちらの気持ちを伝える事になっただろう。


「でも、丁度良い塩梅かもね。ケン兄ってわたし達の事、妹みたいにしか見て無かったし」

「それは、何度かムカついた事あった」


 でしょー? と共感出来る話題に互いに頷き合う。


「それで、ケン兄の方はキスに関してなんて?」

「……してからまだ顔を合わせてない」

「ちょっと、ちょっとリン。そこで日和(ひよ)ってどうするの! 畳み掛けないと、また妹に逆戻りよ!」


 ケンゴが出す回答がこちらが思っている通りとは限らない。変に解釈を変えてくる事も十分に考えられた。


「ご飯でも持って行って一緒に食べて、そんで押し倒せ! 関係をがーっと進めるのよ! あの究極鈍感神が揺らいでる今こそ、畳み掛けるの!」

「え、いやいや! それは無理! 絶対に無理無理! 押し倒すとか――」


 状況を想像して、ボンッと頭がオーバーヒートしたリンカは、きゅ~と倒れた。


「リン? うわ!? 気を失ってる?!」


 まだ、死ぬんじゃないわよ! とヒカリは戦場から生存した兵士のようにリンカに肩を貸すと保健室へ連れて行った。

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