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懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話  作者: 古河新後
6章 彼女のヒーロー

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第81話 キャット・ザ・キッス

 『ウォータードロップ号』。

 ケンゴからその単語を聞いたリンカはどこかで見たような気がした。


「知ってる?」

「……いや。知らない」


 しかし、ちょっと思い出せないので知らないと言う事にしておく。

 すると、ケンゴは少しだけ安堵する様に説明を始めた。


「昔あった海難事故だよ。客船が遭難して乗ってる人全員が死亡した悲惨な事件だ」

「あの慰霊碑はその被害者のか?」

「そう。色々あって立てられた。けど、その意味を知る人は殆んどいない。だから今度行ったときは手をあわせてあげてね」

「お前は行かないのか?」


 何気ないリンカの問いにケンゴは、


「オレには……そんな資格はないから……」

「?」


 ボソリと言った言葉にリンカが不思議がっていると慌てて、わざわざ行くほどでも無いからさ、といつもの笑みを浮かべる。

 そんなこんなを話していると雨は止んだ。


「大丈夫そうだ。帰ろうか」


 ケンゴは屋根の下から出て、月と星が再び見えてきたのを確認すると、リンカに手を差し伸べる。


「……あたしから繋ぐ予定だったのに」

「ん? なに?」

「なんでもない」


 そう言ってリンカは不貞腐れた様にケンゴの手を握った。






 昔は良く手を繋いでいた。そんな行為に何の抵抗も無かったし普通に出来ると思っていた。


「リンカちゃん。コンビニでなんか買う?」

「い、いい! 早く行くぞ!」


 人目が物凄く気になる。監視カメラにさえも、今の自分は映りたくない。

 繋いだ手を通して彼の体温が伝わり、同時にこちらの体温も伝えているハズだ。多分自分の顔は真っ赤になってるだろう。

 そう思うと途端に恥ずかしくなって何度も手を離そうかと思った。眼もぐるぐる回ってるに違いない。


 単純に手を繋いだだけ。それだけなのに、身体全部が繋がった様に感じる。彼はどう思っているのだろうか。


「お、ジャックだ」


 近くの塀の上から見下ろしてくる大家さんの放し飼い猫のジャックを見て挨拶をかわしている。

 全然、いつも通りの様子にあたしだけ舞い上がっているのが馬鹿馬鹿しくなった。


「ん? どうしたの?」

「……別に」


 抵抗して手を強く握ってやったが、大した効果はなかった。


「明日は仕事か?」

「そうだよ。リンカちゃんの学校は?」

「明後日から」

「そっか。今年の夏は楽しかった?」

「何か質問がおっさんくさい」

「うぐっ!」


 手を通じてあからさまなダメージを感じ取れる。感情を出すのがストレートな彼なら嘘発見器にもなるな、コレ。


「そっちはどうなんだよ」

「どう……って?」

「その……楽しかったか?」


 彼は思い出す様に微笑み、いつもよりも近い距離で見る表情に、あたしは心臓が高鳴るのを感じた。


「楽しかったよ。でも、リンカちゃんに誘われてばっかりだったね。今度行きたい所があったら次はオレが連れてってあげるよ」

「……考えとく」

「あ、でも。なるべく現実的な所でお願いします」

「何だそれ」


 呆れるあたしに彼は、海外とかキツイからさぁ、と弁明した。


「海外は知り合いとか居るんだろ?」

「ニューヨークに行けばね。それに大都市でも、友達に遭遇する事なんて殆んどないよ」


 それもそうか。とあたしは納得し塀の上を、ととと、と着いてくるジャックを見る。

 その視線だけが、じっとあたしたちを見ていた。






 アパートが見え、流石に階段は上りづらいのでリンカとは手を離した。


「……」

「どうしたの?」

「別に……」


 なんか、リンカが離した手を名残惜しそうに見ている。


「別にいつでも繋いであげるよ?」

「……うるさい」


 そう言ってリンカが先に上る。先ほどの雨で滑りやすくなっている事を注意しつつオレも続いた。


 雨が降ったとはいえ太陽のない夜では蒸し暑くなるばかりだ。湿気が酷く、汗と混じってベタベタしているので部屋に入ったら即、風呂だな。


「え? あ、ちょっと――」


 廊下を歩いていると、足元をうろつくジャックと濡れた足場のコンボでリンカが態勢を崩した。オレは咄嗟に床と彼女の間に入って受け止める。


「んが!?」

「! 大丈夫――」


 リンカの背中を受け止める形でオレは倒れ込むが、少し背中と尻を打っただけで頭も無事。ジャックのヤローは、たー、と距離を取って毛繕いしている。


「大丈夫だよ」


 こちらを見るリンカにそう言うと、心配そうに見上げてくる彼女の眼と合った。それは少しだけ今までの雰囲気とは違う。


 手を繋いでいた時よりも密着面積が大きいのか、リンカの息づかいから鼓動まで事細かに感じ取れる。


 すると彼女の目は近づいて来て――






 オレにキスをしていた。


「――――」


 五秒くらいだっただろうか。唇と唇が重なるキス。リンカはゆっくりと唇を離すと背を向けて起き上がる。


「……今日は楽しかったから……お礼だ!」

「あ……はい」

「か、か、解散! じゃ、じゃ、じゃあな!!」


 そう言ってリンカはオレとは目を合わせずに部屋へ入って行った。







 やっ……やっ……やっちゃったぁぁぁぁ!!


 あたしは部屋に入るとすぐに扉を閉めて顔を覆う。

 つい、雰囲気に呑まれて反射的にシテしまった。キ、キ、キスを!!

 今、心臓が吹っ飛びそうな程に速く動いている。うっ……苦しい……でもこれは通過しなければならない苦しみなのだ。


「フーフー……」


 扉を背に胸を押さえて呼吸を整える。まだ彼はこの扉を隔てた先にいるのだ。ここで声を上げると本当に恥ずかしさで死ぬかもしれない。

 すると、ジャックこらー、と言う彼の声と部屋に入る音。あたしはようやく安堵した。


「……」


 彼と触れた唇を触る。あの瞬間、彼はあたしの事をどう思ったのだろうか?


「……お風呂入ろ」


 あたしは、ただいまー、とサンダルを脱ぐと、濡れたでしょ~? と部屋の奥からの、ほろ酔いの母の声に出迎えられた。


 キスの感想は次に会った時に聞く事にしよう。

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