第691話 彼氏彼女フィルターと言うヤツか
殺意と気迫が波打つ崖のようにぶつかり合う決闘は実際の所、沈黙である。
来客が鳴らしたその音に反応してもおかしくないのだが、二人は何も聞こえていない様子でスッ(ブロックを取る)、カチ……(最上段に乗せる)を繰り返していた。
その都度、荒れ狂う殺意と気迫の大嵐に揉まれるオレの精神は、コロシテ……コロシテ……状態。だ、だみだぁ……このままでは精神が持たないわぁ。
ランランラーン♪ ランランラーン♪ トゥルルルルッル♪ ルールルルー♪ と昔、教育テレビで見た、アライグマラス○ルの曲が脳を護るために勝手に流れ始めた。
本格的にヤベェ……。明らかな危機を脳が発し始めたその時、
ピンポーン――と、鳴ったインターホンが室内に響く。
地獄に雲の糸、海上遭難時のゴムボート、ジェンガにインターホンと言う謎理論が成立する程の希望にオレは、ぬぉぉぉ! と殺意と気迫がみっちり詰まった部屋から抜け出す様に扉に手を掛け、下手な振動を起こさない様に立ち上がる。
「よう」
「リンカちゃん……ぜぇ……ぜぇ……」
来客はリンカだった。手には何やら食欲をそそる、美味しそうな匂いの料理を手土産に持ってきてくれたご様子。
何だろう……彼女になったからかな。今までとは変わらないのに、可愛く見えるぞい。いや、今までも可愛かったんたけどさ。これが付き合い始めた彼氏彼女フィルターと言うヤツか……イイネ!
「……赤羽さんと……お爺さん?」
リンカはひょこっと、オレの脇から部屋の中を見て赤羽さんとジジィの姿を確認する。
「リンカちゃんは里でじっ様と会ってたんだったね」
「話しはしなかったけどな。軽く会釈した程度だけど」
変な所は無いか? とオレに身だしなみを聞いてくるリンカ。いつも通りだよ、とオレは返しつつ料理の乗ったお盆を受け取った。
「こんな様子じゃ無かったらきちんと顔を合わせて欲しい所だけど」
「……あれ、ジェンガか?」
「ガチジェンガ」
どんどん骨になっていくジェンガタワーを見るリンカも怪訝な顔を作る。
「そうか。じゃあな、また連絡する」
「! ちょっと、待って!」
踵を返そうとしたリンカの手をオレは掴んだ。
「えっ!? ちょっと! 何!?」
すると、リンカにとっては予想外の行動だったらしく驚いて振り返る。
「一緒に居てよぉ! 一人でこの空気に耐えられそうにないんだぁ!」
一人でこの部屋に留まるなんて……正気の沙汰じゃない!
「えぇ……ジェンガやってるだけだろ? それならお前も逃げれば良いじゃん。勝手に終わるだろ」
「……オレもそうしたいんだけどさ。何かあった時に止めないとマズイから……」
少なくとも本気の殺意と気迫をぶつけ合う二人だ。今は公平にジェンガにて雌雄を決しているが、何がキッカケでガチの殺し合いになるかわからない。
その時に二人だけにすると、間違いなくオレの部屋は血に染まる。
しかし、オレ一人では耐えられない。精神を護るためにアライグ○ラスカルのOPも脳内で流れる程だ。
「……」
リンカは再度、室内を見る。
玄関先で会話をしているにも関わらず、微塵もこちらを気にかけない集中力は、スッ、カチ……を繰り返すジェンガの使徒だ。まるで悪魔を喚び出す儀式である。
「お願いリンカちゃん! オレを助けると思って! 一人にしないでぇ!」
「わかった! わかった! 腰にしがみつくな!」
料理を届けるついでに様子を見に来たら、当然ながら彼が扉を開けた。
なんだろう……いつもと変わらないハズなのに、彼がかっこよく見える。これが……彼氏彼女フィルターと言うヤツか……悪くないなぁ。
昔みたいに“おにいちゃん”って呼んでも良いかなって思っいたが、そのラインを越えると無き崩しに心を全部さらけ出しそうだ。口調を今までのを維持する事で何とか平常心を保つ。
ふー、危ない危ない……今日は感情の起伏が激しかったから心の耐久ゲージが結構減ってるんだよぁ。彼から目を反らす為に室内を見る。
「……赤羽さんと……お爺さん?」
そこには少し奇妙に見える光景。アパートの大家さんである赤羽さんと、彼の祖父でもあるお爺さんが向かい合ってジェンガをやっていた。
「リンカちゃんは里でじっ様と会ってたんだったね」
「話しはしなかったけどな。軽く会釈した程度だけど」
お爺さんは彼の一番近い身内だ。最低限の身嗜みは整えると思うけど、変な所が無いか彼に聞く。いつもの通りだよ、と返してくれた。
「こんな様子じゃ無かったらきちんと顔を合わせて欲しい所だけどね」
そうなると……やっぱり、お風呂くらいは入ってきた方が良いかなぁ。
「……あれ、ジェンガか?」
「ガチジェンガ」
退散の為にちょっと話題を反らす。料理も渡したし、ここは一旦……お風呂に入って来よう。
「そうか。じゃあな、また連絡する」
「! ちょっと、待って!」
彼が慌てて手を掴んできた。告白された時の余韻もあってかドキッと心臓が跳ねる。
「えっ!? ちょっと! 何!?」
顔が赤くなっているのは驚いた事で誤魔化せてると思いたい。
「一緒に居てよぉ! 一人でこの空気に耐えられそうにないんだぁ!」
と、情けなく縋ってくる彼。
今までなら冷静に、痴漢だぞ、なんだの言って避けられたが、彼氏彼女になるとまた意味合いが違って感じる。何て言うか……頼ってくれて嬉しい。しかし……コレを許すと全部許しそうになる。
とにかく一旦距離を取らないと!
「えぇ……ジェンガやってるだけだろ? それならお前も逃げれば良いじゃん。勝手に終わるだろ」
「……オレもそうしたいんだけどさ。何かあった時に止めないとマズイから……」
「……」
あたしは再度、部屋の中でジェンガをやっている二人を見る。
確かに凄い真面目にやっているが、そこまで気にかける事かな? と、そんなあたしの帰る雰囲気を察したのか彼が腰にしがみついてきた。
「お願いリンカちゃん! オレを助けると思って! 一人にしないでぇ!」
「わかった! わかった! 腰にしがみつくな!」
お風呂入って無いんだって!
あたしは、とにかく彼に離れてもらいたい一心で共に部屋へ入る事を告げた。
対等な関係だからこそ、腰にしがみつく




