第690話 あっ、崩れた! 負っけ~♪
スッ、とブロックの一つをジョージは取ると上部に置いた。
そして、一秒の間を置いて、次は赤羽がブロックを取って上部に置く。
「…………」
「…………」
ホー、ホー、と梟が鳴く密林の深夜。
ランプの灯りを頼りに、ジョージと赤羽は本気でジェンガをやっていた。
木の板を敷いて平行な場を作り、その上にタワーの様に積んだブロックを順に抜いていく。
「ハハハ。トキ婆」
「なんじゃ? クロト」
「ジョー爺さんとレッドフェザーは何やってんだ?」
「古来より続く人の宿命を決めておる。本来ならば相手の命を奪うことで完結することじゃが、戦力ダウンは望ましく無いからのぅ」
「ハハハ。それでジェンガかよ」
殺意と気迫。ブロックを抜き、上部に置く度にソレらが放たれ指先の乱れを誘発する。
しかし、ジョージも赤羽もオーラは拮抗しており、威圧によるミスは互いに考えられなかった。
「…………」
「…………」
スッ、スッ、とジェンガは進む。世界でも最高峰の実力を持つ二人が、無言で真剣にジェンガで殺意と気迫を飛ばす様は何ともシュールだった。
「ハハハ。そもそも何でジェンガなんだ?」
「機内に残ってたのがソレじゃったからな。まぁ、イカサマとディーラーが必要ない分、勝手に決着がつくじゃろ」
「ハハハ。テーブルゲームに向かない二人だな」
「フワァ~。ワシは寝る。クロト、見張りを頼む――」
その時、チュンッ! とランプの光を狙撃された。
「片付けてから寝るか」
「ハハハ、了解――」
弾丸がどの角度から来たのか、クロトは動体視力で、トキは壊れたランプの破損状況から察する。と、
「ん?」
ゆらり、とジョージと赤羽が立ち上がる。
決着が着いたのかとトキはジェンガを見るとランプの破片が当たって、ものの見事に倒れていた。
「…………」
「…………」
勝負を邪魔した狙撃手を始末しにジョージと赤羽が闇へ姿を消した。
「あらら。気の毒じゃのぅ」
自分たちの出番はない。トキは崩れたジェンガを確認すると、
「ブロックが破損しとるか。こりゃ、決着はお預けじゃな」
ジェンガ。
1983年に発売されたイギリス発祥のテーブルゲームである。
54本の細長いブロックを互い違いに組み合わせた塔から、1本ずつ順番にブロックを抜いて、塔の上に積み上げ、バランスを崩し塔が崩れたら負け。 ジェンガはスワヒリ語で“積み上げる”を意味する。
中には備え付けのハンマーでブロックを抜いたりする等の変則的なモノもあるが、ジジィと赤羽さんがやるのは自分の指で抜くローカルルールのヤツだった。
「…………」
「…………」
オレの部屋。二人はちゃぶ台を挟んで、その真ん中に置かれたジェンガに意識を全て集中していた。
リンカが来る事を想定して普段から片付けているので突発的に二人を招き入れる事は問題ない。問題なのは……
「えっと……これからジェンガ始めるよ。負けても勝っても恨みっこ無しで」
「…………」
「…………」
無言で開始の合図を待つ二人。うぅ……なんつー、殺意と気迫だよ。里で総理と対談した時よりも空気が張りつめてる。
く、苦しい……酸素が……二人の威圧に押されて真空になっていく様だ……テーブルゲームって、こんなに殺伐するモノだったけ? もっとこう……
あっ、崩れた! 負っけ~♪
くっそう♪ 次は負けないぞ♪
ってな感じでさ。キャハハ、ウフフって感じで、和気あいあいとする為に開発されたんじゃねーの? 英国もこんな形での使用は想定してないだろう。
いや……ルールと使い方は公式なんだけどさ……
「ケンゴ君。コイントスを頼むよ。私は表だ」
「裏」
ジェンガはターン制。先行と後行を決める必要がある。オレはコインを弾いて手の甲と手の平で挟むようにキャッチすると結果を見る。
「あ、はい……じゃあ、裏なんでじっ様の先行で」
崩れたら負けなゲームである事からブロックを抜く回数は少ない方が良い。僅差ではあるもののジェンガは先行の方が若干不利である。
すると、ジジィはタワーの土台の一つ上の段からブロックを抜いた。しかも外側。下の段が不安定になれば崩れやすくなるのは言うまでもない。
「グダグダ時間をかけるつもりはねぇ。とっとと終わらせる」
そう言って、ジジィは殺気を飛ばしつつ上抜いたブロックを上に積む。
並みの人間なら、この時点で失禁するレベルの殺意だ。まるで刃物で身体を貫かれたよう。くふっ……ちょっと吐血した。
ジジィが何故ここまで赤羽さんを敵視するのかわからない。ホントに二人の間に何があったんだろう?
「とっとと終わらせる……か。それは私の望みでもある」
その殺気を平然と受け止める赤羽さんもジジィと同じ段を抜いた。
ジェンガのブロックは真ん中を抜くか左右を抜くかの2パターンがある。
真ん中を抜く場合は安定した土台とし確立させる抜き方だが、真ん中を抜く関係上、指で押し出す必要がある為、抜く際にタワーを倒す可能性がある。
それに対して左右を抜く場合は、比較的に抜きやすいものの、ロングゲームになった時の安定感が損なわれて行く。ある意味諸刃の剣だ。
「今日はいつも見ているエンタメ番組がスペシャルなのでね。時間をかけてはいられない」
カチ、と上にブロックを置いた後に赤羽さんからの気迫にオレは吹き飛ばされそうになる。うぉぉぉ!? まるで突風だ!
「ふん。くだらねぇ。そんな考えだとお前が負けるのも時間の問題だな」
「その答えはいずれ出る。君の負けでね」
ズォ! と二人の殺意と気迫が増す。オレはそれに圧されて部屋の壁に押し当てられる。
ぬぉぉぉ!? 息……息を……吸わなければ……死ぬ……
もうね、部屋に何十人と居るような密度を感じる圧だよ。誰かタスケテェ……このままだと精神がイかれちゃうよぉ!
その時、ピンポーン――とインターホンが鳴った。
スペシャルはリアタイで見る主義の赤羽さん




