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懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話  作者: 古河新後
40章 老兵達

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第666話 すごいね、人類

 バサァ――とローレライの翼が昼下がりの空に黒点を残すが如く舞う。

 そして、商店街を飛行し、ジョージの姿を見つけると近くの電線に着地した。


「…………」


 彼は今、ただならぬ戦いの傍観者となっている。






「このチビ子達は親友(とも)の大事な家族でね。俺が託されている」


 国尾はセナを前に退かず、デフォルトの余裕の笑みで、ドンッ! と宣言する。


「あら~そうなんですか~。ですけど~お子さん達は兄妹と言う感じには見えませんね~」


 ちらり、と視線を向けられる子供三人は、まだ狙ってるぅ! と国尾の陰にしがみつく。

 ほっほう!? この女性……なんて洞察力をしていやがる……やはり……強いっ!


「ほっほう。彼らは孤児施設『空の園』の子供達さ。本来なら親友が相手をする予定だったが、急遽仕事が入ってね。俺が代打を勤めたってワケ」


“国尾の旦那、チビ共に荷車でユニコ君に会いに行くって一週間前から約束しててよぉ。けど、こっちの仕事は頼ってくれるヤツが俺らしかいねぇんだ。ホントにすまねぇ!”


 ジムで己のマッスルと向き合っていた蓮斗から頼まれた時、国尾は二言返事でオーケーした。何なら話を聞いていた他のマッスラーも、手を貸そうか? と言って来たくらいである。『ライトマッスル』に他人は居ない。


「そして、貴女程の人間なら解るハズだ」

「何をです~?」

「この子達が誰を拒絶し、誰を受け入れているかと言うことを」


 選ぶのは子供達である。

 セナから本能的に逃げる三人は国尾にすがり付いた。結論は既に出ている様なモノだった。


「子供達は渡さない。お引き取り願おう」

「うふふ~」


 結果は明らかに見えている。貴女はどう足掻いても勝てない。しかし……何故、退く気配がない……?


「それは、早計と言うモノでなくて~?」

「なに?」


 セナは子供達に合わせる様に片膝で屈み、目線を低くする。


「男性では満たされないモノがあると言う事ですよ~」


 視線が近くなったセナに三人は怯えるが、先程のような獲物を狙う眼光ではない、優しい視線に少しだけ警戒心が緩む。


「何をする気だい?」

「一度だけ、試させて貰えませんか~」


 そう言ってセナは両手を広げて三人に微笑む。


「その子達が満たされるモノ私が与えられるかどうかを~」






 国尾と言う絶対守護者の存在を前にしつつも未だアプローチを続けてくるセナ。その雰囲気は先程の可愛いモノを捕まえるモノではなく、優しく包んでくれそうな柔らかさを感じた。


「試してみない~? それとも、まだ怖い~?」


 そう言って三人に微笑むセナに、短髪小僧の勝治(かつじ)が前に出た。


「俺は怖くねぇぞ!」

「かっちゃん、止めときな。アレは君の手に負えるモノじゃない」

「さっきは怖かったけど、今はアニキがいる! だから大丈夫だ!」


 勝治は国尾の笑って見せると、キッ、とセナを見る。国尾はいつでもカバーに入れるように身構えた。他二人は緊張しつつも静観。そして――


「かかってこい!」


 ふわりと、勝治をセナが抱きしめた。






 勝治は半年前までフリーのトラック運転士の父を片親に持つ少年だった。

 母は一年前に蒸発するように離婚届けを置いて姿を消した。それでも勝治は平日には学校に行き、休みの日は父を手伝う形で助手席に乗りいつも父の側に居た。

 武骨で不器用な父だが、一緒にいて安心できる二人だけの小さな車内空間が勝治は好きだった。

 しかし、ある日の休日……早朝からトラックを走らせた際に居眠り運転をして正面から突っ込んできた対向車線のトラックによって父は死んだ。同じ様に乗っていた勝治は衝突の際に奇跡的に出来た空間に居た為にかすり傷で済んだのだった。

 だが、心は大きな傷を負った。それから閉所恐怖となり、父を失った事で何も分からなくなった。

 そんな勝治を面倒だと見た親類は引き取る事を拒否し、彼は『空の園』へ引き取られたのである。

 『空の園』で、院長の柊と様子を見に来る蓮斗やハジメ、他の子供達との交流を得て前のような明るさを取り戻した。

 けれど、心にある暗い部分は根強く残っている。ソレを隠すような明るさである事は、柊やハジメは気づいていた。

 勝治にとって母親など居ない様なモノ。自分の親は父だけだ。


「――――」


 そんな勝治がセナに正面から抱きしめられるとどうなるか?

 父や施設の人たちは自分を受け入れてくれたが、直接的な“暖かさ”を伝える事は出来なかった。

 セナが与えてくれた暖かさは、本当に僅かだけ覚えていた、母の暖かさを心から思い出させてくれていた。思わず涙が頬をつたる。

 セナは長く拘束せずゆっくりと離した。


「君は心に冷たい塊があるわ~。でも、皆と一緒なら溶けて無くなるわね~」

「え……あ……うん……」


 微笑むセナに勝治は最初の威勢が嘘のように顔を赤くする。そんな勝治の頭をセナを優しく撫でながら、


「君は大丈夫よ~だから泣かないでね~」

「! な、泣いてねぇ! 泣いてねぇよ!」


 ぐず、と少し鼻をすすりつつ、勝治は三人の元へ戻る。


「勝治君。大丈夫ですか?」

「勝治、なに泣いてるよの」

「な、泣いてねぇって!」

「かっちゃんよ。それは正しい涙さ。恥じることは無いぜぇ」


 国尾はセナを見る。どうやら……俺では彼らに与えられないモノを彼女は与えられる様だ。


「非科学的ですね」


 キラリッ、と眼鏡を光らせる少年がセナを見つつ勝治へ告げる。


「抱きしめられて涙を流すなど、子供ですねぇ。勝治君は」

「な! 学! お前は俺と同い年だろ! そこまで言うなら次はお前行けよ!」

「もちろん。次は僕です」


 ザッ、と(まなぶ)はセナの雰囲気に飲まれるな事無く前に立つ。


「行くか、マナブ」

「マサさん。僕は自分で経験しない限りは全否定派なのです。卓上の理論など所詮は0~9の数字で解明できる数論に過ぎません」

「ほっほう! 万物は全て愛に帰結する。それも証明が可能なのかい?」

「人類がいつか解き明かします」

「すごいね、人類」


 そう言ってマナブはセナの前に立つと自ら手を広げた。


「ハグをどうぞ。先程は戦力差から逃げ惑いましたが、勝治君の様に僕は絆されませんよ?」

「う~ん」


 セナはそんなマナブを見て少し考える。


「おや、戦意喪失ですか? 所詮は貴女も――」

「君は~眼鏡をかけてるでしょ~? だから抱きしめるよりも~」


 セナは立ち上がり、近くの店から椅子を借り、それに自分が座る。


「おいで~」


 膝を、ぽんぽん、と叩いてマナブに座る様に告げる。


「……まぁ、何も変わりませんが」


 マナブはひょいっと、セナ椅子に座った。

すごいね、人類

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