第630話 家庭科室に立て籠ってます
「すみませーん」
「あ、いらっしゃいませ。鮫島」
『偉人カフェ』に来訪したリンカを和服を着たサッカー部のエースこと、爽やか先輩の佐々木が対応した。
あの、佐々木光之助と同じ名字を持つ爽やか先輩だが、良くある名字と言うだけで親類関係ではない。
「それと大宮司先輩も。二人で来てくれたんですか?」
リンカの側に居る大宮司は相変わらずに圧をまとっているが、先日の体育館での一件を得て、皆からの視線は違ったモノに変わっていた。
「いや……客としてはまた寄らせて貰う。今は鮫島の用事でな。暮石に貸した電気ケトルを鮫島に譲って欲しいんだ」
暮石が持ってきた事は『偉人カフェ』でも周知していた。
「良いですよ。持ってきたケトルは家庭科室で暮石さんが様子を見てますから、彼女に声をかけてください」
「すまんな」
「ありがとうございます」
「いえいえ。実のところ……暮石さんの様子が何かおかしくてですね……家庭科室に立て籠ってます」
「立て籠るだと?」
保健委員として校内を徘徊する暮石の事は三年生は勿論、一年生もそれなりに知っている。
スレ違えば挨拶をしてくるので、自然と皆挨拶を返すのだ。そんな彼女が立てこもり事件を起こすとは……
「なんか、いつもよりも落ち着きが無いと言うか……暮石さん、何かと動き回ってたんです」
「それは普通なんじゃないか?」
「暮石さんに限ってはそうじゃ無いんですよ。彼女は保健委員長って立場を理解していて、自分が咄嗟に動けない事が無い様に、用事が無い限りは大きく動こうとはしないんです」
「立派ですね」
「自分の管理はしっかり出来る。だから皆、暮石さんが近くに居るだけでだいぶ安心出来るんだけど……今は常に何かとしようとして空回りしてるみたいでね。少し前にケトルを一つ落としちゃって壊しちゃったんだ」
お湯も入っていたらしく、結構危なかったらしい。
「怪我は出なかったか?」
「はい、幸いにも。しかし、それに責任を感じたらしく、代わりの電気ケトルを持ってきて店内のケトルを全部家庭科室に移動してお湯番をやってます。文化祭中はずっとソレをやるつもりで家庭科室に籠っちゃっいまして。時折女子が見に行くんですけど、完璧に管理された保温ポットを渡されて帰らされるらしいです」
暮石は落ち着きがあって、親しみやすい保健委員と言う印象が根付いている。
無論、それは間違いではないが……今回の異様な暮石の動きにクラスメイトは、どうしたものか、と少し悩んでいた。
「なるほど暮石を校内で見かけないのは、そう言う事か」
「佐久真」
そこへ、見回りをしていた風紀委員長の佐久真がやってくる。
「盗み聞きか? らしくないな」
「聞こえただけの不可抗力だ。お疲れ様です、大宮司先輩。と……一年生女子」
会釈しつつ、佐久真は大宮司とリンカに挨拶をする。
「ずっと歩き回ってる様だが、休憩はしてるのか?」
「程ほどにしてますよ。初日と違って気にかけるのは来客者だけですので、他の風紀委員となんとか回せてます」
大宮司とそう話す佐久真をリンカは少し観察すると肩の腕章を見つける。
“青色の腕章は風紀員のボスだからね”
と言うヒカリの言葉を思い出した。
「鮫島です。見回り、ご苦労様です」
「ああ、ありがとう。鮫島」
「佐久真、君は暮石さんの事情を何か知ってるのか?」
「一端を担ったかもしれん……だから、暮石と話をしに来た」
どうやら、来客した他の風紀員から暮石の状況を聞いての来訪らしい。
「今のところ、問題は起こってないが、家庭科室は文化祭でも他のクラスも利用する。その時に摩擦が生まれるのは良くないからな」
「相変わらずに真面目だことで」
「風紀の乱れを事前に防ぐ事は、被害者と加害者の両方を護れるからな」
一年しか違わないのに、佐久真先輩はしっかりしてるなぁ。どっかのお隣さんとは大違いだ。
佐久真よりも10歳近く年上のケンゴの方が落ち着きがない事を認識させられる。
「佐久真先輩って……警察官とか目指してるんですか?」
その考え方など、その職業にぴったりだ。
「そんなつもりは無い。高校を卒業したら、両親の仕事を手伝うつもりだ」
「そうなのか? 君の両親は何をやってる人だっけ? どっかの会社の社長?」
自分の事をあまり語らない佐久真の生い立ちに興味がそそられた佐々木は質問を追加する。
「考古学者だ。中学の三年間は両親と共に秘境の地を巡っていた」
「……暮石さんが幼馴染みって聞いてたからてっきりここが地元だと思ってたよ。じゃあ、その責任感は地かい?」
「そんなところだ。ちなみに二年前は両親と一緒にヒマラヤでシャングリラの手掛かりと思わしき石碑を探していたな。見つけたワケなのだが、結局は地元の人間の落書きだった」
日本で過ごしたのは小学生の頃までで、中学生時代は両親と共に海外を飛び回っていたらしい。
「でも、君は英語の成績悪いよね?」
「基本的には言葉の通じない場所にしか行かなかったからな。英語は最低限の意志疎通が出来る程度だ。書いたり質問に応えるのは違う読解力が必要だよ」
故に、一般教養を危惧した佐久真の両親は日本の高校に通わせる事にしたのだ。
「濃い人生を送ってるな」
「大宮司先輩にだけは言われたくありませんよ」
そう言いつつ佐久真は二人の前を通過すると、家庭科室の扉に手を掛けた。
可愛いテロ




