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懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話  作者: 古河新後
38章 文化祭編2 縁の交差点

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第620話 熱

 熱は……熱ければ熱いほど、消えた時は冷える。

 熱は……俺にとってカバディで、消える時は試合終了のブザーだった。


「カバディ」


 最終レイド。

 キャントをしつつミッドラインを越える草苅のテンションは最高潮だった。

 あらゆる感覚が研ぎ澄まされ、それでいて視野を広く感じる。相手の心臓の鼓動さえも聞こえるのではないかと思うほどである。


 足取りに迷いがなく、自分が倒される未来(ヴィジョン)が全く見えない。


「カバディ」


 この熱はもう二度と感じられない。だから……このレイドは最高のモノとして終らせる。


 草苅の異常なまでの集中力に対して、ケンゴはサマーの指示通りに動く。


「……カバディ」


 ボークラインをゆっくり歩きながら目指す草苅の側面へ道を開けるように移動するケンゴ。

 サマーは少し下がって、ボークラインの後ろで草苅を迎え討つ。


「カバディ」


 一回目と同じ様な陣形だ。これは……サマーさんが掴んで鳳さんが主体のキャッチを決める布陣かな?


「カバディ」


 一度失敗している陣形を繰り返すのは愚行――と考えるのは二流だ。

 この二人はそんな容易く勝負を捨てたりしない。もしも、勝負を捨てるつもりなら、この焼けつく様な熱を生み出すハズは無いのだ。


「カバディ」


 草苅は二人の心意気に不謹慎ながら微笑む。勝負は一瞬。それも瞬きの間さえも惜しい程に――


「カバ――」


 草苅の足が――


「ディ」


 ボークラインを踏む。その瞬間、炎が吹き出す様に側面からの熱が草苅を飲み込む。

 ケンゴのタックル。距離的に到着まで一秒――


「――カバディ」


 熱は燃料が多いほど強く燃える。

 ケンゴの(タックル)に飲み込まれる草苅。彼はケンゴの肩と腕を取って、自ら倒れる様に横に転がるとその勢いを利用してタックルを横に流した。


「うっうぇ!?」

「カバディ――」


 流されたケンゴはズザーと滑って通過する。立ち上がる草苅は僅かに眼を離したサマーの動向を追った。


「カバディ」


 居ない――いや……居る!


 真下の死角。ケンゴのタックルを囮に彼女は小柄な身体を利用して草苅の死角に入ると、手首を両手で掴んだ。

 足を掴んでは剥がされる。そう判断してのキャッチ位置の変更だった。


「カバディ――」


 サマーさん。君は解っているハズだ。純粋な筋力勝負じゃ、俺を止められない。


「カバディ」


 草苅は帰陣を開始する。

 彼女のキャッチを剥がしていると鳳さんの復帰が間に合う。


「カバディ――」


 キャッチは腕。両足が自由である以上、サマーに掴れたままでも彼女を引きずり、無理やりミッドラインに足を伸ばすことは可能だ。


 搦め手は何もない。残念だ……やっぱり、俺は――

 既に見えた未来(帰陣)なだけに草苅はソレに気づかなかった。


「カバ――ディ――」


 身体が前に進まない。

 サマーは草苅の手首を掴んだ時点で綱引きのように自らの重心を後ろへ全力で下げていた。

 草苅の感じたイメージは地面に突き刺さった杭から伸びる鎖。サマーは全体重で草苅の枷となる事に徹している。

 サマーの熱が草苅を飲み込む。


“そうか! 後ろから飛び付くと前に倒してしまう分、帰陣率が上がるんじゃのう!”


 彼女は一度理解した事を決して無駄にはしない。

 しかし、草苅はこの瞬間もカバディ選手(プレイヤー)だった。


「カバディ」


 草苅の熱がサマーと拮抗する。


 もう、体格だとか女子だとか関係ない。君は俺を倒せるカバディ選手だ。


 最初から諦めるくらいなら、ここにはおらん!


「カバディ」


 眼を合わせただけで意思と熱が互いの魂に燃料をくべる。

 草苅は微笑む。本当に……君が最後の相手で良かった。


「カバディ――」


 サマー渾身の引きに対して草苅は体重を前に預ける様に跳んだ。

 18歳の男子と12歳の女子の体重では、必然とサマーが引っ張られる形となる。


 その場での前方への跳躍。大した飛距離は稼げないが彼女の熱の外――伸ばした足先が帰陣する。


「カバ――」


 その瞬間、かわした(ケンゴ)が側面から草苅を飲み込んだ。


「ディ……」


 これで終わりだった。

 俺の(カバディ)はもう燃え付くしたと思っていた。けど――


 側面から復帰したケンゴのタックルによって草苅の伸ばした足は反らされる様に抱えられると帰陣には届かなかった。


攻撃(レイド)失敗。守備(アンティ)成功」


 紫月は草苅がレイドを失敗した様子に微笑みながらそう宣言した。






「うぉぉぉっしゃ!」


 オレはようやく成功したアンティに立ち上がり、思わず拳を握りしめていた。

 投げたボールがイメージ通りにゴールポストに入った時の感覚に近い。

 それが、サマーちゃんとの連携によって成ったと言うのだから、その達成感は一人で成し遂げた時の比ではない。


「フェニックス。今ならお主と何でも出来る気がするわい」

「奇遇だね。オレもだよ」


 オレはサマーちゃんとハイタッチを交わした。






「…………」

「よう、『到達点』。今の気持ちは?」


 紫月は仰向けに呆ける草苅を覗き込む。そして、手を差し伸べた。


「……不思議な感じだよ」


 その手を取って起き上がる。そして、わーい、とサマーを肩車して喜ぶケンゴへ視線を移した。


「ムカつくか?」

「いいや」

「悔しいか?」

「いいや」


 終わった。その事実だけが心に残る。残っているハズなのに……今度は消えない――


「紫月」

「ん?」

「俺さ、カバディを続けるよ」

「なんだ。やっとソレに気づいたのかよ」


 自分達の中には絶対に消えない(カバディ)がある。

 ようやく親友が気づいた様子に紫月はただただ笑った。

熱中すること程気づきにくい

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