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懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話  作者: 古河新後
4章 盆休みケンゴ編 灼熱の中で輝く

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第59話 カッコいいじゃん

 ダイキはその音を聞いた瞬間に確信した。

 それは自分が完璧なスイングによるインパクトを決めた時と同じ音。最初の打席では相手の打球に押されてフェンスは越えなかった。

 しかし、嵐は違う。ダイキを越える筋力(パワー)とスイング速度は必然と白球をフェンスの外へ運んだ。


『決めたぁぁ! 白亜高校の主砲、嵐! 遂に炸裂! 溜めに溜めた一撃は無得点に抑え続けたカミーユの打球を完璧にスタンドへ運びましたぁ!!』


 球場が割れんばかりの歓声は、その一撃で魂を奮い立たされたからである。

 それはテレビを通して全国へ広がり、その一振による勝利は大きく報道された。


「……」


 打たれ、敗北となったカミーユは打球の飛んだ方を見上げていた。


「やられたな」


 呆ける相方にバジーナが寄ってくる。


「……正直に言うとあまり悔しくも悲しくもないんだ」

「奇遇だな、俺もだ」


 こんなことを言えば他のチームメイトは怒るだろうと思ってマウンドを降りる。


「あれを打たれたらしゃーねぇ」

「ナイスピッチ、カミーユ」


 しかし、チームメイトは誰も悲壮に染まっていない。それどころか惜しさを感じている様だった。


「出来れば延長戦をしたかったな」

「ああ……もっと彼らと戦いたかった」


 こちらにまでその様な気持ちにさせてくれる。そして、次は俺たちが上回ってみせると。


 ホームベースを踏んだ嵐を向こうのベンチは笑いながら受け入れていた。

 もし、一回裏から彼と勝負していたら……結果は違ったのだろうか?


「皆、俺はまだまだ上に行けると確信したよ」


 インナイのレギュラー陣は二年生。そして、今日の試合で足りないモノが何なのかを知ることが出来た。


「両チーム、整列!」


 審判の声に白亜高校とインナイの選手は整列し、試合は終わった。

 試合は1対2で白亜高校が勝利。準決勝へと進んだ。






「嵐君、本日の試合はようやく勝負をしてもらえましたね」

「そうっスね。でも、勝つために敬遠するのは当然の作戦だと思ってます」


 試合後のインタビューに選ばれたのは主将の織田と、サヨナラツーランを打った四番の嵐だった。


「けど根本は何も変わらないって事っスね」


 笑う嵐にインタビュアーはマイクを向ける。


「誰だって、向かいかって本音を言い合いたいハズなんスよ。確かに勝ち負けは大事ッスけど……それ以上に自分らしく立ち振る舞う事が必要だと思います」


“嵐君。君は何故、数ある球技の中で野球を選んだのですか?”


「俺にとっての野球は本音をぶつける為の場です。だって、グラウンドに立つんなら誰だって根っこは野球が好きなハズなんですから」


 小さい頃、初めて野球の試合を生で観て、バッターがホームランを打った時の球場の雰囲気に魂を揺さぶられたのだ。


「俺のプレイを観て、相手も、観てる人も、チームメイトも、一喜一憂出来る。そんな選手になりたいと思ってます」


 そして、嵐はカメラに向かって眼を合わせる。


「俺は少しでも君に、大切な人と向かい合う勇気を渡せたかな?」






 嵐君がホームランを打ったその瞬間、観ている誰もが沸き立っただろう。

 大成するのは彼のように、誰かに夢や決意を与える人間の事を言うのかもしれない。


「――――」


 シズカは嵐君がホームランを打ったときから何とも言えない感情に言葉が出なかった様だ。

 きっと彼のホームランに心の底から感動したからなのだろう。

 それは理屈や複雑な考えではなく、誰もが心で眠っている気持ちを呼び起こされるプレイだったからだ。


『俺は少しでも、君に大切な人と向かい合う勇気を渡せたかな?』

「――うん。貰ったよ……ありがとう」


 シズカは短くそう言うと甲子園の中継は終わった。


「ゴ兄、(かか)と話してみる」

「――そーか」






「ゴ兄、あんがと」

「おう。気にすんな」


 嵐君に背中を押されたシズカは叔母さんと電話で話をして、家に帰る事になった。


 叔母さんはシズカの言葉に困惑した様だが、それ以上に大切な家族であることや、今まで過度な期待を寄せて辛い思いをさせてしまった事を謝っていた。


 シズカも受け入れてくれた家族の元に帰れる事に泣き、なんか二人とも泣きながら会話をすると言う水分の放出が多い電話の後に、夕刻に迎えが来たのだった。


「叔母さん達によろしく言うとってな」

「うん」


 アパートの前に止まった迎えの軽トラに乗り込む前にシズカは最後の挨拶をしてくる。


「ゴ兄は、帰らんの?」

「オレはいいわ。もう、盆休みも今日で終わりやし。それに――」


 軽トラの運転席はアパートの影に隠れて見えないが、運転してきたのは――


「じっさまに撃たれとーない」

「そんな事はなかよ。じっさま、ゴ兄の手紙は全部とっとるでよ」

「ほーか」


 ツンデレジジイめ。でも、オレも嵐君に感化されたようで、祖父(じい)さんとは一度話さなくては、と思うようになっていた。

 まぁ、今すぐじゃなくていいや、と思えるのは大人の余裕である。


「もし、上京するならいつでも頼れな。色々と世話できるからの」

「そんときはよろしく」


 そう言うとシズカは軽トラに乗り込むと、家族の元へ帰って行った。






 夜。嵐は宿舎の中庭でバットを振っていた。

 明日は明後日の対戦相手が決まる試合。チーム全員で観戦する事になっている。


「嵐、そろそろ切り上げて風呂に入れ」

「ッス」


 軽く汗を拭いて、近くに置いていたスマホを取ると、


“一人称は『ワシ』にした”


「はは。カッコいいじゃん」


 と言う、シズカからのメッセージに微笑むと風呂へ向かった。

次はリンカの盆休み

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