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懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話  作者: 古河新後
37章 文化祭編1 秋祭り

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第560話 30歳までデートもさせないから!

「アナタ。私は今、とても怒っていますよ」


 アヤが麦畑の収穫を他の作業員と行う様を小屋のテラスから見ていた奏恵は、タブレットにて今季の利益データを見る夫の圭介にそんな事を口にした。


「怒ると傷に障るよ。ドクターも言ってただろう? なるべく興奮は抑えてリラックスするようにと」

「誤魔化しても駄目よ。圭介さん……私が意識不明の間にアヤの婚姻話を進めるなんて、どう言うことなの!?」

「おや、バレてしまったか」

「その件は私が全部担当するって言ったでしょー! もー!」


 ぷんすかぷんすか怒る奏恵は娘の事になると圭介の前では素の自分になり威厳が消える。


「あの子もそろそろ異性を意識する年齢だ。とは言え、僕も強制はしていない。話を受け入れて、その道を歩むと決めたのはアヤだよ」

「そう言う話じゃありません!」


 バン、とテーブルを叩く奏恵の目は真剣だ。そんな妻がどうやったらクールダウンするのかを圭介は考える。


「私の可愛いアヤを……お嫁さんになんて絶対に出しませんよ!」


 アヤが16歳になってから唐突に増えた婚姻話。名のある上流階級の者たちから絶え間なくやってくる求婚を、アヤに伝えずに全てを捌いて断っているのは奏恵の所業である。


「アヤが私の元から去るなんて絶対に嫌! 30歳までデートもさせないから!」


 アヤは特に妻に懐いていた。

 おかあさま、おかあさま、と後をついてくる娘を溺愛せぬハズはない。

 そんな奏恵の愛にアヤも胡座を掻くことはせず、高水準の期待に答え続けてきた。

 性格も能力も非の打ち所がない。誰もが娘の能力を疑わず、その資質に目を引かれるのは当然と言えた。

 そして、いつの間にか『白鷺の姫君』と称される用になり知れ渡ったのである。


「しかし、アヤの方から好いた異性を紹介されたらどうするね?」


 その言葉に奏恵は驚きの表情を作り、わなわなと震える。


「あ、アナタ……ま、まさか……アヤには……気になる異性が……いるの?」

「例えの話だよ」


 その言葉に奏恵は、ほっと胸を撫で下ろす。


「でもいつかは、あの子の隣に僕たちよりも近い存在が必要になる。親は子より長くは生きられないからね」

「……わかってるわ。わかってるわよ……」


 『ジーニアス』の襲撃により、奏恵は半年間の昏睡状態となった。その事で娘は負い目を感じ、酷く悩み、葛藤した末に残された家族である圭介の問題を身を(てい)して解決しようとしたのである。

 問題を解決できるだけの能力と行動力を持つ故に娘は本意ではない方向へ歩みを進める所だった。


「君の代わりに諭してくれたのがケンゴだ。君はまだ会った事が無いと思うけど」


 鳳健吾。

 当初、娘の婚姻相手は彼であり、両家との話し合いは殆んど無い中で縁談は進められた。

 突然の娘の来訪に彼は混乱しつつも、きちんと距離を取り婚約者ではなく、目上の人間として諭し、娘を送り返してくれたのである。


「あの子が私やアナタ以外に子供のような笑顔を向ける存在が外にも出来たなんてね」


 帰ってきたアヤが嬉しそうに語ったのはケンゴの事が大半だったのだ。話を聞いて行くと娘は、ケンゴの事を異性としてではなく、敬意ある目上として感じている事がわかった。

 これは、自分でも夫でも、道場の門下生でも成し得ない事である。


「流石は、アナタの師の血筋と言った所かしら?」

「本来ならケンゴはここに迎えるつもりだったんだ」


“え? 嘘……圭介おじさん? ちょっ! 今までどこに居たのさ! ジジィめっちゃキレてるよ? 絶対に日本には行かない方がいいって!”


 約20年ぶりにニューヨークで再会した時のケンゴは昔の雰囲気そのままに育っていた。

 そんなケンゴを見て、やはり師は家族を思っていた事を知り安堵できたのである。


「……アナタとアヤをそんな表情にする人か。私も会ってみたいわ」

「呼べば来てくれるよ?」

「こっちから会いに行くのが礼儀と言うものよ。少なくとも『神島』の直系とれば尚更ね」


 娘を安心させる為に無理を言って自宅療養させてもらっている奏恵はまだ安静が必要だった。


「それに、貴方にも危険な真似をさせたわ……ごめんなさい」


 『ジーニアス殲滅作戦』に圭介が参加したことを奏恵は耳に入れていた。

 夫がソレに参加理由は二つあり、一つは『白鷺』に手を出した事による報復行為。そしてもう一つは、『ジーニアス』が秘密裏に進めているとされた『再生治療』を使用する為であった。


“デューク・ケイスケ。アナタへの報酬は当初の約束通りに提供いたします。しかし……身内に使用した後に完全に破棄してください。もし、この技術が世界に知れ渡ってしまうと、新たな火種が生まれるかもしれません”


 『ジーニアス』は異常なまでに人体に対する理解と研究を進めていた。それは数世紀先を行くほどのモノであり、その技術を応用して妻は意識を取り戻した。

 しかし……彼らがその技術でナニを作ろうとしているのか資料を閲覧した誰もが理解できなかったのだ。

 得体の知れない技術を破棄する事に抵抗はあったが……それよりも、先に進み過ぎた結果による不気味さが勝ったのである。


「御父様、御母様。収穫作業は滞りなく終わりました。皆様、撤収作業を初めています」

「ありがとう」

「アヤ、ちょっと来なさい」

「なんでしょう?」


 手招きする奏恵の側にアヤは寄る。そして、いつの間にか頭に乗っていた麦の一房を奏恵はとってあげた。


「乗ってたわ。これで収穫完了」

「気づきませんでした」


 アヤは恥ずかしそうに奏恵からその麦を受け取ると、トラックに積んで来ます、とアヤは駆けて行った。


 その仕草に奏恵は微笑みつつも、いつまでも変わらない娘の可愛さに絶対に嫁に出さないと改めて誓う。


「まったく……」


 そんな妻の雰囲気を察して、圭介は嘆息を吐きつつも、やれやれと微笑むのであった。

過保護な母親が多い小説です

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