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第540話 未来=詩織

 鬼灯が病院と告げる棟の群は一階ならどこからでも入れる場所では無いようだった。

 決められた場所以外の扉は進入禁止であり入り口から一番近い建物しか来客は入れない。

 その建物に入ると、中は待つ為の椅子とロッカーしかない無機質なロビー。そのカウンター受付に鬼灯は声をかけに行く。


「面会希望です」

「名前を」

「鬼灯と言います」

「お二人ですか?」

「はい」

「ネームを」


 受付を担当する看護師は、門で貰った入館用のネーム二つを催促した。鬼灯は手渡し、カウンターの向こう側でその番号を打ち込む様にカチカチとPCを操作している。そして、程無くしてネームを差し出してくる。


「あちらのロッカーに貴重品と金属類、ベルトなども仕舞って下さい。電話は電源を切るかマナーモードに。鬼灯さんは三号館です。地面に引いてある、白い矢印に従って進むように」

「わかってます」

「毎回言うのは義務だからね、未来さん」

「はい」


 鬼灯は受付の人とは顔見知りの様だ。それだけ頻繁に来ているのだろう。


「七海君。ロッカーに荷物は入れて。それとネームを首から下げて」

「ああ」


 こう言う事の経験の無い俺は慣れている鬼灯の指示に従う。

 ベルトはしない服装だったので、財布とスマホをロッカーに入れ、首からネームを下げる。鬼灯はスマホや財布を抜いたバックを下げてロッカーを閉じた。


「行きましょう」






「なぁ、鬼灯」

「なに?」


 床に書かれた三号館へ導く白い矢印に沿って歩きながら、聞いておきたい事を先に聞く。


「その、なんだ。あんまり、言いにくいかも知れないが……鬼灯のお母さんはここで働いてるのか?」

「違うわ」

「そ、そうか」


 無機質な口調で返ってきたが、鬼灯はどことなく緊張しているのがわかる。

 やはり、患者なのか。俺はそれ以上は何を話して良いのか分からずに鬼灯の後について行く事しか出来なかった。


 二階から繋がる渡り廊下を通り、三号館への電子ロックの扉を、首から下げるネームで、ピッと解除して中へ入る。


「……」


 鬼灯が言うにはここは“病院”だ。しかし、これ程に物々しい手続きが無ければ入ることが出来ない様は、説明が無くても普通の病院ではない(・・・・・・・・・)と言われなくても察せる。

 そして、ここに居る鬼灯の母親がどんな状態なのかもおよそ、検討がつく。

 鬼灯の足が止まる。目の前には横引きの扉。入室者には“鬼灯”の名前が記されている。


「七海君。お願いがあるの」

「なんだ?」

「これから何が起こっても私に話を合わせてくれないかしら?」

「別にそれは良いけど……」

「それともう一つ」

「まだあるのか?」

「驚かないでね」


 相変わらずのマシンガールな鬼灯であるが、扉をノックすると中から、どうぞ、と返事が返ってくる。


「入るよー、お母さん」

「!?」


 扉を横に引いて開く鬼灯の明るい口調に俺は、驚かないで、と言われていたのだが驚いた。

 今までのポーカーフェイスとAI音声など全く感じられない人間味の無い口調から一変。

 誰だお前? レベルで明るく色のある口調を放つ鬼灯の様子は、この三日に関わってきた身としては違和感しかなかった。

 そんな俺の驚き顔を余所に鬼灯はベッドに座る美人な中年女性へ笑顔で歩み寄る。


「いらっしゃい。そっちの男の子は?」

「彼は七海君。学校のクラスメイトなの」

「な、七海智人です」

鬼灯梨乃(ほおずきりの)です。よろしくね、七海君」

「はい」


 そうやって微笑む様は鬼灯に似ている。父親と母親は両方とも美形か。そりゃ、美人な姉妹が産まれるワケだよ。


「七海君。この子は頭も良くて美人だから、色々と話題の中心に居る子だと思うけど、ずっと友達で居てあげてね」

「それは勿論」


 俺の返答に嬉しそうに笑う。そして、彼女は鬼灯を改めて見た。


「あぁ、本当に。良い子に育って……本当に私には勿体無いくらいに完璧に育ってくれる……貴女は私と篤さんの最高傑作よ、詩織(・・)


 彼女が鬼灯を呼ぶ名前。それがおかしい事に瞬時に気がついた。


「――――何を」

「お母さん。最高傑作って……私は物じゃないんだから」

「ふふ。詩織はお母さんとお父さんにとって掛け替えの無い宝物って伝えたいの。芸術家であるお母さんの精一杯の愛情表現」


 俺が間違いを訂正しようとすると鬼灯が遮る様に言葉を挟む。正しい事を母親に知られない様に。


「学校は楽しい?」

「塾の方が楽しいかな。七海君とも一緒の塾だし」

「そうなの?」

「あ……はい」

「じゃあ、二人の話を聞かせて。ここでは絵を描くくらいしかやることが無いから」


 室内を良く見ると置かれた棚に沢山のスケッチブックが並んでいる。それと、ユニコ君のヌイグルミも。


「あ、そうだ」


 鬼灯は肩に下げていたバックから、一昨日取ったユニコ君(クリスマスver)を彼女へ渡す。


「はい、これ」

「あら、可愛い。ありがとう、詩織」


 そして、ユニコ君を抱えながら、ソレを手に入れた経緯や商店街やゲームセンターで何があったのかを俺の証言も交えながら楽しそうな雰囲気で話を合わせた。


 これが正しい事なのかどうかは、普段とは違う鬼灯から何も読み取れなかった。

誰も狂ってはいない

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