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第539話 弁護士なんぞやってられん

 誰もいない家に私を呼びに来た姉さんと手を繋いで一緒に母の元へ向かった。


「びっくりしたでしょ? 学校にも連絡したんだけど、もう帰ったって言ってたから」


 姉さんは無人の家に帰った私が不安になったと思った様だった。


「姉さん」

「ん?」

「100点取ったよ」

「そう。ミライは本当に頭が良いのね」


 姉さんは、もうすぐ高校生を卒業する。今は春休みで将来は弁護士になる為の大学へ進むことも決まっていたけど、家から通える範囲なので、この日常は変わらないと思っていた。


「ミライはどんな大人になるのかしらね」

「姉さんみたいに優しくて、お母さんみたいに家族を大切にして、お父さんみたいに頼れる人になりたい」

「ふふ。頼もしいわね」


 この時、私は小学生になったばかりだったけど、姉さんが私を頼る様な発言をしてくれて嬉しかった。


「詩織、未来」


 母の元へ向かっていると、前からお父さんが歩いて来た。


「お父さん」


 私は父へ目を向ける。すると、姉は繋いでいた手を離した。


「ミライ、お母さんをお願いね」

「姉さんは? 一緒にお母さんに会わないの?」

「私はお母さんには挨拶したから、先に家に帰ってるわ。誰かが居ないと、帰ったときに寂しいから」


 この時、私が――いや……当時小学生一年生だった私に全てを察する事など出来はしなかった。それ程に姉さんは隠すのが上手かったし、本心をさらけ出す程、私は頼れる存在では無かったから。


「未来、母さんに会いに行こう」

「うん」


 繋ぐ手は姉さんからお父さんへ変わる。この時の私はお母さんに会える嬉しさから、姉さんには振り返らなかった。

 それが、姉さんを見た最後の姿になるとも知らずに――






 社員旅行の帰り道。休憩の為に高速道路のサービスエリアで停車したリムジンバスに鬼灯は残って居た。

 車内には鬼灯の他に数人残っているが音楽を聞いたり電話をしたりと各々やることに集中している。そして、鬼灯は窓から外を眺める。


「……」


 窓から見えるのは連休を利用した旅行帰りの家族たち。父、母、子。お土産か、遅めの昼食を取る為に建物へ入って行く。


“シオリ。貴女は完璧よ。お母さん達の……最高傑作――”


「疲れたか?」


 そんな彼女に真鍋が声をかけながら隣に座った。


「真鍋課長」

「お前に誘われて今回は出席したが……」

「楽しかった?」

「疲れと半々だ」


 ふー、と短く息を吐く真鍋に鬼灯は、ふふ、と笑う。


「家族を見ていたのか?」

「ええ。とても良い光景ね。私には縁の無いモノだから」

「……お前が望めば少なくとも“二人”は失わずに済んだハズだ」

「……私は母が好きよ。世界で誰よりも母の事を愛していると宣言できるくらい」

「そうか」

「ええ、そうよ。だから……母の期待に応えられなかった私が居ると……全部壊れちゃうから」


 本当に会いたい者達と会うことが出来ない鬼灯は、一人になった時に感じる気落ちの落差は日常とは比べ物にならない程に深くなる。


「……だからこそ、俺はアツシさんが許せない」

「どうして?」

「お前をここまで追い込んでいるにも関わらず、気にかけているからだ」


 それは何よりも残酷な事だ。本人に未練を与える様な事を間接的とは言え、真鍋にやらせている。


「……私には貴方が居てくれる。けど……母には父と妹しか居ないから」


 鬼灯は真鍋に寄りかかると、父をあまり悪く言わないで、と呟いた。


“詩織先輩ー”


 と、窓の外から手を振る泉の声に視線を外へ向ける。

 そこには、鬼灯が会社で築いた多くの者達がバスへ戻ってきている所だった。


「お前は一人じゃない。あまり、深く考えるな」


 そう言って真鍋は泉が戻ってくる事を様子を察して席を立つ。


「コウ君」

「なんだ?」

「私がお婆ちゃんになるまで側に居てくれる?」

「契約書を違えたら弁護士なんぞやってられん」


 照れると回りくどい言い回しになる幼馴染みの背を鬼灯は微笑みながら見送った。


「詩織先輩! 真鍋課長と何を話してたんですか!? ま、まさか……4課に異動するとか――」

「違うわ、泉さん。ちょっと弁護士関係で世間話をしただけよ」


 良かったぁ、と安堵する泉に鬼灯は幸せそうに微笑んだ。






 俺は鬼灯に先導で共に家を出ると、バスに乗って都心から離れた地域に移動した。

 バスの本数が半分以下になる程の田舎には少し不釣り合いに大きな建物前のバス停で俺らは降りる。


「鬼灯、ここって……病院か?」

「そうよ」


 その建物は田舎の余った敷地をふんだんに使った建築がされており、中に入らなくても多くの棟が視界に見えた。


「すみません、面会希望です。名前は鬼灯――」


 鬼灯は慣れた様に門の近くにある警備室へ話しに行っていた。

 こんなに規模のでかい病院は初めて見た。都会ではまず御目にかかれない施設であることは間違いないだろう。

 そして、ここまて大きな施設に鬼灯の母親は居ると考えると、普通ではない様を連想してしまう。


「七海君。帰りたくなったらいつでも帰っていいわ」


 来客用のネームを二つ持つ鬼灯は、いつもと変わらない無機質な口調で気を使ってくる。


「ちょっと驚いただけだよ。途中で帰るような真似はしない」

「そう」


 少し安堵した様な“そう”に鬼灯もこの施設には思う所があるようだ。


「少し歩くわ」


 そう言って鬼灯は先導して歩き出す。

ちょっとシリアスな展開が続きます

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