表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
538/700

第538話 恋愛フィルター

「七海君。さっきは本当に助かったよ」

「そうですか? あんまり、役に立てたとは思えませんでしたけど」


 俺は漫画の修正作業を終えて、鬼灯家のリビングの席に座っていた。

 作業が終わったとき、鬼灯が昼飯を作ると言ったので食べていく事になったのだ。まぁ、ここは予想できた流れだ。鬼灯の手料理を食べれるのは良い予想外だったが。


「そんな事は無いさ。僕一人だったら倍の時間は掛かってからね。君は要領が良かったし、思った以上にやってくれた」

「娘さんが丁寧に教えてくれたからです」

「ほー、そうかい」


 油の弾ける音で台所の鬼灯には俺らの会話は聞こえていないだろう。


「どうやら、あの子は君を気に入っている様だ」

「そうなんですか?」

「君が家に来てからはずっと嬉しそうにしているよ」


 俺からすればずっと無機質なマシンガールにしか見えないのに、彼からすれば感情は丸出しらしい。


「いつもと変わらない様に見えますけど……」

「そうかい? 普段は無機質な分、とても分かりやすいと思うけどね。何せ君はこの場所を知ってるのに、娘はわざわざ迎えに行った――」

「お父さん」


 料理の音に混じって鬼灯の声がこちらへ飛んで来る。


「余計な事を言わないで」

「うっ……聞こえて居たのかい?」

「最初から」


 再び料理に集中する鬼灯。すると、親父さんは俺に顔を近づけて、コソっと、


「ね、分かりやすいでしょ?」

「今のはあからさまだと思いますよ」


 俺もコソっと言い返す。

 鬼灯の感情を読み取るのは本人からではなく、回りの環境と比較してと言う事か。

 流石は父親。娘の事は世界で一番理解している様だ。鬼灯とのコミュニケーションマニュアルに情報として足しておこう。


「本当に手間のかからない子に育ってくれてね。本来ならもっと上の高校に行ってくれても良かったんだ」


 鬼灯さんは娘に聞こえているのも構わずに続ける。


「七海君はミライと同い年だろう? 卒業後は就職かい?」

「いえ、○○大学に行きます」

「将来の目標は決めてるのかい?」

「今のところは何も」


 あ、将来設計が無いのはマイナス点だったか……けど、変に取り繕う事は出来ない話題だよなぁ。


「そうか。それは良かったよ」


 と、意外にも鬼灯さんは悪い印象には捉えなかった。


「君も周りから、そろそろ将来は何をするのか決めろ、と言う大人が多いと思う。けどね、無理に決めた道はどこかで足を踏み外す。今はわからなくても、いつか自分が何をしたいのかわかる時が来る。その時になってからスタートを切るのも良いと僕は思っている。勿論、早い内から将来設計を持っておく事は悪くないけどね」


 鬼灯さんに言われて、俺はふと気がつく。

 そう言えば、親父もお袋も、将来に関しては特に言及する様なことは一切言って来ない。それが良い事なのか悪い事なのか、後々の結果として現れるのは俺の歩み方次第と言うことか。


「ふっ、どうやら君なら娘を任せられそうだ」

「本当ですか?」

「まぁ、髪の色は元に戻しなさい。それが条件だよ」


 好感度を上げるプランを色々と考えていたのだが……なんか、あっさり認められたなぁ。


「元々、七海君の事は悪い印象無かったでしょ?」


 すると、会話を聞いていた鬼灯が作った炒飯を目の前に置きながら告げる。旨そうな湯気と匂いが漂うが、俺はそれよりも、え? と言う顔になる。


「いや、ミライ。恋愛フィルターと言うのはね、思ったよりも正常な印象を曇らせるのだよ。お父さんは自ら、七海君の本質を確かめたに過ぎない!」

「急な仕事で人手が必要になったから七海君を利用しただけでしょ?」

「まぁ、そう言う見方も出来るね! 流石、お父さんの娘だ!」

「七海君。こんな父だから、話を全部鵜呑みにしなくて良いわ」

「ははは……」


 お前も詩織も反抗期は無かったのになぁ、と炒飯を食べる鬼灯さんと、これは正論、と席に着く鬼灯も食べ出す。

 ガイアや商店街の色モノとの絡む鬼灯しか知らない俺としては実に新鮮な光景だった。






「七海君、これを受け取りなさい」


 昼食を食べ終わり、手伝おうとした洗い物を鬼灯に断られて席に戻ると、鬼灯さんが一枚の紙幣を差し出してくる。


「え? これはどういう……」


 俺は目の前に出された五千円札の意図が読み取れなかった。


「先程の手伝い両だよ。労働に対する対価を払うのは社会人として当然の事さ」

「でも……」


 そんなつもりは無かったのでかなり受け取りづらい。


「七海君、遠慮することも失礼にあたる事がある。コレは僕からの君に対する感謝だ。もし、受け取る事に気が進まないなら、これを使ってミライと遊んで来てくれれば良い」

「――頂きます」

「うむ」


 鬼灯さんを見てると、自分がいかに子供だったのかを思い知らさせる。身近な大人である親父やお袋とは別の“大人”としての風格が印象強くなる。暴力ゴリラの姉貴は論外。


「七海君、この後の用事は何かあるかしら?」


 俺は財布にその五千円札を仕舞うと洗い物を追えた鬼灯が声をかけてくる。


「基本的には1日空けてるから気にしなくて良いぞ。どこか出掛けるか?」

「母に会いに行くの」


 その言葉は相変わらず無機質だったが、雰囲気が変わったのは鬼灯さんの方だった。


「……いいのかい? ミライ」

「七海君に会わせるって約束したから」


 そう言えば、家族に会ってから最終的に鬼灯と付き合うかは俺が決めるって事になってたな。

 未だにその決定権が俺にあるのかはわからないが。


「そうか。七海君」

「はい」

「妻と会って、君がどんな決断をしても僕は責めたりはしない。けど、娘とは友達で居てくれるかい?」

「それは全然良いですけど……」


 なんだ? なんか……随分と重々しい雰囲気だな。それに、姉に当たる詩織さんとは会う感じは全く無さそうだ。


「すぐに行きましょう。面会時間があるから」

「面会時間?」

たまにミライも手伝います

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ