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懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話  作者: 古河新後
34章 いつまでも健康な君で居てくれますように
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第507話 彼が恋を出来ない理由

「マッケラン」


 危険海域を脱した『ガルート号』は港へ向かって移動していた。そのブリッジで『WATER DROP号』から持ち帰った航海日誌を読むマッケランの元へ、ジョージが尋ねる。


「明日の朝日が見える頃には港に着く。彼の様子は?」

「ケンゴはトキと寝てる。これでようやく、家に帰れる」


 その言葉にマッケランは、自分の事のように笑った。


「君も疲れただろう? 一眠りするといい」

「港に着く前に話しておきたい事がある」


 そう言いつつジョージはマッケランの正面に椅子を持ってくると向かい合う様に座る。


「ケンゴを救出した件は黙っていて欲しい」

「どう言う意味だ?」


 マッケランは航海日誌を閉じると、ジョージの質問へ集中する。


「日誌は全て読んだか?」

「ああ。これが『WATER DROP号』で起こった真相か」

「船は見つけた。ワシや他の人間も乗船した。だが……嵐に見舞われ、何も回収できずに引き上げた事にして欲しい」

「何故、孫の事を隠そうとする?」

「健吾の為だ」


 ジョージは考えに考えて今の結論に至った事を口にする。


「『WATER DROP号』の発見は、被害者の遺族の悲願だ。沈んだ今、その事実を伝えて一度、彼らの心を清算させてあげなければならない」

「……注目を浴びてしまうか」

「ああ」


 マッケランは『WATER DROP号』の生存者であるケンゴが、あらゆる目に注目される事になると容易に想像出来た。


 約250人が亡くなる大事故。メディアは唯一の生き残りであるケンゴを大きく取り上げるだろう。

 奇跡と捉えられるのか、それとも遺族からは妬まれるのか。どちらにせよ、生きているとわかれば今後はまともな生活は送れない。


「日誌を読んだなら分かるハズだ。この件には別の組織も絡んでいる」


 細菌兵器と言う記載は決して無視できない。そして、日記の最後に書かれた、ドクターによる、“救うための処置”はケンゴに施された可能性が高かった。


「生きてると分かれば狙われる可能性も十分にある」

「……状況は思った以上に複雑か。だが、君の孫はどこへ連れていくつもりだ? 死亡扱いならば、ジャパンへの入国も難しいのではないか?」

「その点は問題ない。ツテがあってな」

「ふむ。だが、もう一つ問題があるぞ。いくら、ケンゴ君を死亡扱いにしたとしても、近しい人には気づかれるのではないか?」

「……幸いにも、ケンゴはまだ3歳だ。故郷と『WATER DROP号』しか世界は広がっていない。故郷はワシが何とか出来る」

「だが……『WATER DROP号』の件が万人の目に入れば誰かが突き止める。時間はかからないハズだ」

「日本であれば問題ない。手札がある」


 全ての可能性を抑え込む対策を考えての提案であるとマッケランは察する。それならばこれ以上、自分が揚げ足を取るのはナンセンスだろう。


「……船員には航海日誌の内容も含めて説明した上で今の提案をするが、良いか?」

「構わん。理不尽に、黙ってろ、と言われる方が蓋は緩くなる。納得させる方が大事だ」

「……苦労するぞ? ケンゴ君は」

「問題ない。ワシがずっと護る」


 “後は頼むよ”


 それが息子からの遺言だ。もう二度と、ケンゴに辛い思いはさせない。


「わかった。皆、きっと納得してくれるだろう」

「報酬は倍払う。それとは別で今回消費した資材や燃料費もこっちで持つ。後、帰港した際は好きなだけ飲み食いしてくれ。全部ワシが払おう」

「それは助かる。皆も喜ぶだろう」

「後、何かあればいつでも連絡してくれ」


 ジョージはマッケランに自らのプライベートの番号を手渡した。






「それがワシの知る経緯だ」


 ケンゴを救出した話をアヤはただ噛み締めるように聞いていた。

 歩はいつの間にか母屋へ着き、ジョージは荒れた様にやれやれ、と様子を見て回る。


「……それで『楔』を使われたのですね?」

「ワシが政府に出した条件は、『WATER DROP号』に関する事を一切報道しない事、記録に残さない事を厳守させた」


 ジョージの要求を受け入れた日本政府は、その条件を聞き入れた。

 『WATER DROP号』の遭難事件は世界的にも話題に上がっていたものの、日本では完全に情報を断絶。新聞社、報道機関の全てに規制をかけ、5年も経つと全ての国民が忘れて行った。


 無論、被害者遺族はその規制に断固として抗議する。しかし、海外の海難事故である事と、被害を受けた乗客に日本人が少なかった事からもその声は次第に遠退き、5年も経てば聞くことは無くなった。


 しかし、話を聞いた三鷹弥生が接触して来た。彼女は遺族にきちんと説明するべきだと主張するが、ジョージは先程の経緯を全て伝え、公にする事を拒否。代わりに慰霊碑を建てる事で何とか矛を納めさせた。


「ワシは狂っていると思うか? アヤ」

「……客観的に見ますと……お爺様の行動は理解される事が無いでしょう。ですが……」


 アヤは自らの命を賭して自分を護った母からの愛を強く知っている。


「ケンゴお兄様は、お爺様からの愛を何よりも理解していると思います」

「……愛か。ワシには一番似合わん言葉だな」


 ジョージは微笑を作りつつ、母屋に入る外門を抜ける。その後にアヤも続く。


「では……ケンゴお兄様はその事故が原因で、今の様な心持(こころも)ちになったのですか?」

「…………要因ではあると思う。アイツは今も夢か現実か区別が出来ない時があるのだろう」


 自分が愛した者が次に目を覚ますと消えてしまう。きっと無意識にソレを恐れている。

 そしてもう一つ、ケンゴにしか知り得ない事があった。


「アイツは将平の航海日誌を見た。ワシからの話しと、ソレを見て己に何が起こったかを全て知っている」


 孫は何よりも優しく、特に家族を危険にさらす選択肢は絶対に選ばない。

 だから、本来なら今回の熊吉との戦争には呼ばなかった。他よりも無茶をする事が目に見えていたから――


「ケンゴが自分から過去を告白せん限りは……アイツはいつまでも夢の中なのかもしれん」


 夢と現実の曖昧、そしてケンゴだけが知る『WATER DROP号』の真実。

 その二つが、他人を愛する事を無意識に拒んでいるとジョージとトキは察していた。


 そして、その呪縛から孫を解放する事は、自分やトキでは無理なのだと、ジョージは悟っている。

家族を思い過ぎて、話せないこともある

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