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懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話  作者: 古河新後
34章 いつまでも健康な君で居てくれますように
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第497話 23年前 WATER DROP

 『ガルート号』は心身共に入念な準備の下、“デルタスポット”に入る。

 ジョージやトキの様な素人目には、何も変わらない晴天が果てまで続く海域だが、マッケランは常にブリッジで船員に指示を出し、様々なレーダーに気を配っていた。


「…………」

「ジョー、見つけたか?」

「いや……」


 双眼鏡を持つジョージの隣でトキは裸眼にて水平線をぼんやり見つめていた。


「果てまで見えとると言うのに、見逃すことなんぞあるのかのぅ?」

「人間の眼は平坦な地形からでは個人差はあれど大体16km程しか映すことは出来ん。高い位置からならもっと伸びるが……」

「物見台は船員の配備が必須……じゃしな」


 景色が変わらずとも危険な海域に入った事は、船員達の緊張感から二人も察する。故に、それ以上の我が儘は言わなかった。


「トキ」

「生きとる。将平もアキラもケンゴも、皆生きとる。絶対にな」


“お義父さんって、いつもお疲れだよね。肩をお揉みしますよ~。仕事は早期退職したって聞いてるけど、山の管理に酒造に……大変ですよね~。 ん? 僕? 銃声は慣れっこだから全然気にしてないよ~。伊達に戦場上がりではありません! ふんす!”

“親父、アキラに何かと歌わせようとするおっさん達を何とかしてくれ。苦労が台無しになる”


「そうだな。アイツらがくたばるものか」


“写真? 撮りたい撮りたい!”

“もう少し老けてからな”


 里で結婚式は行ったが、写真はアキラの事情から撮ってはいなかった。

 そんな彼女の事を思い、息子も写真には写ろうとせず、ケンゴが成人する時に三人で撮ろうと楽しみしていたのだ。


「…………」


 無論、何があってもジョージは全力で三人を護るつもりだった。しかし、里の庇護に置かなかったのは、将平がアキラを救ったと言う事を尊重しての事だ。


 アキラには将平がついている。


 息子が船医に転向し、客船に乗り、アキラを常に同行させていたのも、何かとじっとしない彼女の性格を思っての事だったのだろう。

 だから……あの時に無理にでも止めておけば、と今は強く後悔していた。


「もう、日が沈むなぁ……」

「……」


 オレンジ色の太陽が水平線へ近づく様をトキは恨めしそうに口にし、ジョージは双眼鏡を外した。






 上空に煌々と照りつける満月の下、『ガルート号』は停船し、周囲を警戒しながら下手には動かなかった。


「こちら、マスト。空は晴天。肉眼では嵐の兆候は無し。どうぞ」

『ブリッジだ。気圧計にも異常は何もない。交代に入っても良いぞ』

「デルタスポットの機嫌は良さそうだな。神々の怒りもこの月夜じゃ就寝中か」

『海も静かだ。海蛇(リヴァイアサン)も寝てる時間帯みたいだな』


 一足先に仮眠を取った船長の代わりにブリッジで気圧のメーターを監視する船員とマストに登った船員は軽口を叩き合う。

 マストの船員は梯子を下りると、下で待機していた交代要員に無線と双眼鏡を手渡した。


「油断出来ん海域ではあるが、こうも穏やかだと余計に退屈を誘うな」

「まぁな。俺も寝るよ。明日のトキサンの朝食が楽しみだぜ」


 欠伸をしながら、交代作業を終えた船員は船内へ消えた。

 引き継いだ船員は改めてマストを登る。


「ブリッジ、位置についた。今のところは問題なし。月も良く見える」

『こちらも計器は問題ない』

「何事もなく朝を迎えられるなら良いが――」


 その時、ゆっくりと視界を覆う靄が発生し始めた。


「――マジかよ。ブリッジ、圧力計器の数値を確認してくれ」

『こっちは変化はない。どうした?』

「霧だ。少しずつ視界不良になっていく」

『――こちらも目視で確認した。だが……計器の数値に異常はない』

「どうなってんだ?」

『船長を起こす』






「確かに計器に異常はないな」


 孫からプレゼントされた寝間着姿のままでブリッジに来たマッケランは、現状と計器数値を全て確認するも、目の前の霧に関する答えは出なかった。


「どうします? 引き返しますか?」

「……エンジンを始動だ。霧を抜け、この海域を離脱するぞ」


 用心に用心を重ねるに越した事はない。


「了解。総員、起床。技師はエンジンを始動し、船員は配置に――」


 船内放送を飛ばし、船はライトを着け休眠状態から起動を開始する。それは手慣れたモノだが、船が動き出すよりも先に霧は濃くなり視界を完全に奪った。


「計器は依然として正常……か。気味が悪いな」


 船は霧によって方向感覚を失いつつも、コンパスを頼りに海域の離脱に向けてゆっくりと動き出す。






「こちら、甲板。ホントに何も見えない。真っ直ぐ進んでいるかも不明だ。どうぞ」

『ブリッジだ。計器は相変わらず変わらない』

「了解。何かあれば報告する」


 船は不確かな現状に速度を出せずにただ進むだけだった。

 マストと甲板の2ヶ所から周囲の情報を掴もうとするが、濃霧が晴れる様子は全くない。


「不気味だ……セイレーンでも出るのか?」


 柵に引っ掛ける命綱を経由しながら甲板の先頭に行くと、


「!!? ……ジョージさん」

「脅かしたか?」


 先にその場にいたジョージに船員は驚く。彼は揺れる船上でも平然と歩くので、どこにいても不思議ではない。


「妙な霧だな」

「船長が言うには、初めてらしいです。計器も全部正常みたいですから」


 船を動かす放送が流れてから、既に一時間は警戒している。時速30キロという低速だが、終わりさえも見えないのはどういう事だ?


「――――無線を」

「どうしました?」


 その“音”に一番最初に気がついたのはジョージだった。


「前方に何かある! このままだとぶつかるぞ!」


 目視ではまだ何も見えない。しかし、ジョージの必死な様子に彼だけは何かを感じ取ったと船員は悟る。


「ブリッジ! 前方に何かある! レーダーには何が映ってる?!」

『こちら、ブリッジ。レーダーには――馬鹿な!!? 総員! 舵を切る! 近く外に居る者は振り落とされない様に近くの物にしがみつけ!!』


 霧を抜ける。

 月明かりと拓けた視界。そして――光を失った巨大な客船が側面を向けていた。

 『ガルート号』はギリギリで衝突を回避。客船の後方を抜ける形でスレ違う。

 その時、ジョージは客船の側面に書かれた船名を確かに確認する。


 『WATER DROP』

 半年前から消息が不明とされている客船の名前がそこにはあった。しかし――


「…………」


 命の気配がまるでない。

映画みたいな展開

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