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懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話  作者: 古河新後
34章 いつまでも健康な君で居てくれますように
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第495話 23年前 南太平洋にて

「譲治お爺様。お時間をよろしいでしょうか?」


 公民館で、怪我の経過確認と包帯を取り替えを終えたジョージは母屋に戻ろうとした所でアヤに声をかけられた。


「ああ、いいぞ。トキ、今回使った医療品は補充しておけ。後、救急箱を開けたらタツヤに連絡を行くようにするな」

「なんじゃ、バレとったのか」

「ワシ以外にタツヤに連絡するヤツは居らん。もし、お前がしたにしては動きが早過ぎる」

「やれやれ、しょうがないのぅ。それなら次はトイレのドアに信号センサーつけとくわ」

「止めろ」


 ケッケッケ、と笑いながらトキは残りの熊肉を包みに台所へ行った。


「歩きながらで良いか?」

「はい」






「ケンゴとの婚約は解消したようだな」

「……はい」


 ジョージは母屋へ歩きながらアヤと会話を始める。周囲には、大和、武蔵、飛龍の三匹が警護の様に続いていた。


「良かったのか?」

「……この関係が一番落ち着くと思ったのです。それに、お兄様はとても芯の強いお方でした。私よりも、ずっとずっと――」

「……そうか」


 あのマヌケがそんな筈はないだろう、とジョージは思ったが、アヤがそれで納得してる所に水を差すのも野暮なのでその言葉は仕舞っておく事にした。


「故にその心の奥底で苦しんでいる様にも思えるのです」

「……ケンゴの事は圭介から何か聞いているか?」


 アヤは首を横に振る。ケンゴの行動の違和感と、誰も愛せないと言う嘘の無い本気の言葉。

 彼は他の人に寄り添う心は持っているが……一つ壁を隔てて接している様に感じたのだ。


「お兄様の過去に何があったのですか?」

「……『ウォータードロップ』。圭介から聞いた事は?」


 初めて聞く単語にアヤは少し考える。


「ウォーター……ドロップ? ございません」

「まぁ、お前の生まれる前の話だからな。知らないのも無理はない」

「一体、何なのですか?」

「……ある客船が事故により遭難し、半年間海を漂流した。そして、考えられる限りの“最悪”が起こった」

「……お兄様は、その事件の生存者なのですね?」

「ワシも詳細は解らん。ある程度の推測は立つが……掘り起こすのは色々と面倒な事になる」

「ですが……」

「地獄が蓋を開いたのだ」


 ジョージ程の人間が“地獄”と表現する事の意味。アヤは思わず口を紡ぐ。


「結局の所、全ては憶測に過ぎん。この件はアイツが自分から話すまで下手に触れるべきではない」

「…………ですが……苦しんで居られるのであれば、手を差し伸べなければずっと苦しみ続けることになります」

「アレは一人二人の事で収まる事案ではないのだ」


 ずっとケンゴの近くにいたジョージがここまで断言する程に触れようとしない。本当に知るべきではない事なのだろう。しかし、アヤはここで足を止めるには納得が出来なかった。


「お爺様は……お兄様が話さずとも何かご存知なのですか?」

「……23年前、漂流した客船を見つけ、アイツを保護したのはワシだ」

「教えてくださいませ」

「…………」


 ジョージは身内に全員に語った、ケンゴを発見した当時の事をアヤにも語る。






 23年前。南太平洋のどこか。


「ジョージ」


 中型漁船『ガルート号』は漁の他に輸送船としての側面も持つ。その船長マッケランはこの道40年のベテランだった。

 彼は代わり映えのしない海を連日のように双眼鏡で見る初老の男に声をかけた。


「もうこの辺りの近海を航海し一週間になる。海のど真ん中で遮蔽物は何もない。展望からの見下ろしでも調べたし、『ウォータードロップ』の航海ルートは一通り船を動かした。それでも見つからないと言うことは沈んだと言う事だ」


 例の『ウォータードロップ』が連絡を途絶えてからマッケランも捜索の依頼を受けて、この海域を通る際には気にかけていたが、船の影さえも見たことがない。


「……マッケラン、人を多くの乗せる客船はそう簡単に沈むのか?」

「可能性は微々たるモノだろう。しかし、絶対に無いとは言いきれない」


 マッケランは恩人である『ハロウィンズ』のマザーから、ある二人に協力して欲しいと言う頼み事を引き受けた。


 現れたのは初老の夫婦。妻の方は気さくなで船員達とすぐに打ち解けたが、夫の方は常に険しい表情をし、目的の海域に入ってからは双眼鏡を手放した事がない。

 彼らはここ半年で度々やってくる『ウォータードロップ号』を捜索する一組だった。


「……確信が欲しい。曖昧のままでは帰れん」


 意地ではなく、懇願するような言葉にマッケランはこの辺りの船乗りしか知らない情報を教える事にした。


「この辺りは特殊な海流が発生する。エンジンをかけて進めば殆んど影響の無いモノだが、停止していれば流されるのだ」

「そんな情報はなかったが?」

「海では、衛星や又聞きの情報など頼りにはならんよ。結局は経験がモノを言う。理由は不明だが例の海流を沿うように、積乱雲が発生しやすい事でも知られている」

「ワシらは一度も遭遇していないぞ?」

「意図的に避けているのだ。海は嘗めると死ぬ。自ら嵐に突っ込むなど自殺行為だからな」

「……マッケラン、海流について少し教えてくれ」

「構わんよ」


 ジョージはマッケランと共に船室へ向かう。すると、トキが船の側面で船員と魚を釣っていた。


「うぉぉ! この引き……マグロじゃな!」

「マジかよ、トキサン! 絶対に釣り上げなきゃ!」

「昼は刺身じゃ! ワシがさばいてやるぞ!」

「ヤッフゥ! ショックアンカーを持ってこい!」

「逃がさんぞぉ! ツナマヨにもして堪能してやるわい!」


 テュ(ツ)ーナ! テュ(ツ)ーナ! と声を上げる船員達。

 海上では代わり映えのしない海産系ばかり食べる彼らは、調味料を大量に持ち込んでバリエーションが豊富なトキの料理をすっかり気に入っていた。今回の獲物で何を作ってくれるのか楽しみでしょうがないらしい。


「マッケラン、アイツが騒がしくてスマンな」

「いや、気にしてはいない。ツナマヨか……旨そうな響きだな」

架空の海域です

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