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第469話 自己の殻

 未経験だが、およそ考えられる最上位の快楽がやってくるとオレは想定した。

 だってアレだよ? 人体において触れる事が出来る、最もデリケートな部分が触れ合うのだから、よほどの事がない限りヤバイ事になるのは目に見えてる。


 なんと言うか……人間の仕組みみたいなモノなんだよ。感情が昂ると相手とより深く繋がりたいと思うのはGODが定めた生物の運命なんだよね。


 だから、もうダメでーす。オレの身体は全く動きません。完全にアヤさんと一線を越える事を待ち望んでいる。

 オレの分身も完全状態だし、ここから何が起きても一定の快楽を堪能しなければ理性は戻って来ないだろう。


「…………」


 しかし、いつまで経ってもオレのDは喪失しない。言っておくがオレの身体は動かないんだ。しかし、アヤさんはオレの上で、腰を浮かせたまま何かに葛藤する様に停止している。

 完全にオレは受け状態でアヤさんが攻め。男としてどうなんだ? って思うけどそんな事はどうでも良い。

 つまり、現状が停止しているのは彼女の意思と言う事――


「……くっ」


 覚悟した感覚が何も来ない事に僅かながら理性が戻って右腕が動くぞ! オレはシャワーの温度レバーを水の方へ動かす。


「!! キャァ!?」


 熱のシャワーから温度差のある水は彼女を驚かして退かすには十分だった。

 オレにはクールダウンの水。身体のコントロールを取り戻したぜ。


「痛てて……アヤさん」

「――――も、申し訳ありません!」


 オレが尾骨の痛みを感じながら動くと、アヤさんは目の前で土下座をしてきた。

 言っておくが浴室は結構狭い。唐突な事に驚いたオレはひょっ!? と跳び退いて土下座空間を作る。


「私から……言い寄ったにも関わらず……ケンゴ様に恥をかかせる行動を取ってしまい……本当に……申し訳ありません!」

「ちょっ! しー! しー! 声落として!(小声) バレるから!(小声)」

「あっ……す……すみません……」


 オレは水の放射を止めて脱衣所へ顔だけを出して聞き耳を立てる。誰かが近づいてくる様子は……ない。ふぃぃ……


 近くのタオルを取って、カララ、と戸を閉めて浴室に戻る。すると、アヤさんはこちらに正座を向き直っていた。

 そして再度土下座する。なんか、タオルが完全に透けて全裸土下座みたいになってるぞぅ。AVでみたようなシチュエーションをリアルで見ることになるとは思わなかった。


「ケンゴ様……もし……お許し頂けるのでありましたら……もう一度、ご奉仕のご機会を頂きとうございます」

「…………」


 アヤさんは土下座をしたままそう言うと頭を上げない。冷静になったオレは、未遂に終わって残念の様な救われた様な不思議な気持ち。それと同時に彼女に何が必要なのか何となく分かった気がした。


「アヤさん」

「はい……」

「まず、立って」


 オレは局部をタオルで隠しながら、そう言うとアヤさんは立ち上がる。


「後ろ向いて」

「はい……前屈み……になればよろしいでしょうか?」

「目の前に椅子があるでしょ?」

「はい」

「それに座って」


 アヤさんはオレの指示に淡々と従ってくれる。よし。


「あの……ケンゴ様?」

「今から髪の毛を洗うよ」

「え?」


 オレはわしゃわしゃと石鹸を泡立てる。






 覚悟していたハズでした。

 この身がどの様になってもケンゴ様に全てを捧げて『神島』との縁を確固たるモノにすると。

 ケンゴ様の事は嫌いではありません。寧ろ、好意さえも抱いています。

 故にケンゴ様と交わる事は何の抵抗もなかったのに……先ほどは……来ると思われる“痛み”に恐ろしさを感じたのです。

 己の浅ましさを強く恥ます。同時に殿方に恥をかかせる痴態を晒した行為に目も当てられません。


「あの……ケンゴ様」

「ん?」


 シャワーの切った浴室内では私達の声は良く通ります。


「私は……その……」

「そんなに深く考えなくてもいいよ」

「しかし……私は……貴方様の許嫁です……」

「んー、まぁそうなんだろうけどね。今はその事は忘れよう」

「忘れる……のですか?」

「そ。はいはい、目を閉じてねー。泡が目に入るよー」


 そう言って彼は私の髪を本当に洗い始めました。

 今度こそ何をされても彼の望むままに委ねると誓った私は目を閉じて事が終わるまで身を委ねます。

 自分以外に頭を触られるのは久しぶりの感覚。小さい頃は御母様に良く――


「…………」


 一通り頭部が終わると次は後ろ髪。丁寧に泡を流してからシャワーが止まり、私はそっと目を開けました。

 すると彼が話しかけます。


「アヤさんって真面目だよね」

「……よく言われます」

「それが長所なんだけど、同時に短所にもなってるよ」

「……気づきませんでした」

「一人でさ。やれる事が多いと卓上の理論が成立しやすいんだ。人間って優秀であればある程、脆いからね」

「そう……なのですか?」

「だって悩みが出来ても相談せずに自分で解決しちゃうでしょ? だから、自分の本心を誰にも打ち明けられずに“自己の殻”ばかりが強くなっちゃう」

「“自己の殻”……」


 そう言う事を指摘された事は無かったので、とても新鮮に思いました。


「強くなった“自己の殻”に包まれた本心は、中々外に出てくる事はない。そうやって、どんどん殻を厚くしてしまうと、最終的には何も出来なくなっちゃうんだ」

「……何も出来なく?」

「うん。他の人に頼らなくなっちゃうからね。自分では解決できない何かが起こった時に誰かに助けを求める事が出来なくなる」

「……」

「君と夕方に出会ってからこの瞬間まで、君は全部一人で選択している。それはとても良い事なんだろうけど」


 ケンゴ様は私の事を思って言ってくれています。だと言うのに……私は……自分の事ばかりで……


「オレは上がるよ。その悩みをじっくり考えて、どうしようも無くなったらオレに相談してくれれば良いからさ」

「……ですが……」


 私はこれ以上の迷惑をかけられないと座ったまま振り替えると、彼が頭に手を乗せて来ました。


「オレは君の事を否定しない。だから、遠慮無く頼ってくれ」


 そう言って笑う彼の表情は御父様とかぶりました。


「じゃあ、オレはもう上がるから。アヤさんと丁度入れ替わったって皆には言っておくから、話を合わせてね」


 背を向けて浴室から出ていく彼に向かって私は慌てて立ち上がります。


「とても良いお話を……ありがとうごさいました」

「ようこそ、『神ノ木の里』へ」


 親指を立てて振り返りつつ、キラッとそう言うケンゴ様が少し可笑しくて笑うと彼も笑い返して戸を閉めたのでした。

はじめては誰だって怖い

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