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第457話 よう、熊吉

 熊吉に見つかり、咄嗟に塀と納屋の隙間に隠れたユウヒは恐怖で動けなかった。

 アヤが割り込んで事なきを得たが……


「ユウヒさん! 今の内にコエさんをお願いします!」


 そのアヤの言葉と熊吉の唸り声は遠ざかって行った。しかし、ユウヒは縮こまったままだった。

 隙間に入ってきた熊吉の腕はトラウマになる程の衝撃だったのだ。隙間の奥の奥ので、座り込み、全部終わるまで耳を塞いでうずくまる。

 涙眼で眼を閉じて身体はぶるぶる震えていた。


 無理だよ……アタシはじぃ様みたいに勇敢じゃないし、ロクじぃちゃんみたいに銃を使えるワケじゃないし、ケイみたいに強くない……


 こんな所に来た事、事態が間違いだった。恐怖に押し負けた心は動くことを完全に停止する。そして、最も安心できる記憶が甦る。


“よく、頑張ったな”


 じぃ様が見つけてくれた時を思い出す。


“途中で止まるな! 最後まで走り続けろ!”


 勝負を諦めようとした時に放たれたケイの言葉を思い出す。


“お前はお姉さんだろう?”


 ロクじぃちゃんはアタシにそう言ってくれた。

 そして……いつも近くに居てくれる家族が……


“お姉ちゃん”


「そう……だ」


 そう……これはアタシが……やらないと……行けない事だ……

 コエが震えるなら、ソレを止めて上げるのがアタシの――


「……」


 まだ怖い。ここから出ると直ぐそこに居るかもしれない。でも……妹は待っている。


「コエ……今、お姉ちゃんが行くからね……」


 あたしが迎えに行かなきゃ……

 ユウヒは立ち上がると、隙間から出て誰も居なくなった中庭を確認。靴を脱いで母屋の中へ入る。



 



 『百歩点所』。

 それは白鷺圭介が編み出した、自力で超集中状態(ゾーン)に入る事が出来る術である。

 超集中状態(ゾーン)は一度入れば己の裁量次第で終わり無く続く。故に入ることは困難を極める。

 そこで、圭介はある種の制限をかける事で比較的に超集中状態(ゾーン)へ入りやすい状況を模索した。

 古式に『止水』と呼ばれる似た術はある。しかし『止水』は普段から瞑想が必要で使いこなすには気の遠くなる様な歳月を要した。

 人類の限界に挑む。ソレを編み出す行為は正に人の歴史に挑戦する事だった。そして――


「なる程……こうすれば一時的に入れるな」


 十数年の歳月をかけて、ソレが生み出された。


「歩の数だ。アヤ」


 古式を教え始めたアヤにソレを伝授する。


「自らで動く歩数を決め、その数を踏むまでの間、超集中状態(ゾーン)へと入る」


 才能と想像力。この二つがなければ成し得ない『白鷺剣術』の奥義。

 身体を動かす競技なら何にでも応用できるソレを体得出来た者は圭介が知る限りでは片手で数える程度だった。

 そして彼らは『十五歩点所』や多くても『三十歩点所』が限界だった。しかし、アヤは――


「御父様。昨日、“九十歩”に到達しました。まだ行けそうな気がします」


 並みならぬ才能を持っていた。






 百歩を刻むまでの間、アヤは超集中状態(ゾーン)へと入る。

 月光に光る刃が銀閃となり、空間を移動する度に熊吉は傷つき血を流す。


 捕まえられない。


 熊吉は突進や待ちに徹してもアヤの攻撃は止まらず、捉えられない様子に不思議な感覚に陥っていた。

 こちらの動きが分かってるかのように先を読み、刃を当ててくる。


「グルル……」


 しかし、捕まえられない事実は逆に熊吉の思考を冷静なモノへと戻した。


 普段の狩りと同じだ。必要なのは忍耐であり、耐えれば動きに目が慣れれば捕まえるのは不可能ではない。

 川を登る鮭を捕る感覚を思い起こす。

 捉えるのは一瞬。致命傷でなくて良い。ただ弾いて、川から出せば何も出来なくなる。


 アヤが切り返す度に受ける斬撃はどれも致命傷には至らす、切り傷程度のモノ。熊吉は立ち上がった。

 その脇腹には『添え枝の太刀』で負わせた傷から血が流れる。

 そこへ寸分違わずに刃を通す事は超集中状態(ゾーン)のアヤには不可能ではない。


 七九歩目。次の一閃は確実に通る――

 今度こそ、熊吉へ深く刃を通す未来をアヤは確定のモノと見た。

 踏み込む。脇腹の傷。これで終わりです。


「――――」


 修正した刃筋は間違いなく傷をなぞり、致命傷となる一閃――となるハズだった。

 脇腹を護るように差し込まれた熊吉の腕に阻まれなければ。


「グルァ!!」


 熊吉が吼える。切り抜けたアヤを追う様に切り返し、(かいな)を振るう。


「っ……」


 アヤは歩数を使って熊吉の猛攻をかわしていく。何故防がれた? こちらの狙いを読んでいたとでも――


“片眼を潰された際に脳へ何らかの影響が出たかもしれん。少なくとも知能は野生動物のソレではない”


 アヤは知らず内に熊吉を侮っていた。対人相手では決して油断など生まれない。

 人と動物。生物としての圧倒的な知能の差が、普段は生まれない慢心をアヤに生み出してしまったのだ。


「ゴァァァ!!」


 ここぞとばかりに熊吉はラッシュを仕掛ける。アヤは切り返しのタイミングが図れず避け続けるしかない。


 九五歩を越えた……まずい。せめて、距離を取らなくては――


 すると、熊吉はここで四足歩行へと体勢を切り替える。熊にとって日常的なその姿勢は単純ながら最も動きやすいモノだった。


「グルァ!」

「くっ!」


 狂った様な突進。避けても間を置かずに切り返して来る。対してアヤは百歩目を刻み、超集中状態(ゾーン)から身体が戻る。


「――――」


 溜め込んだ様な疲労感が一気に襲いかかる。『百歩点所』は使い終わった時に相手の間合いの外には居なければ、その隙を捕まえられてしまう。


「ゴガァァア!!」


 熊吉の突進。超集中状態(ゾーン)の反動でこの一瞬だけ足は動かない。捕まった。

 誰もが“死”を見る状況でも、アヤは片膝で刀を構えて迎え討つ。


「よう、熊吉。久しぶりだな」


 その時、四足で迫る熊吉の背にドスン、とケンゴが座る様に着地した。


「金太郎だと思うなよ? お前を全力で殺りに行くぜ」

熊にまたがって馬の稽古って冷静に考えるとキチガイ

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