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懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話  作者: 古河新後
4章 盆休みケンゴ編 灼熱の中で輝く

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第43話 逃亡兵

「本当にすみませんでした」


 意識を取り戻したオレは全力土下座で、ヒカリちゃんに謝罪していた。

 互いの不注意だったとは言え、下手したら通報案件である事は間違いない。

 腕を組むリンカの嫌悪する視線が土下座をする背中にザクザク刺さる。


「わたしも不注意だったからいいよ」


 ヒカリちゃんも、インターホンが鳴った時点で気づくべきだった、と自分にも非があった事を意識してくれた。


「……何か買ってこようか……?」

「無かった事に出来るとでも?」

「誠意です!」


 チャキ、とたこ焼き返しを喉元に突きつけてくるリンカにオレはホールドアップして叫ぶ。


「あはは。それじゃ、アイスが欲しいかな」

「お任せを!」

「ヒカリがそれで良いなら良いけどさ」


 リンカは呆れて一度ため息を吐くと、コンビニに行こうとするオレの後に続く。


「オレが行くから待ってていいよ?」

「荷物が来てるからあたしが行かないと駄目なんだよ。ヒカリは悪いけど――」

「いいよ、留守番しとく」


 と、オレはリンカと共に熱気の炎天下へ。

 お歳暮はオレが持ってアイスの方はリンカが持ち部屋に帰還する。






「ああ、ダイキ一回戦なんだ」


 コンビニで幾つかのアイスを貢ぎ物として調達し、オレはアイスコーヒーを飲みながらリンカの家で甲子園の中継にチャンネルを合わせていた。


「まぁ、シードは完全にくじ運だからね」

「運が悪いよね」

「そうなの?」

「相手がな」


 あ、そっち。と、リンカはダイキの高校と初戦から当たる相手に同情しているようだった。

 同じ熱気でも、この時期の甲子園球場の熱気は日本でもトップクラスだろう。

 全国から集まった選りすぐりの猛者たちは、今宵から一つの優勝旗を巡って壮絶なバトルとドラマを繰り広げる。


「確かダイキの白亜高校って甲子園の常連なんだって?」

「うん。夏と春でも歴代最多らしいよ」

「それは凄い。でも、対戦相手も甲子園に来るくらいだから相当でしょ?」

「あたしの高校なんだよ。相手」

「ほ?」


 一回戦の相手はリンカ達の高校らしい。意外な情報にオレは素直に驚く。


「凄いじゃん。登校日とかに言われたの?」

「まぁね。地方大会の決勝はかなりの泥試合だったらしいけど」


 自分の高校がテレビに映るというのに二人のテンションは何故か低い。


「なんか、野球部に嫌な思い出でもあるの?」

「……ヒカリがね」

「まぁ……快進撃もこれで終わりでしょ」


 解体する自分の船の最期を見届ける船長の様な眼でテレビを観る二人。

 二人にしかわからない会話だが、学校生活でも色々とあるのだろう。


 開会式の始まりから全国中継され、球場の客席は炎天下にも関わらず満員どころか立ち見まで埋まっている。

 夏で最も注目される大会とは言え、例年の何倍も観る人が多い理由は注目が集める選手が多いからだ。

 お茶の間でも、一回戦から観ようと座っている者も全国に居る。


「それで、ダイキからいつものは?」

「来てるわよ」


 ヒカリちゃんはスマホのLINEメッセージを開いて見せてくれた。


“一回戦はヒカリちゃんの高校が相手だけど手加減はしないよ”


「まぁ、どこも必死にあの場所にいるから、どうなるかはわからないけどね」


 ヒカリちゃんは適当に、ガンバ、と短く送り返していた。


 甲子園の舞台に立つには、生半可な事では不可能だ。

 ダイキの所は歴代最多出場ではあるものの優勝を逃してる事実も多々ある。常連だからと言って、必ず優勝旗を手にするとは限らない。


「どこも死ぬ気で練習してるだろうね。良い青春ですな」

「ケン兄の高校は?」


 ヒカリちゃんの何気ない質問にオレは母校を思い出す。


「あったけど、人数割れしてたから野球部なんて大層なモノはなかったなぁ。本気でやる人は都会の高校とかに行ってたし」


 しかも、山と田んぼと野生動物に支配された田舎は野球をやるほどに拓けたスペースもなかった。

 遊びで野球をしたときの外野はヤマト(飼い犬)、ムサシ(飼い犬)、ヒリュウ(飼い犬)の人外だったし。あいつらが居ると、森の中にボールが飛んでも10秒以内に戻って来るんだよな。フライが取れないのと、持ってきたボールがべとべとになるのが欠点。


 小中高と地元の田舎で過ごしたオレは20歳になってから獅子堂課長にスカウトされなければ地元から出る事は無かっただろう。


 それが、リンカ達と出会って、更に日本から出るなど、当時からすれば考えられないなぁ。


「人生は何があるのかわからないよ。オレなんて、田舎で骨を埋める予定だったし」


 昔から知る子供たちが、これからどんな風に成長していくのか。実に楽しみである。


「じゃあ、ずっとこっちにいるんだ?」

「まぁね。特に田舎に帰る予定はないかな」

「……いや、そこは帰れよ」


 と、意外にもリンカが口を挟む。


「家族がいるなら顔を見せるべきだ」

「――いや、でもウチのジジィは田舎じゃ首領(ドン)だからね。撃たれても誰も口を挟めないレベルでヤバいんだ」

「なにそれ……限界集落?」


 ヒカリちゃんは、オレの故郷の話を聞いて素直に引いていた。


「オレは逃亡兵だからさ。帰った途端に、貴様っ! パァン! てのはあるかも」

「あはは」


 ブラックジョークを理解してヒカリちゃんは笑ってくれた。

 流石にソレは大袈裟だと思うが……いや、あのジジィ、不躾な客には普通に猟銃向けて追い払ってたな。


「帰る時は……言えよ」


 と、リンカはテレビに視線を向けながらオレにしか聞こえない声で、ぼそっと言う。

 あの月の下での提案を律儀に覚えてくれている事にオレは笑みを浮かべた。


『開会式が始まります』


 テレビでは日本の夏の大型イベント開始を宣言する。

これはフィクションです。日本で人に銃を向けると普通に捕まるので止めましょう。

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